終章 西東京に響け、人外共の百合哀歌
第三十二話 ファストウンコ
「あざしたぁ!」
曲の終わりと共にアタシは汗をボタボタと垂らしながら客席に向かって礼をする。初ライブの頃から少しは増えた人影が拍手と指笛で答えてくれた。七生と千里を見る。千里は満面の笑み、七生は照れ笑いしながら急いで機材を片付け始めていた。クールぶっちゃって、なんて思いながらアタシも心地よい疲労感と達成感で浮かんでくる笑顔を隠しきれないまま、しゃがんでペダルボードを持ち上げた。今日の打ち上げは飲むぞ!
我がバンド、〝Say Goodnight Mean Goodbye〟略してSGMGは、只今絶好調!
*
「はいちゅうもーく! 本日はガールズバンド限定ライブという事で集まってくれてどうもあざした!」
客電を付けた明るいホールにテーブルと椅子を並べただけの打ち上げ会場にブッキングマネージャーの背氷ミナさんの声が響く。
「今回はぶっちゃけ想定以上の客入りで、感謝です! ついでに打ち上げのドリンク代で更に儲けようと思ってるんでジャンジャン飲んでって! じゃ、カンパーイ!」
「「「「「カンパーイ!」」」」」
フロアに本日の演者五バンド分の昂った声が轟いた。宴の開始だ。
*
「へぇ、打ち上げ出るの初めてなんだ」
打ち上げ開始直後、アタシは同卓になった女子高生バンド〝Cook81〟のメンバーとビールを飲みながら話していた。
「は、はい……今までは何か怖そうな人ばっかりだったし、ライブも上手く行かなかったりで遠慮してたんですけど……今回は女の人ばっかりだし、何よりライブも楽しかったから……」
なるほどね。って事は七生の打ち上げ鉄板話をまだ聞いたことが無いって事か。大チャンスじゃん。
「そーかそーか! 確かにかっこよかったよ! 可愛いし! 曲も良かった!」
「ほ、ほんとですか⁉ わ、私達こういう音楽の話する相手本当にいなくて! できればどこが良かったとか……」
何か言ってるがアタシはそんなことを無視して隣で煙草を吸いながらビールを飲んでいる七生に呼びかける。
「七生! ねえ七生ってば! 今日初顔合わせの〝Cook81〟の女子高生達にあの話してよ、あの話!」
「はぁ? もう散々擦り倒した話ではないか。今更じゃろう」
「違うの。この五人は初打ち上げなの! 女子高生バンドに洗礼よ!」
「全く、そもそもは亜希だからこそ話したんじゃぞ。それを広めおってからに」
といいながら緊張して縮こまっている女子高生五人組をジロリと見渡すと、ふんと一息吐いて話し始めた。
「あれは儂が深夜にテレビで映画を見ていた時の事じゃ……」
仰々しい語り口に女子高生五人組の喉ががごくりとなる。
「とにかくつまらん映画じゃった。更に深夜の地上波など無法地帯での、本編二時間弱の映画なのに放送枠が三時間もとられておった。この意味が分かるか?」
揃って首を振る女子高生たち。
「丸々一時間以上CMを見なければいけないという事じゃ! 三分本編を見ては五分のCMの繰り返し。そんな狂った細切れで見せられるクソ映画! 想像するだけでも恐ろしい! そして! あまりのつまらなさとCMの多さでぼーっとしすぎた儂はなんと!」
盛り上げる七生の迫力におののく女子高生たち。
「気づけば映画を見ながらウンコを漏らしておった。この狐久保七生、クソ映画は山程見てきたが物理的にクソを漏らす映画に出会ったのは、後にも先にもあれが初めてじゃった……」
私はたまらず吹き出す。ダメだ、やっぱりこの話面白い。当然爆笑しているであろう女子高生たちを見ると怪訝な顔。一体どうして、七生を呼んで作戦会議。
「ちょっと七生、あんまし受けてないじゃないの」
「わ、儂だってこの話でこんなに滑ったのは初めてじゃ」
「そうだ、あの話しなさいよ」
「う、うむ! あれならば!」
そう言って七生は再び女子高生ズに向き直る。
「ワシは今一人暮らしをしておってな、まあ部屋が汚いんじゃ。そこにある日、化け狸の……古い知り合いが様子を見に来てくれたんじゃ。じゃがあまりの部屋の汚さに驚愕しての、一日かけて部屋を掃除して帰って行ったんじゃ」
相変わらず真面目に話を聞く〝Cook81〟のメンバー。
「あまりに綺麗になった部屋と、文句の一つも言わずに部屋を片付け、元気でよかったと言って帰って行く友人に儂は感動した。人生持つべきものは友じゃ……」
少し感動した様子の五人組。
「しかし最早別物と言えるレベルまで掃除された部屋で儂は少々落ち着かなかった。その結果、気づけば儂は下着とボトムスの中にどっさりとウンコを漏らしておった。本能でマーキングしようと思ったのじゃなぁ……」
またしても爆笑のアタシと引き攣り顔の女子高生たち。なぜだ、どうして。普通なら大爆笑なのに! ええいここまで来たらこいつらを笑わせるまで引けるものか! 七生を呼んで再度作戦会議。
「なぜ! なぜじゃ! なぜ笑わん! いかん! 儂の自己肯定感が溶けていく!」
「七生、きっとあれよ、ウンコがオチだからダメなのよ。今の子たちは待つ事ができないらしいわ。テレビも倍速で見るし、ギターソロも飛ばすの。だからウンコをツカみに、話の枕に持って行くのよ!」
「おお、なるほど! ファスト映画ならぬファストウンコという事じゃな!」
納得した様子の七生は三度女子高生の群れに果敢に挑んでいく。頑張れ七生!
「いやー、これはこの前、儂がウンコを漏らした時の話なんじゃが……」
「うるせー! ウンコの話しかねーのかアンタは!」
女子高生たちは突如牙をむいた。ジェネレーションギャップって難しい。
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