第十三話 スズキの油冷は世界一じゃ
「待たせたの、ミルクと砂糖はいるか?」
「あ、貰います……」
制服女子高生の切羽詰まった言葉を聞いて儂がとった行動は、とりあえず商談用のテーブルに座らせ、コーヒーを入れることじゃった。なにやらセンシティブな匂いがプンプンする話題なだけにとりあえずはリラックスをと言うわけじゃな。
「まずは……そうじゃな、免許証を見せてもらえるかえ? それで乗れるバイクも変わってくるからの」
机の上に差し出される免許証。写真写り悪っ! 化け物ではないか。
名前は井上このみ。普通二輪中型免許、乗れるのは400ccまでじゃな。
「あい分かった。返すぞ。それで……その……やはりいじめられないバイクと言われてもピンと来なくての、よければ詳しいことを教えて貰えんじゃろうか」
なるべく刺激しないように言葉を選んで話しかける。しかしこうやって相対して座るといかにも野暮ったいガキじゃ。猫背で、スカート丈も長く、顔には大きな丸眼鏡。肩まである髪は今どき見ない大きなおさげ! 肌色も悪く、いかにもいじめられそうな陰キャ女子と言ったみてくれじゃの。
「はい……実は私学校でいじめられてまして……」
相槌を返しながら少し馬鹿らしくなる。儂はただの中古バイク屋じゃぞ。なんでこんな学校指導員のような真似をしなければならんのじゃ。
「だからバイクに乗ろうと思って……」
「いやそれが分からん」
「だ、だってバイクに乗ってる人っていじめと対極にあるじゃないですか!」
「どんなイメージなんじゃ、バイクなんか乗れば学校で浮いてますますいじめられるぞ。それに規制じゃの税金じゃので国にいじめられ、騒音じゃので近隣住民にいじめられ、道を走れば車にいじめられる。はっきり言ってバイクなんぞ、交通弱者のいじめられ天国じゃ」
「でも……ヤンキーとか不良とか、バイクに乗ってる人は皆強そうじゃないですか」
「なんじゃ、珍走団志望なのかえ? あんなものバイク乗りの中でも鼻つまみ者じゃ。それならバイクより先に髪型とか服装とか直すべきところがあるじゃろうが」
「……グスッ」
しまった、言い過ぎたと思う間もなくこのみは泣き出してしもうた。ぽたぽたと涙の雫がしっかりアイロンのかけられたスカートに落ちてシミを作る。
「違うんです……別に不良になりたいわけじゃないし、グスッ、私にはなれっこないことも分かってるんです。ヒック……でも毎日がもう本当に辛くて……」
「す、すまんの、分かったから。一度泣き止んでくれ」
「でもダメなんです。何とか喋れるようになろうとしてもバカにされて! 髪型とか服とか、頑張ってもバカにされて水かけられて! ラ、ライターで髪も服も焦がされて! だ……だからせめて春休み明けにいきなりバイクに乗って学校に行けば……その、相手も少しはビビッていじめも……無くなるかなって!」
儂はティッシュを渡し、このみが泣き止むのを待った。
「ズビッ……すいません、全然関係ないバイク屋さんにこんな相談して……意味不明な注文で迷惑かけちゃって……」
「……儂の名前は狐久保七生という。お主の名前は?」
「それならさっきの免許証で……」
「名前は?」
「い、井上このみです」
「よし。これでお互い知らない仲ではないの。なら悩み事を相談するのに何の遠慮があろうことか。そして儂はバイク屋じゃ。ハッタリの利く厳ついバイクが欲しいと説明されれば儂はぴったりの一台を探すだけじゃ。なにも迷惑ではない。むしろ具体的に説明されて助かると言えよう」
「ヒッグ……優しいんですね。狐久保さん」
「七生で良い。涙が止まったら裏のガレージに行くぞ。お主の話を聞いていて、ちょうどいいバイクがあったのを思い出した」
*
「さっきまで作業しとったせいで少し油臭いが我慢してくれ。これが件のバイクじゃ」
