第30話
ユーバシャールから魔導鉄道のミルテラ駅までの交通手段は、スレイプニル二頭牽き馬車だった。
まだまだ交易路も整ってないユーバシャール領を抜け、マクファーレン侯爵領に入る。
ここは温泉街があるため街道が整備されている。
この道の良さが功を奏したのか、その進行速度の速いこと。
早朝にユーバシャールを出て、途中の温泉街に一泊~なんて考えていたのに、それ飛び越して夕日が沈んだ魔導列車の最終便に間に合うという脅威のスピードを繰り出した。
この二頭のうち一頭は、一番最初に伯爵様が捕らえた17頭の群れを率いていたリーダーだ。
馬体も大きくて、どこの世界の世紀末覇者でも乗せるのかって雰囲気。
わたしの髪と同じ黒毛だから余計にそう思ってしまう。
おまけに、この子は牝馬なんだよ。
「ありがとね」
ぽんぽんとスレイプニル二頭の首を撫でて労う。が、列車の時刻が差し迫ってるので、わたしはヴァネッサに急かされて伯爵様と一緒に列車に乗り込んだ。
一泊を魔導列車内ですごして、王都ロックウェル邸に昼前に到着した。
やっぱりスレイプニルを使って、魔導列車だと時間短縮が……これまでとは段違いなわけだ。
「あのスレイプニル、グレースが大好きだよね、はりきったんだろう?」
伯爵様はそう仰った。
そうなのよ、伯爵様には怯えるけれど、わたしには懐いてるような感じがするのよね。
わたしと同じ黒毛だからかな? 仲間とか思われてるのかも。
それにしても、馬車もよかった。あれだけ走ったのに揺れとか抑えられていて、スレイプニルを捕縛し、馬車を牽かせてもいいように車体自体をあれこれ改良していたヘンリーには感謝ね。
本人は「落ち着いて仕事ができるのはいいけど、仕事量っ!!」って顔に出てた。
馬車の改良が進むにつれて、仕事をしてくれる弟子っぽいのが増えている様子だったから、その疲労はいずれ解消されるだろう。
だめだったら相談してほしいけれどね。
王都、ロックウェル邸に戻ったら、使用人全員の「お帰りなさいませ旦那様、奥方様」コールを受けることになった。
まだ慣れないわ~これ。
奥方様って何でしょうね。まだ結婚しておりませんが。
そしてわたしの前にウッキウキで進み出たのは専属侍女のシェリルさんである。
「辺境領からお疲れ様でございます、湯あみのご用意できております」
……一人で出来るもーんとか言いたい。
しかし、そんなわたしの内心を知ってか知らずか、奥方様を磨き上げるの、お仕事です! 的なシェリルさんの表情はキリリとしてる。
侍女達に囲まれて、伯爵様に助けを求めるも、伯爵様は手を振って別の部屋へと向かってしまった。とほほ。
「シェリル、ヴァネッサはしばらく休ませてあげて、辺境領での疲れもでてくるでしょうし」
車体を改良したとはいえ、あのスピード、長時間の馬車乗車は慣れないとキツイだろう。
シェリルはお付きの侍女に「薔薇の香油を用意して」とか、「リネンの準備は滞りないわね」とか、「お湯の温度も確認を」とか、指示を与えるのに余念がない。が、キチンとわたしの言葉も聞いている。
「かしこまりました」
そう返事して、侍女の一人をヴァネッサの方へと走らせる。
実際、ヴァネッサは今回もよく働いてくれた。
スレイプニル襲撃の時は先を急ぐので、途中へばったヴァネッサを振り切った。
わたしと伯爵様は危急だからと、現場へ向かったが、振り切られたヴァネッサはその場にとどまり、王都からの助力支援の後詰を案内し、ちゃんとユーバシャールまでやってきて、そのあとずっとわたしに付き従ってくれた。
これが普通の娘ならオロオロしちゃうよね、でも肝が据わってるというか、ほんと目端が利くというか。さすがラッセルズ商会の推挙してきた娘だけはある。
ロックウェル邸では、わたしの周囲をこうやって囲むのは貴族出の子達が多くて、いささか気後れするのか緊張気味だけど、辺境ではかなり生き生きとしていた。
とにかく彼女には少し休みをとらせてあげたい。
わたしとしてはそんな気持ちだったんだけど……。
「ラッセルズ商会ユーバシャール支店が力を入れておりますので。グレース様が辺境領で作らせたこちらの商品化のご相談を王都のラッセルズ本店で詰めませんと」
お風呂で散々もみくちゃにされて、お風呂を出たあとも、もみくちゃにされて、魂抜けそうなわたしの前に、ヴァネッサは小瓶を差し出す。
お洒落デザインの小瓶の中には、液体が入ってる。
この中身はですね、香水なんですよ。
なんで香水か?
