第五話 「お主、五百歳を超えて仕送りで生活しとるんか」
「いーい? とにかく浮ついちゃだめよ。よく運命の出会いとか一目惚れなんて言葉が楽器選びにはついて回りがちだけど、一番気にしなきゃいけないのは値段よ。とにかく堅実に、安さと実用性を一番に選ぶこと!」
京王線つつじヶ丘駅。各停しか止まらない我が家の最寄り駅から急行に乗り換えるために降り立ったプラットホームでアタシは七生と千里に向かって言い放った。
「分かった分かった。して亜希よ、バンドバンドと息巻いて、楽器を買いに電車に乗ったは良いが儂らは一体何の楽器をやるんじゃ?」
「とりあえずアタシはギターね。それとボーカルさらにはバンドのリーダーもアタシ」
「いいのではないか? どうでも」
「ボクも関係ないことはノータッチでしゅ」
「アンタらねぇ、もうちょっとやる気だしなさいよ」
電車が到着しアタシ達はそのまま乗り込む。都心に向かう上り線とはいえ平日の昼過ぎという事もあって空いている。
「じゃあさっきの話の続きなんだけど。スリーピースバンドなら残るはドラムとベースね。二人はどっちがやりたい?」
「ボク昔ゲーセンのドラムマニアでハイスコア出したことあるでしゅ」
「ならドラムは化け猫に決定じゃな。そして儂はベースと。いいのう、ウエノコウジみたいではないか」
「すんなり決まって何よりよ。そしたら今日買うものの確認をしましょう」
「ああ、なんじゃ、必要ないぞ」
「へ?」
スマホで忙しなく誰かと連絡を取りながらそんな事を言う七生。
「心当たりがあっての。昔の知り合いに連絡とってみたら、使わなくなったベースやら一式を譲ってくれるそうじゃ」
「なによ足並みそろわないわねー。こういうのは全員で買うから一体感が生まれるんでしょうが」
「やかましい。タダでもらえるに越したことは無いじゃろうが。しかし亜希よ。お主も何か買うつもりだったのか? ギターは持っているのであろう?」
「アコギだけはね。エレキは持ってないのよ。まぁしゃーない。千里と二人で楽しくお買い物するからアンタは指咥えて見てなさい」
「ボクも買わないでしゅよ?」
「は?」
「今の時代、安くて評判のいい物なんてネットですぐ見つかりゅんでしゅから。ってことで今一式全部スマホから注文したでしゅ」
「はぁ⁉ アンタその支払いは⁉」
「亜希のカードでしゅけど?」
アタシは頭を抱えた。
「金は……まぁいい。どうせ出すつもりだったし。でもさぁ……これからバンド生活を共にする相棒よ!? 運命の出会いとか一目惚れを探そうとか思わないわけ?」
「語るに落ちとるな」
「さっき自分で真逆の事言ってたでしゅ」
「ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」
イラつきで苦悶するアタシを乗せて京王線は走り続けた。
*
新宿で中央線の快速に乗り換え二駅。総移動時間は四十五分。冬の寒さがふと緩む晴れた日の午後二時半、アタシ達は楽器の聖地お茶の水に降り立った。
「おうおう確かに聖地と言われるだけはあるのう、通り一面楽器屋だらけじゃ」
「ふひっ……ちょっとテンション上がりゅ」
「ほらーいいところでしょうが。ここで買うって事は最早ブランドなの、神保町で古本を買うように、秋葉原で同人誌を買うように、お茶の水では楽器を買うのよ。全くアンタらはほんとに情緒ってもんが……」
「何をまだぶつぶつお上りさんみたいなことを言うとるんじゃたわけ。それで亜希、お主いくら持ってきたんじゃ?」
「んー特に決めてないけど予算は五万くらいかなぁ……」
「ど! 何処にそんな金あったんでしゅか⁉ ボクがどれだけ家探ししてもどこにもそんな大金なんて!」
「アンタは後でぶん殴るからね千里。アタシが貯めてたなけなしの魔力を全部現金化して持ってきたの」
「悪魔の魔力は現金化できるんでしゅか……俗っぽいような羨ましいような……」
「お主の妖力もコネさえ見つければ換金できるぞ千里よ。まあ今のような雑魚妖怪では体を維持するだけで精一杯で、換金なぞしようものなら存在ごと消えるのがオチじゃがの」
