第十五話 男も惹かれるそのカラダ
場所を店内に移し、いつもこのみが座る場所に親父殿を座らせ、いつもこのみに出しているのと同じ味のコーヒーを親父殿の前に置いた。
「すいません唐突に……」
「全くじゃ。それで? このバイクをいじりたいと?」
「はい」
「無理じゃの。腐っても儂はプロじゃ。素人に商品をいじらせることはできん」
「そこを何とか!」
「無理じゃというとるのに!」
「聞いてください、七生さん。俺は親らしいことを何もできない人間です。いや、仕事をすることが娘の為だと逃げていたんです。妻が死んでからは特に……」
「ま、まぁ会話が少ないとは聞いておる……」
「でも、昨日、あの子の日記を見て、バイクを欲しがる理由を知って、愕然としました」
なんと、このみは日記までつけているのかえ⁉ 純粋すぎてもう儂の娘にしたいぞ!
「俺は、いじめられていることに気づいてすらやれなかった、父親失格です。でも、今のこのみにしてやれる事が何もないんです!」
「いや、何かしらあるじゃろ。ネットで調べるだけでもそれなりに出ると思うぞ」
静かに頭を振る親父殿。
「あの子が助けを求めているなら、俺は何でもします。仕事を辞めて田舎に引っ越しても、いじめっ子を殺してやってもいい。でもあの子はまだ、この場で戦おうと頑張っている。その武器としてバイクを欲しがっている! その邪魔は……できないでしょう……。でも何もせずにはいられない。せめて、あの子の武器となるバイクを自分の手でいじってあげたい。どんなに間接的でもいい、娘を守る力に……なりたいんです」
再び、地面に頭をこすりつけて泣きながら頼む父上殿。全く、とんだ親馬鹿じゃ。このみよ、安心するがよい。お主に異母姉妹はおらん。この浅黒子煩悩親父の頭の中はお主の事で一杯じゃ。
「なるほどの、言いたいことは分かった。しかしさっきも言ったように儂はプロで、これは商売じゃ。素人が入る隙間は無い」
「そう……ですか……」
「じゃが……そうじゃな。この店は儂一人で切り盛りしておる上に最近珍しく店頭でバイクの成約して手が足らん。期間限定で手助けしてくれる従業員を募集しようと思っておったのを今思い出した。お主、やるか?」
「あ、ありがとうございます!」
「お主、名前は?」
「井上和信です」
別にこんな頼みなど無視してもええんじゃが、親子愛に免じてじゃ。それに、亜希に振られそうになっておる今、手近にスペックの高そうな男を置いておいても損はないしの。
「そうか、ならカズノブ。さっさとその動けそうもないスーツを脱いでウチのつなぎに着替えろ。整備は今日から始めるからの」
「はい!」
*
それからというもの、カズノブは儂の店に泊まり込んだ。いや、泊まり込んだという表現は正確では無かろう。毎日日付が変わる頃にスーツ姿でやってきて、明け方まで数時間の作業をし、一、二時間程度の仮眠をとってからまたスーツに着替えて元気に出社していくんじゃから、最早儂の店など止まり木といった様相じゃ。
「お、お主死んでしまうぞ⁉」
「大丈夫ですって! 学生時代のアメフトのシゴキとか会社の新人研修なんかに比べたら天国みたいなもんですから!」
一週間目の朝、ただでさえ浅黒い顔をもっと黒光りさせて店を出て仕事に向かおうとするカズノブを引き留めた時の会話がこれじゃ。やはり体育会系は生きとる世界が違う……。
しかし儂も負けてはおられん。神使がヒトの仕事量に圧倒されたなぞバツが悪すぎて神話にもならん。というわけで儂はカズノブが来てからは開店時間を早めバリバリと仕事に励んでおった。亜希の事やバンドの事を頭から追い出したかったからというのもあるがの。
*
本日の激務と作業を終えた儂は寝床兼倉庫になっておる部屋でYouTube用の動画を編集しておった。今上げておるのはイナズマレストア編。戯れに投稿したのじゃが意外にも受けが良くちょっと伸びておる。もっともコメントのほとんどはちらちら映る浅黒いプルゴリをもっと見たいといった内容じゃが。カズノブの体は男も惹かれるのか?
