第十九話 しゅきしゅき光線出ししゅぎでしゅ


「よう顔を見せれたの、このボケが」

「ふひっ、ボクも来たくなかったんでしゅけどね、亜希しゃんのお使いでしゅ」

「なんじゃいそれ。亜希が直接来ればよかろうが」

「亜希しゃんなら仕事終わりで疲れて爆睡してましゅよ」


 そう言って千里は黒いジャージのポケットから紙束を取り出す。


「来週吉祥寺で初ライブでしゅって。このチケット全部売りさばかないとボク達初回から赤字らしいでしゅよ」

「儂には関係ないの」

「まあボクもどーでもいーでしゅ。頭と借金を抱えるのは亜希しゃんだけでしゅからね」

「……その紙束を寄越せボケナス」


 儂は千里から受け取ったチケットの束を乱暴にツナギのポケットに突っ込む。


「ふひっ、七生しゃんってやっぱりわかりやすいでしゅね」

「ああっ⁉ 殺すぞクソガキが!」

「亜希しゃんのこと好きすぎでしょ」

「おまっそれっなにをっ」


 突然の指摘に顔がカァァっと熱くなる。いかん、突然すぎて口も回らん。


「あーはいはい。そんなテンプレいいでしゅから」

「……いつから気づいておった」

「かなり序盤でしゅね。しゅきしゅき光線出ししゅぎでしゅ」

「かぁー……」


 四百年間、自慢ではないが特に誰一人として儂の気持ちに気づいたものはおらんかった。それをこんな雑魚猫に! かくなる上は始末してその口塞ぐしかないのう!


「ふひっ、殺すような目でみないでくだしゃいよ。ボクと喧嘩したせいで亜希しゃんと七生しゃん関係悪くなってたから、悪いと思って仲直りしに来たんでしゅから」

「お主さっき亜希の使いじゃと言っておらんかったか」

「さっきはさっき、今は今でしゅ」

「クズが。それに今は亜希の事をとやかくやっている暇はない。お主となれ合う暇など猶更ないんじゃ」

「みたいでしゅね、七生しゃんがいじめを解決したはずの父娘が深刻そうな顔で帰ってたり、娘の方には手首に傷があったり、面白そうなことになってましゅもんね」

「……お主、何を知っとるんじゃ」

「外から見てわかることしか知りましぇんよ。ただ亜希しゃんに言った、いじめられっ子をバイクで救ったって話は知ってましゅ。同棲してましゅからね」


 にへらと小ばかにする笑みを浮かべてそう言う千里。こいつこの状況でも煽ってくるのかえ。腹の立つ。


「大方そんな事でいじめが止むわけもなく、尚且つ七生しゃんが上げてたYouTubeの映像もいじめっ子の餌になって、今日、あの子が自殺未遂でもおこしたって所でしゅか?」

「大当たりじゃよ、このカスが。他人のYouTubeまで監視するとは恐れ入ったわい」

「僕好きなんでしゅよ。知り合いがYouTubeに頑張って上げてる弱小動画を馬鹿にしながら酒飲むの」

「クズ度がカンストしておるな。現状が分かっておるなら話は早い。お主に関わる暇はないんじゃ。その紙束なら儂が何とかするからとっとと帰れ」

「ふーん。でも暇じゃないと言うなら七生しゃんに何ができるんでしゅか?」

「ウッ……」

「心配するなら猿でもできるでしゅ。狐しゃんは何ができるんでしゅか? 決めつけとレッテル張りでしか人を見ない狐しゃんに、いじめの本質も、虐げられたものの辛さも、何も見ようとしない狐しゃんに、一体何ができるんでしゅか?」

「お主、仲直りに来たとか言うといて結局儂の事全然許してないじゃろ」

「ふひひ、そんなことは無いでしゅ。僕はクズでしゅからね。正直あの時怒った理由も忘れましゅた」


 またへらへらと笑う千里。儂は怒る気力も無くして力なく返した。


「しかし、お主の言う通りじゃ……儂に……できる事はない」

「でしゅよねぇ」

「じゃが、じゃがのう……何とかしたいんじゃ。してやりたいんじゃ。あまりに哀れではないか、報われぬではないか。なんでよりにもよってあんないい父娘があんなに苦しまねばならんのじゃ」

「七生しゃんにも責任の一端はあるわけでしゅしね」

「だから猶更じゃ。こんなことお主に言うてもしょうがないがの」


 儂はため息をついた本当にやっとられん。人の世はいつもこうじゃ。


「なーんか、残念でしゅねぇ。それじゃ七生しゃんはただのゴミじゃないでしゅか」

「うるさい。お主それ以上煽るなら本当に殺すぞ」

「殺せばいいじゃないでしゅか。ボクだけじゃなくてそのいじめっ子も。そうすれば万事解決でしゅ」

「なんなんじゃお主は! 亜希の使いできたかと思えば、儂に何にもできん事をあげつらった挙句、今度は殺人教唆かえ⁉」

「だーかーらー、ボクはクズだって言ってるでしゅ! 亜希しゃんの使いで来たら、阿保が悩んでたから煽って楽しんでたら、馬鹿が馬鹿なりに叩いた分だけ凹むから、元気づけついでに四百年を生きる仙狐が人を殺すとこを是非見たいと思ってるだけでしゅよ!」


 悪びれもせずに言い切りおった。本当にクズじゃ、その場の勢いでしか喋っとらんではないか。話にならん、ならんがしかし……。


「そうか、お主、儂が人を殺すところを見たいか」


 儂はポケットから煙草を取り出して咥え、火を点ける。


「なら今からさっき出て行った父娘を追いかけて行ってこう言え『明日の午後二時にこのみが通っている桐方女子高の校門の前に車に乗って父娘二人で待機しておれ』と。いいか? 一字一句間違えるなよ?」

「それをして、ボクは何の得があるんでしゅか?」

「お主が煽った老害が、人を殺せるカッコイイ仙狐となる瞬間が見れるじゃろうよ」

「ふひっ失敗しようが成功しようが面白いものが見れそうでしゅね」

「じゃろうが、とっとと行け。妖怪の力を使えばそう難しい事ではなかろう」


 言う間に千里はその身を黒猫に変化させると、風のような速さで夜の闇に溶け込んでいった。衝撃でスタンド型の灰皿が派手な音を立てて倒れる。


「全く、思ったより食えん奴じゃ」


 しかしあやつの言う通り、儂は決めつけとレッテル張りでしか人を見ない老害じゃ。じゃからこそやれることもあろうという事に遅まきながら気が付いた。


「その点は感謝せねばならんの」


 儂は倒れた灰皿を起こすついでに持ち上げ、店に取って返すと乱暴に倉庫に放り投げると、今晩中にやるべきことをリストアップし始めた。



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