底意地悪く笑う七生とそれを聞いてふくれっ面の千里。仲良くやってくんないかなぁ……。
「して亜希よ、そういえば悪魔とはヒトを堕落させて魔力を稼ぐものではなかったか? お主、儂の見て居る限り最近は一人も堕落させていなかったように思うが」
思い出したように七生が痛いところを突いてくる。
「あはは、そこは、まぁ……言いにくいんだけど月に一度、魔界から日本に住んでる悪魔に支給があるのよ。魔力」
「なんじゃい仕送りではないか。お主、五百歳を超えて仕送りで生活しとるんか」
「仕送りじゃないわよ! どっちかと言えば制度的には生活保護に近くて……!」
「ふひっ……どっちにしろ情けないでしゅ」
「しょーがないでしょ! それにもとはと四百年前の日本侵攻の時に土着の神仏妖怪等々が強すぎたせいで、ヒトを堕落させてる暇がないって理由から生まれた制度なんだから悪いのは七生とか千里の祖先とかよ」
「しかし今は毎日暇じゃろうが。悪魔の本分を全うしてしっかり魔力を稼げばよかろうに」
「……うーん」
そこで私は口ごもった。私だってそりゃそうだと思ったからだ。でも実際、アタシはもう何百年も一人のヒトも堕落させてはいなかった。
「今の世の中ってさヒトがヒトを勝手に堕落させて破滅させるじゃん」
頷く二人。
「なんかさーそれ見て張り合いがなくなっちゃったんだよね。だからやめちゃった。やるならもっとアタシにしかできない事がいいじゃん?」
「ニートが引っ込みつかなくなった時に言う戯言みたいじゃの」
「待ってくだしゃい七生しゃん。現役ニートのボクでもそこまで甘えた思考持ってないでしゅから、それ以下でしゅ」
「おおすまんかった、化け猫よ」
「マジで泣くよ? 何なのよもう、楽器買いに来ただけなのになんでこんなに詰められなきゃいけないのよ。毎年実家帰った時に散々言われてるのにどうしてアンタらにまで……!」
「あーまてまて亜希よ、これ、往来のど真ん中でガチで泣く奴があるか」
「ご、ごめんなさいでしゅ。靴でも何でも舐めましゅから機嫌直して!」
「ぐすっ……もういいわよ楽器屋ついたし。ギター選ぶ」
*
「いらっしゃーせー」
舌っ足らずな女性店員のやる気のない挨拶に迎えられて中古楽器屋に入る。というか、あの店員どこかで見たような……。
「それで? この中のどれを買うんじゃ?」
ずらりと無造作に並んだ大量のギターの山を見て、七生がため息をつきながら尋ねてくる。
「まあまあ焦るんじゃないの。中古楽器との出会いは一期一会。膨大な在庫からバンド人生の伴侶をじっくりと決めるのよ」
「電車でボク達にどの面下げて説教してたんでしゅか? このバカは」
アタシはそんな千里の軽口を無視して早速ギターを物色し始める。
「トーカイにグレコにフェンジャパ……やっぱ迷うわよねー実用面を考えるとあんまり古いのはちょっとって感じだけど、ジャパビン神話も気になっちゃうし」
「なんじゃ? そのジャパビン神話とかいうのは」
「ジャパンビンテージって言って、七十年代から八十年代の日本製のギターはすごく造りがよくていい音がするって噂の事よ。実際はどうかわかんないけどね」
「中古に付加価値を無理やりつけとるんか、儂の稼業でもよく聞く話じゃが阿保らしいのう。しかし、興味の無い買い物に付き合う時ほど時の流れが遅くなる時は無い」
「まったくでしゅ」
「うるっさいわねー、だったらアンタらも選べばいいじゃない。アタシに似合いそうなのを」
「なぜ儂らがそんな」
「めんどくさいでしゅ」
「もしドンピシャでかっこいいギターを選べたら、晩飯奢ってあげるわ」
「乗った。バンドの顔を亜希の壊滅的なセンスで選ばれても困るというモノじゃ。決して晩飯代を浮かせたいなどという野暮ったい考えではないぞ」
「ボクは飯と金に関しては手を抜かないのがモットーでしゅ。ガチで獲りに行きましゅよ晩飯代!」
ストレートな千里はともかく七生まで晩飯代につられて店のギターを漁り始めた。結局皆金がないんだ、みすぼらしい生活してるのはアタシだけじゃない!。
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