第二十七話 〝元〟相棒
「四階」
雑居ビルの前に乱暴にボクを下ろした輩はそう一言呟いて車を走らせ、消えた。ボクは言われた階へと向かう。
「入りな」
ワンフロアになっている四階の鉄のドアをノックすると中から不愛想なしゃがれ声が返ってきた。変わってないなぁ。
「どうもでしゅ」
ドアを開いた瞬間から煙たくて目が痛い。部屋は煙で真っ白で正面に座る〝外道〟の姿も良く見えないほどだ。そして何より大麻独特の青臭いくて甘い匂いにボクはクラクラした。
「座りな」
「どうもでしゅ」
促されるままソファに座る。対面してもまだ〝外道〟の顔は良く見えないが威圧感だけはビンビンに伝わってくる。相手が知り合いだと分かっていなければ間違いなく逃げ出してた。
「何の用だ。こんなふざけたもん渡してきやがって」
真ん中のテーブルに先程言付けさせたあの紙が無造作に放り投げられる。その中にはボクしか知らない〝外道〟の本名、墨原法子(すみはらのりこ)とボクが昔使っていた名前〝火車〟が書かれていた。
「懐かしい名前過ぎて少しくらくらしたよ。〝火車〟」
「いやいや、ボクは偶に思い出してクスクス笑ってましゅたよ? 西東京一の半グレ集団のボスが法の子供で法子だなんて皮肉が効き過ぎでしゅ」
数秒の沈黙。そしてボク達は同時に笑い声を上げた。
「カッハハハハ。おい元気だったか火車ァ。相変わらずムカつく喋り方してんなぁ」
「ふひひ。法子は随分と体の落書きが増えましゅたね。」
いつの間にか立ち込めていた煙は晴れ、〝外道〟もとい墨原法子の姿がよく見えた。睨み付けるような釣り目の迫力のある顔。身に着けるのはスポブラとスパッツだけ、晒す浅黒い肌には顔にまでタトゥーが入っており、腰まであるロングの髪はムラなく綺麗な金髪に染め上げられていた。
「おうよ、なんせ西東京一のカルテル。GHETTOGANGHLD.(ゲットーギャングホールディングス)の頭だからな。パンチ効かせとかねぇと」
「カルテルとは……随分とまぁハスラー気取りなことで」
「実際成り上がりのハスラーじゃんか私は。ジャパニーズドリーム。いえー」
「本物のハスラーは売り物に手を付けないでしゅ」
ボクはテーブルの上で煙を上げる大麻のジョイントをちらりと見て行った。
「ウチは扱ってる商品に責任を持つために吸う様にしてんの」
「クソ職人みたいなこだわりでしゅね」
「ハハッ。まぁいいや。それで? 用件は何?」
再会の砕けた空気がビシリと凍る。法子の目は一瞬にして旧友のそれから百人単位の半グレ集団のリーダーの目へと変貌する。暑さのせいではない汗がボクの背中を駆け下りた。
「……調べて欲しい人間がいましゅ」
「お前まさか手弁当でなんて言わねぇよな」
「そのまさかでしゅ。ボクは法子と違って今も昔も素寒貧でしゅから」
「お前あんまし舐めんじゃねぇぞ」
いきなり胸倉をつかまれぐいと顔を寄せられる。 ボクの目には法子の顔の中で睨み合う竜と虎、そして鎖骨にでかでかと彫られたGHETTOGANGHLD.の刺青が否が応でも映り込む。以前の法子の体には、こんなに人を威圧するためだけに彫られたタトゥーなんてなかったはずなのに、なんてのんきな考えが頭をよぎる。
「四年前、お前は逃げ出した、私は一人残った。それについて何も言う気はねぇよ。でもふらふらと不義理かました相手の前にやってきたかと思うと人を探せだぁ? 寝言は寝て言えこの野郎!」
法子はそう言い切ると手近にあったガラス製の灰皿を思いっきりボクの頭に叩きつけた。頭皮がぱっくりと割れ、血がどろりとボクの顔面に垂れて、視界が半分塞がった。
「じゃあこの一発で以前の不義理はチャラでしゅね」
言い終わらない内に法子がため息をついてボクを離した。
「クソが。お前殴っても意味ないんだったな」
「そうでしゅよ。じゃあ禊も済んだことだし人探しを……」
「いーやまだだ。灰皿一発ですむわけねーだろ。三日後大口の仕入れがある。それにも同席してもらおうか。お前の第六感は当てになるからな」
