間章 Say Goodnight, Mean Goodbye
第二十二話 おやすみって言葉はサヨナラと一緒
「ひいふうみい、はい確かに。お疲れ様」
アタシ達は初ライブをやり遂げた。今持てるものすべて出し尽くしたライブをした。今はライブ全てが終わった後。客席でそのまま始まった打ち上げという名の飲み会をそこそこに抜け出し、アタシ達三人は今回の企画の主、ライブハウス吉祥寺テレポートのブッキングマネージャー、背氷ミナさんとテーブルを挟んで向かい合って今回のノルマの清算をしていた。
「うう……アタシの二万七千円……」
一バンドに課されるノルマは四万円。事前に渡される一枚二千円の前売りチケット二十枚を売り切ればアタシ達はタダでライブができるというシステム。しかし世の中そう上手くはいかない。
このみとカズノブには七生が気前よくただでチケットあげちゃったもんだから売り上げはゼロ。その他にアタシ達に誘える相手なんかいるはずもなく、四万円のノルマはそのままアタシ達三人で割り勘することになった。
そしてアタシ達の初ライブを見たのはカズノブとこのみ、そして対バン相手が数組。最早これがライブと呼べるのか⁉ ってな具合のスカスカ具合だったが、さっき飲んでいる時に対バン相手から聞いたところによると、これでもまだまだマシな方らしい。腐ってやがる……バンド業界……。
「亜希しゃん、めでたい初ライブ後に何を泣く事があるんでしゅか」
「そうじゃぞ亜希。よさんかみっともない」
「アンタらはいいわよね! 七生はノルマ一人分だし、千里はアタシが払ってるんだから! 明日からどうやって生きてきゃいいのよ!」
「自分が決めた割り振りではないか……」
「そうは言ってもニートの千里の分含めた二人分払うのは納得いかないのよ!」
「あはは。ギリギリだねぇ」
「そもそもなんでバンドがライブして金払わなきゃいけないのよ! 何よこの搾取構造は!」
「ブッキングマネージャーの私に言われても困るなぁ……ライブハウスってのはそういう仕組みになってんだから」
派手に染めた髪、革ジャンに穴の開いたスキニージーンズ。アタシは虎の子の生活費がこんな時代遅れで、姉御気取りの女の手に吸い込まれた事実が無性に腹立たしくてつい声を荒げた。
「だったら金額分サービスしなさいよ!」
「サービスっても、できる事と言ったら私の感想を言うくらいしかできないよ」
「だったら聞かせて貰おうじゃない! ノルマ三人分、四万円の感想を!」
「こんなに金銭的な意味で血気盛んなバンドも久しく見ないなぁって感じ?」
「そんなのじゃなくてライブの感想よ!」
「冗談冗談。ライブはね……よかったんじゃない? これが初めてでしょ? 上々上々。テクニカルだし、グルーヴあるし、何より曲が良い。売れるよこのバンド」
「ほ、ホントに⁉」
「真に受けるな亜希。どうせリップサービスじゃ」
「手厳しいねぇ。でも本音本音。確かにこっちもお金貰ってるわけだからね。正直にガチ感想を伝えるよ。まぁ客商売だから多少の色は付けるけど」
「ちなみにさっきの感想で色付けた部分は?」
「売れるよこのバンドってとこかなぁ……まぁどう考えても売れないでしょ」
「畜生!」
アタシは血の涙を流しながら机を叩く。
「なんとまぁあけすけな物言いじゃな。客商売が聞いて呆れる」
「そりゃもちろん全部のバンドにこんな言い方しないよ。でもお姉さんたち〝本気〟をやりに来てる人達じゃん」
ミナの瞳がギラリと熱を持ったように見えた。
「高校生の思い出作りコピーバンドや、大学生の内輪サークル、おじさまたちの機材自慢バンドだったらそれ用の言葉を喋る。でも、安くないノルマを払って〝本気〟で作った曲を持ってステージに立つ表現者には、きちんと向かい合うのが礼儀っしょ」
「なるほどの。お主の考えは分かった。ではもう一度聞く。儂らのライブはどうじゃった?」
「さっきも言った通りよかったよ。初ライブって事を加味したらね。でもこれから先も続けていくなら……まずベース!」
「うむ」
「もっとアグレッシブにしたほうが良い。今のままじゃただバンドの下を支えてるだけ。でもスラップとかそう言う意味じゃなくて、もっとメロディセンスを磨いてバンドの下支えをしながらも耳に残るベースラインを奏でたほうが良い。次にギター!」
「ひゃいっ」
「上手いよ。上手い。でもアコギ的な上手さだね。右手と左手だけで完結しちゃってる。せっかくエレキでバンドでやってるんだからエフェクターだったりアンプにこだわったほうが良いと思う。機材に金と脳みそを溶かしなよ。次にドラム!」
「ふひっ!」
「言う事ないよ。ちっさいのにパワフル。リズムもよれないしモタらないし走らない。難しいフィルも難なくこなしてキメは最高。でも一つだけ気になったのは正確すぎるってとこかな」
「ド、ドラムが正確で何が悪いんでしゅか」
「悪くないよ、でも曲としてはどうだって話。早い話がソロを弾いてる時のギタリストは走りたいの。走るのも含めて最高のギターソロなの。そこでドラムだけ正確にリズムキープしてたら見てる方は冷めるっしょ? もっと柔軟に周りを見て最適なビートを叩くことを意識したほうが良い、かな?」
「ふひっ。納得したでしゅ」
「あとはバンド名? 私高校も碌に出てないから英語読めなくてさー。これなんて読むの?」
