第十一話 全く呆れたごっこ遊び
「はっ」
倒れた所と寸分たがわぬ場所で目を覚ます七生。鼻にはさっきアタシが乱雑に詰め込んだティッシュが見える。
「十五分よ」
アタシはギターをいじりながらきょろきょろしている七生に声をかける。
「何が」
「アンタが気を失ってから十五分経ったって言ってんの」
「……あのクソ猫は」
「千里はちょっと前に頭冷やしてくるって夜風を浴びに外。自販機かコンビニあたりにいるでしょ」
「ふん、そうか」
「アンタが悪い」
アタシはギターをいじるのをやめ煙草に火を点けながら七生を責める口調で言った。
「なんじゃ藪から棒に」
「藪でも棒でもない。アンタが悪い。不用意な軽口で千里の踏んじゃいけないもん踏んだのに謝らなかった。だから悪い。謝って」
「そんな理由であんな雑魚妖怪なんぞになんで儂が」
「雑魚妖怪だよ、千里は。でも今は同じバンドのドラマー、そんで七生はベース。立場変わらなくない? それにアタシだって長生きなだけで格の高い悪魔じゃない。千里を下に見るならアタシも見下さなきゃおかしいでしょ」
「やめろ、下らん」
「やめない。七生さぁ、いつからそんなに格とか位とか、そんな外面ばっか気にするようになったの? 悪いけどこのバンドはアタシが昔に戻りたくてやってんだからそんなダサい価値観持ってこられても……」
「やめろと言っておるんじゃ!」
近くにあった椅子を蹴り飛ばす七生。
「七生……アンタ……」
「なんじゃ解った様な顔をしおって! お主も殺されたいか⁉」
「だからとりあえずいったん落ち着いて、喧嘩腰じゃ何に怒ってるのかさえ分からない!」
とうとうアタシもイラついて声を荒げてしまった。これじゃ同じ土俵だ。しかしそれに満足したのか七生がにやりと笑って喋り始める。
「言いたいのなら言ってやろう。亜希よ、お主がバンドを組んだ理由を言ってみろ」
「……昔に戻りたくて。昔みたいな刺激溢れる毎日を、好みの音楽と仲間でやれたら楽しいだろうなってそんな理由よ」
「それじゃよ亜希。昔! 昔! 昔! お主の言う昔なんぞは、とうに文字通り過去になったんじゃ! そんなお主にピッタリの言葉があるぞ、老害じゃ。このバンドはまさにその老害精神の表れじゃ!」
「バンドは関係ないでしょうが!」
「大ありじゃ間抜け。ならなぜライブの一つでもやらん? 曲はもう仕上がっておるのに」
「それは……」
「当ててやろうか。お主は練習だけで満足じゃからじゃ。セッションなどと称して自分の実力を見せびらかす。四百年前、爪と牙と神力で戦ったのをギターとベースとドラムで再現するのが、たまらなく心地よかったんじゃろうが。ライブという前に進む行為を妨げる程にな」
「違っ……」
違うとは言い切れなかった。アタシが感じてた心地よさはまさしく七生の言っていた通りだったから。緋沙子からライブハウスの悪評を聞いてしり込みしていたというのもあるけど。
「ライブまでしてしまうとバンドが本当にバンドになってしまうからのう。四百年も経ったというのに、全く呆れたごっこ遊びじゃ。儂はそんな何の生産性も無い幼稚な遊びに属しているというのが恥ずかしくて仕方ない!」
そう言った後、七生は憎々しそうに吐き捨てた。
「これがお主らの言っていたグルーヴ感の無さの正体じゃよ。やる気など出るわけがないであろうが」
「……七生はさ、じゃあなんでバンド引き受けてくれたの」
「忘れたか、お主のラブコールに惹かれたからじゃ」
「それ以外の理由は無いの?」
「ああ無い」
「そっか……でも」
そう言って亜希は息を吸い込み、何かの決心を込めるかのようにして口を開いた。
「それでもアタシはバンドを辞めないよ」
「はっ! そんなに過去に縋りつきたいのかえ?」
「ううんそうじゃない……それもあるけど……一番は七生と千里とバンドやりたいから」
アタシはそれきり言葉が出なくなってしまった。
「……興が冷めた。もう帰る」
そう言いながらベースを片付け背負う七生。ベースを置いていかないその姿に、わずかな希望と一縷の望みを感じて、アタシは追いすがるように声をかけた。
「な、七生! アンタの言いたいことは分かった。でもアタシのバンドは千里がドラムじゃなきゃダメなように、ベースもアンタじゃなきゃダメなの!」
「……ふん。期待するな。元々儂はお主の手伝いという事で興が乗ったんじゃ。それが冷めた今、ベースなんぞ弾く理由が無い。明日にでも粗大ごみじゃ」
プチっと頭の中で何かが切れる音が聞こえた。元来アタシは気が長い方でも、しおらしい方でも、優しい方でもない。なんてったって悪魔だ。
「あ、そ。じゃあ尻尾出して」
「ハァ?」
「いいから早く」
アタシのガチな感じに気圧されたのか七生は訳が分からないと言った顔でぼふんという気の抜けた音と一緒に変化を一部解き、つややかな白銀の毛並みの美しい尻尾を一本出した。それをむんずと掴む。
ちょっと期待させてんじゃねーよこのクソ狐。
「ん」
アタシは咥えていた煙草を手に持ち、そのまま火を七生の尻尾に思いっきり押し付けた。
「ひっぐぅぅぅぅぅぅ! 痛い熱い痛熱い!」
更にぐりぐりと煙草を押し付ける 千年を生きる仙狐唯一の弱点、尻尾を抑えられると何もできない。ただただ手足をしたばたとさせるしかできない七生の姿にアタシはストレスが消えていくのを感じた。
「ふぅ、これで良し」
「何がじゃぁバカタレェ! 儂の……儂の自慢の尻尾に……根性焼きの丸ハゲがぁ!」
「遠目で見りゃわかんないわよ」
「関係あるかボケェ!」
「とにかく、その丸ハゲに毛が生えてくるまではベースを捨てたら駄目だから。その代わり毛が生えそろっても気持ちが変わんないなら、ベースを弾く理由が見つからないなら、アタシが七生を諦めてあげる。生涯最長で唯一無二な最高の友人と別れる決心をしてあげる」
アタシはそう言って七生をスタジオの外に蹴りだした。やるだけの事はやった。後は七生の問題だ。アタシはなかなか帰ってこない千里を探しに夜の街に駆けだした。
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