真昼間だというのに薄暗く、埃っぽいガレージ。その隅に置いてあるバイクのカバーを儂はこのみに見えるよう勢いよくめくった。
「わ……」
現れたバイクにこのみから驚嘆の声が漏れる。特徴的な丸みを帯びた大きな真っ白なガソリンタンクに一筋光る金色の立体ロゴ。ビシっと上がったスマートなテールランプ回り。威風堂々と言った風情の大きな車格、ゴールドリムのぶっといタイヤに、四本出しの突き刺すようなマフラー。
「スズキ、イナズマ400じゃ。デカいぞ。なんせ1200ccの大型とほぼ変わらんサイズのボディじゃからな。中型免許で乗れるネイキッドバイクの中では間違いなく最大級じゃ」
「凄い……なんだかバイクって感じがします。強そう……」
「そうじゃろうそうじゃろう。日本人がバイクと聞いてまずイメージする丸目一灯ライトに砲弾型の二眼メーターのネイキッドスタイル! その上! あの! スズキが世界に誇る油冷! ここが一番大事じゃ、もう一度言うぞ、油冷! そう! 空冷でも、水冷でもない! 油冷四気筒エンジン搭載じゃ! たーまらんのぉ!」
「あの……ちょっと……よくわからないです……」
「う、まぁ油冷はともかく不良に人気な見た目をしとるという事じゃ。実態はスズキの不人気変態バイクじゃが、どうせ今時の女子高生には区別つかんからの。安くてデカいコイツはハッタリを利かすと言う意味ではうってつけじゃ」
「へぇ……不人気なんですね……かっこいいのに」
「そう言ってもらえると儂もイナズマも報われるわい」
腕を組んでそう言う儂にちらりと笑顔を向けてしげしげとバイクをのぞき込むこのみ。
「ま、結局なんのかんのと説明をした所で重要なのは乗ってみてのフィーリングじゃて」
「中古車なのに、試乗できるんですか?」
「できるぞ。元々は儂が乗ろうと思って引っ張ってきたバイクじゃからの。ま、結局やめて、なら在庫にしようと廃車手続きやらを進める直前にお主がやってきたんじゃ。買い煽る意図はないが中々運命的なタイミングじゃぞ」
儂はそう言いながらイナズマをガレージの入り口から外の道路に出す。ガレージに面したこの道は長い袋小路でめったに人も通らん。試乗にもってこいの場所じゃ。
「遠慮はいらん跨ってみろ」
「は、はい」
「足つきはまずまずじゃな。ほれ、メットじゃ。エンジンのかけ方やらは教習所で習ったな? 売り物とはいえまだ本整備前のバイクじゃからちょっと根気強くかけてみてくれ」
「はい」
このみがセルスターターボタンを押し込む。キュルキュルとセルモーターの音がしたかと思うとドルンと重低音が響く。一発でかかってくれて一安心じゃ。
「いいぞ、そのままアクセルを開いて暖気じゃ。袋小路の突き当りまで行って旋回が難しければ儂が行くから止まって手を上げるんじゃぞ」
「わ……分かりました」
「よしじゃあ存分に試してこい!」
儂がそういうが早いかこのみはギアを入れて走り出した。初めはそろそろと、そして段々大胆に。心配していた行き止まりでのUターンも難なくこなし儂の前に戻ってきては通り過ぎ、また戻ってきては通り過ぎる。しばらくの間、この袋小路に油冷四気筒のドロドロとしたエンジン音と、素人特有のガクついたシフト操作の音が響いた。
袋小路を何周もした後、ようやくイナズマから降りたこのみがヘルメットを慌てた様子で脱ぐ。元からぼさぼさの髪がさらに乱れ、上気した顔が現れる。
「な、七生さん……私、このバイク欲しい。私もイナズマになりたい!」
「落ち着け、意味わからん事言うとる」
興奮するこのみを適当に諫めた儂じゃったが、内心はこの家業を始めてから、久方ぶりに嬉しく誇らしい気持であった。
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