第十話 バンド練習は刺激がいっぱい
深夜、アンプやスピーカーがいくつも聳え立っている部屋に、楽器をセッティングする音が忙しなく響く。以前緋沙子と行ったスタジオは約三か月経った今、行きつけになりつつあった。
「よーし、じゃあ四曲通してやってみよ」
アタシの言葉に千里のフォーカウントから曲が始まる。
アタシがなんとか作った曲たちは、この三ヶ月の練習と、二人の仲間のおかげで、見違えるような出来になっていた。
ただぼんやりと嫌いなものに対する不満を綴った幼稚で安っぽい私の歌は千里の小柄な体躯に似合わないダイナミックなドラムのおかげで確かな攻撃性を持った。
七生のベースは派手さこそ無いが、落ち着いた、耳に届く低音で、ともすればただ騒いでるだけと上滑りしかねないアタシと千里の下支えをして曲に説得力を与えてくれる。
アタシはそんな二人に支えられてギターを弾く。ヘンテコなアルペジオを入れたりタッピングを駆使して音数を詰め込んだり。ギターという楽器をしゃぶりつくす様に楽しんで演奏する。なんてったって五万もしたんだ。
ああ楽しい。
途中から構成なんか無視して今の私の気持ちの通りにギターをかき鳴らし続ける。緋沙子が言っていた弾き手の感情をストレートに表現するギター。まさにその通りだ。私の気持ちのまま荒ぶった音がデカいアンプから部屋中を突き刺している。
それにいち早く反応したのは千里、猫の好奇心で恐れ知らずにアタシの音の中に飛び込んでくる。
「アッハァ! ついてこれる⁉」
轟音の中で届かない声だけど、いつかの緋沙子みたいにアタシは千里を煽ってみる。ニヤリと千里が笑った気がした。上等。
アタシはいきなり変拍子の刻みにギターを変える。更にタッピングの細かいフレーズを混ぜて更に分かりづらくさせる。
四小節遅れて合わせて来る千里のドラム。刻みをハイハットからライドシンバルに切り替え、アタシの音数が増えた部分を目立たせるように騒々しいドラムを叩いて合わせて来る。
「やるじゃん」
そう思う間もなく今度は千里が曲の展開を変え、崩壊寸前の手数のフィルを見せつけるようにぶち込んできた。
「まだまだいけるってことね」
最高だ、刺激的だ。まるで四百年前、敵味方問わず戦いまくってたあの頃。自分の力に酔いしれたり、相手の力に驚いてた頃の気持ちそのまま。最高。そして次はベースの番だ。四百年来の旧友は一体どんな音を出してくるの!?
興奮しながら七生の方を向くと、あのクソ狐、ベースを下ろして煙草吸っていやがった。
*
「七生さぁ、あんたのベースもうちょっとどうにかならない?」
さんざんセッションに興じた後の休憩、アタシはコーヒー飲みながら愚痴っぽくなった声を漏らした。
「なんじゃ急に。儂は曲に関しては完璧にベースの仕事を全うしておる。その後の幼稚なセッションなど流石に興味が無くての」
あれ、七生なんだか苛立ってる?
「いや、テンション上がってセッション入っちゃったのはこっちが悪かったけどさー、普通の曲でもなんというか、一体感が無いというか……」
「とは言われてもの。ベースの仕事は下支えじゃ。お主たちと同じテンションで好き放題やってしまえばそれこそ曲が崩壊するのではないかえ?」
まあ正論だ。曲としては七生が奏でるベースは必要な役割をしっかり全うしている。
「それに儂はそんなにこのバンドが鳴らしとる音が悪いとは思わんぞ? どうじゃ、この辺りで一発どこかでライブでもやらんかえ」
「ライブ……ライブは……まだいいかな? ほら私達初心者だしもっと練習積んでね?」
「そうかのう……」
「とにかくライブはまだ! 一体感の問題は……音とか、ベースの問題じゃなくてもっとこう……メンタル的な所にある気がすんのよね」
「ぶっちゃけやる気ないように見えるでしゅ。その態度がバンドの違和感に繋がってりゅんじゃないでしゅか?」
うおっ、千里火の玉ストレート。
「なんじゃ、セッションとかいうよくわからんものに興じておいてそれについてこなかったからと言って儂のやる気を糾弾か? 偉くなったもんじゃのうクズ猫が」
ああやっぱり。なんだかよくわからないけど今日の七生は苛立っている。
「歳とって態度だけデカくなった古狐よりクズ猫の方が大分マシだと思いましゅけどね」
「なんじゃとこの。そもそも六十数年しか生きとらんガキが何を勘違いして儂と対等に話をしとるんじゃ。気色悪い喋り方しよって化け猫が」
「ちょっと、ガキじゃないんだから喧嘩しないでよ」
「……喋り方の事は関係ないでしゅ」
「おう? もしや気づいておらんのか? クズで雑魚な木っ端妖怪の上にそんな珍妙な話し方をするもんじゃから気持ち悪うてしょうがないぞ。まずはまともに喋ったらどうじゃ? 最もそんな知能があればの話じゃがの」
「っボクは!」
「だからやめてって」
「なんじゃ、考えがあってその喋り方だとでもいうつもりか? 笑わせるな。聞くところによるとお主は野良だったそうではないか。大方仲間内で鼻つまみ者じゃったんじゃろ。当たり前じゃ、そんな阿呆みたいな話し方ではの」
その瞬間、ドカンとバスドラムが鳴った。千里がキックペダルを蹴り飛ばしドラム椅子の上に四つ足で背を丸めて立っていた。ちょうど猫の威嚇みたいな格好で。
「……その臭い口を閉じろ。クソ狐」
眉間にしわを寄せ、目をらんらんと輝かせ、引っ込めていた耳と尻尾まで出し、化け猫の姿を隠さずに、全身の毛を逆立てて言う千里。
「なんじゃコイツ。いっちょ前に殺意なんか出しおって。売っとるんか、儂に喧嘩を。殺してやろうか」
感情の無い声で言うが早いか七生は動いた。怒りで変化が解け、荒々しい仙狐の姿が露になるのも顧みず獣の脚力で地面を蹴り、千里に飛び掛かり、首を締めあげ、片手で宙に持ち上げる。まるで台風だ。一瞬遅れて吹き飛ばされたドラムセットが地面に倒れるけたたましい音が響いた。
「カハッ……死にゅ……」
持ち上げられ、つま先が地面に触れるか触れないかの距離で足をバタバタさせる千里の口から、空気と共にそんな呟きが漏れる。
「いい気味じゃ。このままくびり殺してやろうぞ」
「はいストップ。今は練習中」
アタシはいい加減人の話を聞かない二人への苛立ちを右足に乗せ、七生の背中に向けて後ろから思いっきり振りぬいた。もんどりうって倒れる七生と千里。
「二人ともちょっとは頭を冷やして……」
言いながら千里の方を見ると耳と尻尾は引っ込めて涙目で荒い息をついているものの恐怖と殺意の混じった瞳でそれでもまだ七生を睨んでいた。これは不味い。
「千里っ、やめな!」
「そんなに死にたければ望むとおりにしてやろうぞ!」
完璧に頭に血が上った七生が叫ぶ。
「頭冷やせつってんのよこの馬鹿狐!」
そんな七生に冷や水を浴びせる代わりにアタシは長い銀髪を掴んで思いっきり顔面に膝を入れた。ぷしゅっと鼻から血がほとばしり、白目をむいた七生が四肢を脱力させてその場に倒れた。
「はぁー……確かにバンドは刺激がいっぱいだわ」
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