第29話

 


 スレイプニル襲撃に始まって、現在の復興及び開発にかかった時間は半年以上と結構経過していた。ユーバシャールで年を越し、王都ではすでに社交シーズンに入ってるのよね。

 だから甥っ子誕生のお知らせが届いたんだけど。

 こっちでいろいろ試行錯誤していた成果とか、新たに始めていたこととかに気をとられていて、気が付けば社交シーズン再びといった具合なのよ。

 一番目に見えて試作が成功した事例は、昨年、領主館の料理人のテッドに渡した米が実ったことだ。

 試験的な栽培だから、そんな大規模にはやらなかったけどさ。


「グレース様、これ、甘くてふっくらしてるけれど、どうすればいいですか?」


 テッドの言葉に、とりあえず、おにぎりを作ってみた

 シンプルに塩むすび。

 だって具が! 梅干しもなければ、おかか、昆布なんかの海産物もないんだもん! 海苔もないし! スモークサーモンがギリギリ手に入るって感じなのよ。

 ラッセルズ商会から仕入れた味噌と醤油――数年前に属国になった東側の国が作ってるやつを使って、醤油と味噌の焼き結びと、あとは、ダーク・クロコダイルの肉で天ぷらで、海苔なしだけど天むすもどき。

 これを伯爵様のお仕事中に差し入れしたり、しょうがないからブレイクリー卿がいた時はだしてみたりした。

 二人とも、美味しそうに食べていたので成功です。


「これは来年、栽培の規模をどうする気だ?」


 ブレイクリー卿なんかは二個目のおにぎりをもぐもぐしながらそう尋ねてきた。

「今回、成功したので、もう少し規模は拡大したいですね」

 麦からこっちの栽培に切り替えてもいいという農夫の人数次第だけど。

「特産品にしたいので」

 でもこの試作のおにぎりの出来、テッドの腕がいい。

 焼きむすびの焼き加減とか、天ぷらとかも油で揚げるとか異世界西洋人なのに忌避感ないのよねえ……料理については飽くなきチャレンジ精神があるというか。嬉しい事なんだけど。

 わたしがそう答えると、ブレイクリー卿は今度は伯爵様に尋ねる。


「で、いつ王都に戻るんだ? ヴィンセント」

「三日後には、出発する」

 伯爵様はそう仰った。 

「そうか」

「イライアスも戻ったらどうだ? 社交シーズンだし」

「まあ、必要な要件も王都にはあるから、今回のシーズン中には戻るつもりだが……」


 ブレイクリー卿は伯爵様とわたしを見る。


「おまえら、準備は進んでるんだろうな?」

「うん」

 準備……?

「この女はわかっていないようだぞ?」


 え? わたしがわかってない? 伯爵様が捕縛したスレイプニルの譲渡についての契約書とか、採掘現場の被害報告書とか、もうすでに送ってるよね?

 何か忘れてる? 採掘資材の売買契約書の用意とかもしてるし、あと何?

 わたしが王都へ持っていく書類を再確認してみる。


「ふん、まあいい。この女にその気がないようだったら、まあこの土地の開発完成まで、コイツをこき使えばいいだけか」


 ちょっとお。気になる言い方をしないでほしい。

 わたしが何も反応しないので、ブレイクリー卿は眉間に皺をよせる。


「決裁が滞っても気づきもしなさそうだな!」


 ブレイクリー卿はそう言い捨てて、居間から出て行った。

 決裁……滞る?

 いやいや、開発において領地の決裁権は伯爵様のものだから、伯爵様がそれを溜めるとかしなさそうでしょ?

 お仕事が入って遠方へとか行かれない限りは。

 確かに、代行できる人がいれば問題ないし……。

 ブレイクリー卿がそれをやるとか言い出す?

 領主を差し置いて?

 そんなことできるのは伯爵様が任命した代官か――……。

 身内の人……。

 身内……。


「グレースに決裁権が持てるようにすればいいと、イライアスは言ってるんだよ。あんなに反対していたのにね」


 わたしが伯爵様の代わりに領地の決裁権が持てるようになるといえば……。

 わたしが伯爵様の身内になればいい……。

 身内になるのにはどうするかって……それはつまり……、


 わたしと伯爵様の結婚か――!


 パトリシアお姉様の甥っ子見たいな~社交シーズンだから王都に戻ろう~っていう事よりも、わたしと伯爵様の結婚!

 わ、忘れていたわけではないですよ!?

 じゅ、準備だってしてますよ?

 実はわたしと伯爵様の婚約式の時に着たドレスデザインが可愛すぎて、挙式の時はわたしがデザインしたのを作ってもらうと、デザイン画をジェシカに渡したのは、かなり前で記憶から消えてただけですから!

 ジェシカの結婚式の時に、この教会で式あげるはずだったんだよな~なんて思ったんだけど、ロックウェル家(正しくはレッドクライブ家)が押さえていたのが、王都で一番でかい大聖堂で、出席者身内だけだから、メイフィールド伯爵夫妻を挙式にお招きしてもウィルコックス家側の人数少なくて、格差結婚ここに極まれり――とか思ったこととか!

 あと、披露宴会場も、ロックウェル家の家格とか伯爵様が軍在籍だから、人数多いし、ホワイト・バーチホールじゃなくて、クレセント離宮だとか!

 そこの状況は把握してますとも!?

 日程、日程はね……。


「はい」


 伯爵様がボードに用紙を挟んだファイルをわたしに寄こしてきた。

 パラパラと見ると、王都に戻ったらの、スケジュールがびちいぃっと書き連ねられている。

 なんのスケジュールかなんていわずもがな。

 この社交シーズン中に行われる結婚式までの日程だ。

 ウェディングドレスの仮縫いとか全然してないから、挙式衣裳関連が事細かに王都に戻ったら詰まってるうぅぅ!!

 ラッセルズ商会お抱えのドレスデザイナー、マダムリリーが手ぐすね引いて待っているとか!! わたしではなく、お針子さん達のデスマーチ開始! そんな今回の社交シーズンでは!?

 ごめんなさいっ!!

 伯爵様はぽんぽんと座ってるソファの横を手で叩いて、わたしを隣に座るように促す。


「グレース、俺にはグレースしかいないんだけど、グレースは違った?」

「ち、違っては……ないです……」


 伯爵様はアメジストの瞳でわたしの顔を覗き込む。


「ほんと?」

「ほんとです」


 う、近い、伯爵様、顔近い! 綺麗なご尊顔はずっと見ていられますけれども!!


「じゃあ、この日程で」

「はい」

「まあ、嫌だといわれたら、俺的には結婚あとでもいいんだけどね。結構我慢も限界だから、この場で既成事実作っちゃってもいいかなぐらいは思っていたんだけど?」


 ひいいいいいい!

 は、伯爵様! 手順はきちんと踏みましょう!!




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