第九話 欲望の全肯定こそ悪魔のお仕事
「うーむ……ここのブレイクはやめて、もっと変則的なトコで入れた方がエモいか」
休日の昼下がり。本来ならば惰眠をむさぼるべき日に、アタシは朝からギターを抱え、大学ノートを開いてぶつくさと唸っていた。
先日の緋沙子との酩酊セッションでアタシはいよいよもって自分のバンドを始動させたくなった。緋沙子とであれほど刺激的なのだ。気心の知れた七生と千里なら、どれほど楽しくなるだろう。
だがそのためには演奏する曲を用意しなければ。別にコピーバンドから始めてもよかったんだけど。いい年こいた人外三人がヒトの作った曲をコピーするのは……流石にダサすぎる。
かくして私は休日にギターを抱えて唸っているわけだ。
そんなアタシの前に寝すぎで若干顔の浮腫んだ千里が顔を出す。
「ふぁーあ。亜希しゃん。何か朝飯ありましゅか」
「開口一番にそれ? 買い置きのラーメン適当に食べて」
「うえーあの不味い奴でしゅか……」
言いながら千里がヤカンを火にかけ湯を沸かし始める。食うんなら文句言うんじゃないわよ。
「ニートは気楽でいいわよね。昼過ぎに起きてきて飯に文句つけて」
「ふひっ、亜希しゃんだってフリーターのワープアのクセに。ニート煽りとは随分上から物言うじゃないでしゅか」
「ほんっとーに口が減らないわね。親の顔が見てみたいわ」
「親は死んだでしゅ。兄弟も」
ヤカンがけたたましい音を立てて湯が沸けたことを伝えた。
「へぇ、だったら顔は見れないわね」
「そうでしゅ」
千里はラーメンにお湯を注ぎながら興味も無さげにそう言った。
「アタシも昼にすっかぁー」
アタシは机の隅に置いてあった持ち帰りの牛丼の袋を開き、大学ノートとギターを片付けるとチーズ牛丼特盛を目の前に広げた。
「自分だけズルいでしゅねぇ」
「インスタントラーメンと冷めた持ち帰り牛丼じゃ大して変わらないでしょ」
「それもそうでしゅね」
「じゃ、手合わせて」
「「いただきます」」
ご飯に関しては行儀よく、それがこの家のルールだ。だから飯を食っている間は会話なんて無くてもいいと思っている。でも飯を食っているから喋らなくてもいいとほっとしているのではただの言い訳だ。アタシはいつもこういう空気に弱い。
「聞かないんでしゅか?」
「んぐふぉ!」
煮え切らないアタシに代わり、突如口火を切った千里に驚いて、むせてしまう。
「な、何をよ」
「何をって全部でしゅよ。ボクは一月前に亜希しゃんに拾われましゅたけど、それ以前の事を何も聞かないじゃないでしゅか」
いつになく真面目で殊勝な態度の千里。でもラーメンを食う手を止めないのは真正のクズだからなんだろうな。
「それを知ったからって何になるワケ?」
「少なくとも居候させる以上、素性とか、気になるものだと思いましゅけどね」
「ふーん」
アタシは発泡スチロールの丼に残った牛丼を全部書き込んで飲み下す。腹いっぱい。
「千里はさぁ。それアタシに話したいの?」
「話したくは……ないでしゅね」
「じゃあアタシも聞かない」
「……ボクはクズでしゅからそんな事言ってるといつまでも話しましぇんよ」
「あーめんどくさいなぁ。じゃあそれでいいんじゃない?」
ちょっとした苛立ちを感じながら煙草に火を点ける。
「アタシは千里本人を気に入ったから勝手に家に連れ込んだの。だから千里も勝手に話したくなったら話せばいいのよ」
「でも……」
「クズの癖に良心の呵責なんて感じてんじゃないわよ。クズの癖に」
「クズクズ言い過ぎでしゅよ!」
「あはは、ともかくアタシは、千里に話してもいいと思ってもらえる様に、頑張るからさ」
「……亜希しゃんはボクのどこをそんなに気に入ったんでしゅか?」
「んー強いて言えばクズなとこかな。家に連れてきて初日に『ありがとうございます。一生恩に着ます』って言いながら金盗んで逃げようとしたのを見て、こいつは大物になるなって」
「ふひひ、なるといいでしゅね」
「他人事ねぇ。でもまぁそんな感じの方が千里らしくていいんじゃない?」
「ふひひ。そういう亜希しゃんは悪魔の癖に優しいでしゅね。全然悪魔らしくないでしゅ」
「それは……違うわよ千里。アタシは悪魔だから優しくしかできないの」
「というと?」
「悪魔は相手を堕落させてなんぼの生き物でしょ? だから相手と対等な立場で全肯定して堕落の道へ導くの」
「全肯定?」
「そうよ。弱ってる相手の劣等感や怒り、反骨心や欲望なんかをぜーんぶ認めてあげるの。本当だったら発奮して逆境から立ち上がらなきゃいけない人間を〝あなたは悪くない、アタシが全部分かってる〟って慰めて、骨抜きにして、諦めと堕落の泥濘に沈めて窒息死させるのが悪魔のお仕事。だから優しいなんて思ってたら千里、アンタも危ないかもよ?」
「なんか安っぽい詐欺師みたいでしゅね」
「うるさい!」
そんなやり取りをしながらアタシは一週間かけて何とかオリジナル曲を四曲作った。
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