ジェシカがウィルコックス家で、女性用ドレスメーカーを立ち上げたように、わたしは、ユーバシャールでワニ革を使った紳士向け小物のブランドを立ち上げようと思ったわけ。
そこで、そのブランド商品として、ワニ革アイテムに引き続き、紳士用の香水をラッセルズ商会ユーバシャール支店の服飾担当チームと共同で、時間を捻出し試行錯誤し作りました。
でも、色々ありすぎて、このご相談を伯爵様にはまだしていないのよ……。
わたしは「この件は、いますぐでなくてもいいから」とヴァネッサを下がらせ、休ませるようにと、シェリルに伝えるのだった。
「えー、なんでー? お姉様が商売のことに関して尻込みするの? めっずらしー」
翌日、ドレスの仮縫いの為に、ドレスメーカーのマダム・リリーと共にロックウェル邸にやってきたジェシカがそう言った。
「問題あるの?」
これまでわたしが手掛けてきたプチアラクネのレースやホーンラビットファーのレティキュールなんかは、この目の前にいるジェシカの意見なんかも取り入れて作って来た。
一応ね、業突く張りの女子爵と言われていても、一応は女性なわけで、貴族のご令嬢が「これはいいわね!」っていうものはピンとくるけど、私の周りには男性いないし、これが商品として出せるかっていう不安がある。
ものはいいと思うのよ?
辺境のスタッフと一緒になって作っていて、前世でも割と好きだった香りに近いものができたとは思ってる。
この世界ではウッディ系やフゼア系なんかもあるけど、オゾン、マリン系のあの爽やかな感じの香水ってないのよね。
あれって、前世じゃ合成香料だから……。
この世界に合成香料の技術はあるのかどうなのかって、思ったんだけど。
ラッセルズの辺境支店のスタッフの中に調香をかじっていた子がいて、今世で再現できないかって説明したら、なんかメチャクチャやる気になって、それで、なんとか再現したんだけどさ。
「伯爵様に好みじゃないって言われたらショックで……」
「それはないから」
ジェシカは即答し、がしっと小瓶を手にして、わたしの私室から飛び出していく。
「ジェシカちゃん!?」
しかし、わたしは仮縫いの途中なので身動きできず、妹が何をしに飛び出したのかは予想がつくけど、どうすることもできない。
ジェシカが侍女の一人に付き添われて、わたしの部屋に戻ってきた時は、ドレスの出来具合も確認し、大満足、やり切った感が全面に現れていた。
「マダム・リリー、いい感じでは? やっぱり、チュールレースより、グレースお姉様は重厚な光沢があるサテンで正解」
「あとは本縫いと、ベールですね」
「ベールはプチアラクネのレースで大丈夫。プチアラクネのレースとメイフィールド産のサテン、あとコレ、グレースお姉様が開発したファスナー? 縫い付ける形でいいから、そこは手間がはぶけるわよね。マダムの工房に回しておきます」
「はい。さっそく本縫いに入ります」
シェリルをはじめとするおつきの侍女達も、マダム・リリーのスタッフであるお針子さん達もうんうんと頷く。
スタッフのお針子さん達は速やかに撤収作業に入る。
「お姉様は、ちゃんとお義兄様とお話してくださいね、お義兄様も、お姉様はとにかくいろいろ作りたいとか売りたいとか思ったら、実行してしまうので、把握してね」
エントランスで見送る帰り際、ジェシカがそう言った。
この時、わたしとお付きの侍女だけで見送りだと思ったら、わたしの背後に伯爵様もいらっしゃってて、ぎょっとする。
気配消してたよ! この人!
「うん。またねジェシカちゃん」
伯爵様にそう言われて、末っ子の妹は綺麗なカーテシーをして見せたのだった。
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