ミナの言葉にアタシは若干恥ずかしくなりながら昨夜大慌てで決めたバンド名を口にする
「〝Say Goodnight, Mean Goodbye〟(セイグッナイ、ミーングッバイ)です」
「なんじゃその長ったらしい名前は」
「だっさいでしゅねぇ」
「うるさいわねぇ。いーでしょ! アタシが気に入ってんだから!」
喧嘩をするアタシ達を見てミナさんはくすくすと笑う。
「でもまぁ私もいいと思うよ? 意味とか由来とか聞いちゃったりしても大丈夫?」
「はぁ……アタシが好きなバンドの好きな曲の一節なの。変わっていく昔の仲間を見てるしかできない奴の歌。文章の意味は「おやすみって言葉はさよならと一緒」って感じ。意訳だけど」
「ふふっ、なんかエモくて素敵じゃん。んじゃ、最後に総括して終わろうかな」
そう言ってミナさんは息を吐く。
「〝Say Goodnight, Mean Goodbye〟は……これもう長いから略すね。頭文字とってSGMG! SGMGは売れない! 今のところ売れるようなバンドじゃない! 個々の課題も山盛り!」
そこまで聞いてアタシ達は肩を落とした。そりゃまあ初ライブで全部上手く行くとは思わなかったけどももうちょっとなにか……なんて思っていたところでミナさんの口は止まらず動き続けた。
「でもそんな評価基準なんて無関係に良いバンドだった、良いライブだった。久々にPA卓をいじる手が震えたよ。音楽なんて極論、どんライブをやろうが、見てる人間の心に刺さったらオールOKの世界だから。その点ではアンタ達最高だったよ。最高のライブだった。どうもありがとう。これからもごひいきに」
泣きそうだった。汚い部屋で必死で作った曲が、七生や千里と喧嘩しながら練り上げた曲が評価された。それがこんなに嬉しいものだとは。
「さ、これで清算は終了! 打ち上げに戻って勝利の美酒に酔いしれてきなよ。初ライブ後の打ち上げなんてのは、長いバンド人生の中でも今日しかないんだからね!」
アタシ達三人は弾かれたように立ち上がって打ち上げ会場を目指した。酒が、美酒がアタシ達を呼んでいた!
「いよっしゃー!! 誉められたァ!!」
*
「痛たたた……」
目が覚めると家の布団の中だった。慌てて時間を見る。午前十一時半。良かったまだ間に合う。ふと部屋の中を見ると七生と千里が一升瓶を抱いて眠っていた。そういや打ち上げの後、そのままうちで二次会に雪崩込んだんだっけか……。
アタシは二人を起こさないようにつま先立ちで歩くとシャワーを浴びて何とか働けるところまで酔いを醒ます。
バンドを始めてから、かさむスタジオ代、ライブのノルマその他諸々を払うためにアタシは時々日雇いのバイトを入れていた。別に体力的には辛くないが飲み会の翌日となるとやはり気が重い。まぁ飲み会の翌日じゃない日なんてないんだけど。毎日が当日で翌日だ。アタシの肝臓は強い。
シャワーから出ると眠たげに目をこすりながら千里が起きて来ていた。しまった、シャワーの音で起こしてしまったか。
「ふわぁぁ。どこか行くんでしゅか?」
「ん、まあ日銭を稼ぎにお仕事に行ってくるのよ」
「それはまあ、ボクの生活費の為にご苦労様でしゅ」
「ったく悪びれも無く。流石のクズだねぇ」
「そういう生き方でしゅから」
「かっこつけるんじゃないよまったく」
バスタオルで体を拭き、下着をつける。今日は現場仕事だから化粧はもういいや。そのまま動きやすい服装に着替える。
「ねぇ」
七生を起こさないように静かに動いていたアタシに無遠慮に声をかける千里。
「ちょっと今アタシ忙しいからどーでもいい事なら後にしてくんない?」
「ふひっ。いやなにちょっと確認したかっただけでしゅ」
「なによ」
「その、昨日ライブやったじゃないでしゅか」
「やったわね」
「ライブ、楽しかったでしゅよね。褒められて、嬉しかったでしゅよね」
珍しく顔を紅潮させ、いつもの斜に構えたような目つきではなく純粋な目で千里はアタシにそう聞いてきた。
「クスッ。何を怖がってるんだか。アタシも七生も楽しかったし嬉しかったに決まってるでしょ? アンタと一緒よ」
「べ、別に怖がってるわけじゃ……」
「はいはい。とにかくアタシ達の気持ちは揃ってる。そして千里は大事なメンバーで、アンタの居場所はバンドにある。自分一人楽しくなっちゃってて周りが引いたかもみたいなビビリは、いい加減捨てちゃいなさい」
「ビビってるわけでも……」
「分かった分かった。とにかくアタシもう行く時間だから。続きは帰ってからね。でもこれだけは言っとく。千里、アタシは昨日みたいなライブを一生この三人でやっていきたいと思ってる。だから何も気にしないで。じゃ行ってきます」
アタシはちょっといい事言えたななんて自負で気持ちよくなりながらドアを閉めた。千里は今までずっと一人だったから居場所ができて少し不安になったんだろう。その不安を軽く解消してあげる。これこそ長く生きてる悪魔の甲斐性でしょ。なんて思ってバイクに乗り現場に向かった。そんなアタシはとんだ馬鹿だった。
その日を境に千里はアタシ達の前から姿を消した。
おやすみどころではない。アタシの場合は行ってきますがさよならになってしまった。まったくどうしようもない。
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