ああ懐かしい。法子と一緒に居た頃、取引にはいつも駆り出されていた。妖力で取引相手の心を読んだり、警察の動きを探ったりと地位を上げるため色々と立ちまわったんだっけか。
「ふひっ。いいんでしゅか? 僕みたいなクズにそんな約束させて。どうせバックレましゅよ?」
「ふん、頭数には入れてないから安心しろ。バックレられた時にゃ死線を越えてきた親友と縁を切るだけだ」
「ボク友達少ないんでしゅけどねぇ……」
「私だってそうだよ」
「ままならないでしゅね」
「ままならねぇな」
*
「それで? 調べて欲しい相手ってのは?」
「胡桃沢悠木という半グレの女でしゅ。最近地方から上京してきた」
「ほいこれ、ここに全部入ってる」
そう言って法子は分厚いA4の茶封筒を無造作に机の上に放り投げた。
「え、早っ! な、なんででしゅか⁉」
「私は何でもお見通しなんだよ」
「勿体つけずに教えて欲しいでしゅ」
「ったく。その胡桃沢って女、半年前に四国から上京してきた田舎もんでな、池袋の半グレグループに世話になってたみたいだが、二週間前、構成員三人を半殺しにして金を奪って行方をくらました。今絶賛追い込みかけられ中の逃亡犯だ」
「ひえー、生きた心地がしないでしゅね」
「そんな胡桃沢がな、つい先日ウチに来たんだ」
「なんでまた」
「ある人間の連絡先を調べて欲しいって理由で来た。ウチを選んだのは目的の相手が西東京に住んでるってとこまでは突き止めたからだって言ってたな」
「そ、それで教えたんでしゅか⁉ 堅気の連絡先を⁉」
「そりゃもちろん教えたさ」
そうか、ここでやっと繋がった。金曜の深夜にかかってきてた電話はamazonの再配達なんかじゃなく胡桃沢からだったんだ。ここで携帯の番号や住所を調べて本当にその情報が正しいのかどうか確かめるために。あの時女を起こした自分を今更ながらちょっと責める。
「それで……どんなことになるか想像もしなかったんでしゅか?」
「知らねーよ。金さえもらえりゃ何でもありだろが」
「……」
「ちなみに胡桃沢から金を引っ張ろうとか考えてるなら無理だぞ。アイツが奪った金は丸々頂いちまったからな」
「じゃあ胡桃沢は……」
「関わろうとしてんならやめとけ、胡桃沢はもう半分死人だ。じきに池袋の奴等がここに来る。そうすりゃ俺はお前に渡したのと同じ情報を売る。捕まるだろうし、返す金も持ってないってんじゃそのまま東京湾行きだ」
「だから、都合よく胡桃沢の情報をまとめたものがあったワケでしゅね」
「そうだ。本当は池袋の奴等に売るつもりで用意してたモンだよ。また同じものを作りなおさなきゃいけない。ったくめんどくせぇ」
法子は立ち上がり大麻のジョイントに火を点け、気だるげに紫煙を吐き出した。
「とまぁ私から言えるのはこれくらいだ。残りは全部封筒の中。しかし火車……お前変わったな。昔のお前ならこんなめんどくさい上に儲からない事に首なんか突っ込まなかっただろ」
「……自分では元に戻ろうとしてるつもりなんでしゅけどね」
クズという武器を取り戻そうと家を出た自分を思い出す。その武器をもう一度研げば、ボクはまた、法子の隣に立てるようになるのだろうか。
「法子も変わりましゅたね。昔はタトゥーの趣味がもうちょっとイケてましゅた」
「フフッ。確かに」
法子の指先が顔のタトゥーをそっとなでる。
「これはな、火車。組織を背負うって私の覚悟を皮膚に彫りつけたんだ。私だけじゃねぇ、体に何か消えないものを残す奴は多かれ少なかれ、何かの感情を彫り込むもんさ。忘れねぇように、そして時にはそれを見て自分を奮い立たせるように」
そう言うと法子は誇らしげに虎と竜が睨み合う顔面をにいっと笑わせた。
「しかし、お喋りが過ぎたな。渡すもん渡したんだからいい加減帰ってくれ。私には予定が山盛りだ」
「それは失礼したでしゅ。じゃあそろそろお暇しましゅかね」
「下に車を待たせてある。じゃあな、〝元〟相棒」
「サヨナラでしゅ〝元〟相棒」
ボクたちの今生の別れは意外とあっさり終わった。
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