「七生さん、今日はありがとうございました」
許可した覚えはないのにいつの間にか自分の寝床を段ボールで作り上げたカズノブが声をかけてくる。
「全くじゃ。なぜお主の家庭のごたごたを儂が解決せねばならんのじゃ。ここは家庭相談所でも戸塚ヨットスクールでもなくただの中古バイク屋じゃぞ」
「すいません。どうにも俺は大事に思う人程上手くコミュニケーションが取れないみたいで」
「なんとかせい。ここを駆け込み寺にされてはかなわん」
「どうにかできるんでしょうかね……生まれてこの方この調子なもんで……」
全くこの馬鹿め。儂のイラつきを察したのかカズノブは話題を変える。
「しかし、いよいよここまで来ましたね。後はシートの交換だけですよ。作業中にも話しましたけど俺には夢があって……」
「ああ、娘とツーリングで富士山を見に行きたいなどといういかにも親父臭い夢の話か? 思春期真っ只中の娘が受け入れてくれるかは疑問じゃが」
「はは、それでもやっぱり娘が自分の趣味の領分に興味を持ってくれるのは嬉しいもんですよ」
「ともかく明日が最終日じゃ。ようやったのカズノブ」
「はい。七生さんも。それじゃ先に寝ます……一時間後に起きて会社行きますんで……」
このハードワークな日々の終わりを目の前に二人して少し弛緩した雰囲気が流れた。そしてそのまま寝落ちしたカズノブとは違い、儂は動画の編集を終えるとこのみに一通のラインを送った後、意識を手放した。
*
翌日の深夜。仕事終わりのカズノブはほぼ完全に組みあがったイナズマを前に感慨にふけっておった。
「やっと……やっと娘に父親らしいことをしてやれた……!」
「呆けるなたわけ。お主がやった事は趣味のバイクいじりだけじゃ。父親らしいことなど何もしてはおらん」
「そんな言い方は無いでしょう七生さん!」
「黙れ、いくら気合を入れて整備しようとこのみが認識しなければそれは誰もやっておらんのと同じじゃ」
「でも……それを気にしないで乗ってほしいんです。イナズマはこのみにとって大事なバイクになるんでしょうけど、それでも壊れて廃車だとか、飽きて乗り換えなんてのはバイクの常じゃないですか。その時に足を引っ張りたくない、このみには普通の楽しいバイクライフを送ってほしいんです」
「そのためにお主はいくら苦労してもいいと? この期間はたから見ていた儂でもお主が死ぬのではないかと思う程の生活だったぞ?」
「あはは、俺は良いんです。見えない所から支えるのが父親の役目です。よし! さっさとシートつけて完成させちゃいましょう!」
カズノブは膝をパンと叩いて立ち上がる。しかし儂はその姿を冷ややかな目で眺めておった。
「バカタレ。それはお主の自己満じゃ。という事で台無しにさせてもらう事にした。入って良いぞ!」
儂の大声でガレージの扉を開けて入ってきたのは誰であろうカズノブの娘、このみじゃった。
「儂が昨日の晩呼んでおいた。いい加減お主は子供じみた自己満足が通用しない事を知るべきじゃ」
「お父さん……」
「こ、このみ……」
絶句するカズノブの元に歩み寄るこのみ。
「あ、あの。七生さんから全部聞いた……よ? 私の為に仕事もしながらすごく頑張ってくれてたって」
「あ、ああそうなんだ。父さん……このみの為に頑張ったんだ」
「あの、でもこういう事はプロに任せればいいと思う。すごく有難かったんだけど。私の為って全然意味わからなくて……正直気持ち悪い」
哀れカズノブはその場で失神しおった。
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