第28話



 伯爵様はキッカリ一時間でお目覚めになった。

 体内時計すごくない? 

 軍人だから?

 わたしも膝枕一時間はさすがに足が痺れた。

 伯爵様は目が覚めると慌てて頭をあげてくれてわたしの顔をのぞき込む。


「グレース、本当に、一時間膝枕してくれたんだ? ありがとう!」


 わたしが頷くと、伯爵様はアメジストの瞳を眇めて嬉しそうな笑顔を向けてくれる。

 これよ……この可愛さ、足が痺れてもいい。

 守りたい、この笑顔。

 上官が起きたと気付いた副官のゴードン氏が伯爵様のお傍にくる。傍に来た副官を見上げる伯爵様は、お仕事モードの顔になっていた。


「避難民は村に入って大丈夫だ。村の周辺に外壁用魔鉱石を配置は?」

「設置終了です」

「よし、日が沈む前に見に行こうか。グレースも見に行く? スレイプニル」

「え? 連れて行ってくださるの? ご一緒してもいいの?」

「いいよ、一緒に見に行こう。イライアスも来るかい?」


 伯爵様に誘われたブレイクリー卿は頷いた。

 わたしは伯爵様にエスコートされ村の入り口まで歩く。

 そこには伯爵様の馬がいて、小隊規模の精鋭部隊も馬と一緒に伯爵様を待っていたみたいだった。

 わたしは伯爵様の馬に同乗させてもらった。

 伯爵様を囲うように部隊は進む。

 夕日が沈むまでまだ少し時間があって、平原に、オレンジのキラキラした光が反射しているのが遠目に見える。


「あれだよ。近づくと、少し寒いかもね」


 伯爵様の仰る言葉の意味は――そこに近づくとわかった。

 巨大な氷の支柱がそびえ立ちぐるっと円を作っていて……まるで檻だ。

 それが三重になっている……。

 伯爵様は馬上から降りて、わたしが馬から降りる時も手を差し伸べてくれた。

 人間が一人通れる氷柱の間を通って一番中央の檻の前まで歩いて行く。

 スレイプニルの群れは互いの身体を寄せ合って、伯爵様が近づくと、怯えたように固く口を閉じて視線をあちこちに飛ばしたり、耳をしきりに動かしたりしている。

 リーダー格と思われるスレイプニルがそんな怯える他の馬を宥めているようにも見えた。


「だいぶ、大人しくなったな」

「怯えてるようですけど?」


 わたしがそう伯爵様に尋ねると、伯爵様は頷く。


「うん、閉じ込めた時はもっと荒れていたよ。この氷柱を前足で蹴り飛ばしていたからね」


 しかしこれはただの氷柱ではない……伯爵様の魔力を練り上げて作ったものだ。

 しかもそれが三重になってる。

 この堅牢な氷柱の檻はスレイプニルでも蹴破ることができない……魔法使えるのってやっぱりチートよね。


「明日、様子を見て少しずつこの檻から出すよ。騎兵部隊の連中に任せる。扱い方もわかってるだろう。さてこれをどう引き渡すか――……」


 わたしが伯爵様を見上げると「俺なんか言っちゃいました?」的な顔をしている。

 はは、「引き渡す」なんて、伯爵様ったら、真面目ですねー。

 やだなあもうー。



「まるっと貰っちゃいましょう」



 わたしがそう言うと、伯爵様は目を見開き、副官をはじめとする軍の人達はぎょっとし、ブレイクリー卿が、欲張りな女だなと視線を投げてきた。

 そんなの気にしないもんね。

 ねえ皆様、忘れたわけじゃないでしょうね? 今回わたし達の領地が被害受けたのよ? 採掘現場の村の領民に死者だって出てる。

 それをスレイプニル17頭で手を打ってやろうって言うんだから、優しいわよ?

 もっとふんだくってもいいぐらいだ。


「多分これが一番群れのなかで規模が大きいはず――伯爵様が捕まえたのですから。他の群れもこの子達を使って捕縛するまでユーバシャール預かりとしてもいいでしょう」


 だいたい、元ブロックルバング公爵領から飛び出してきたってのが怪しいわ。

 王位簒奪の為に私兵を集めていたこともあるんだから。

 きっとこのスレイプニル、元公爵が繁殖させて増やしたヤツよ。

 王家が接収してたけど、管理失敗してこっちになだれ込んできたんだから、迷惑料ということで、この子達、この辺境領――伯爵様のものってことで。

 伯爵様がこんな魔力を使ってまで、捕らえたのよ? 問題ある?

 被害総額を出して、申請したら絶対、現物のこの子達で手を打とうって案もでてくるんじゃない?

 分散した残りの群れを捕縛して、それを王家に渡し、被害補償金を申請するのもありよね、そっちがいいか?

 ユーバシャール領は、無駄に広いから領内の村から村への移動だって一苦労なんだもの。

 スレイプニル17頭いれば、物資運搬、人員移動、農地拡大が捗るんだから。

 魔導列車が停車するミルテラ駅からここまで一週間普通の馬車だとかかるところをスレイプニルに馬車を牽かせたら二日ぐらいで間に合う。これは大きいよ?

 積載量だって普通の馬車よりも多く載せられるし。

 やだ~なにそれ~それ嬉しい~。

 想像したらにやけてしまって慌てて両手の指先で口元を隠す。


「……まあ、ウィルコックス卿の言うことはできなくもないな」


 ブレイクリー卿はがしがしと、ご自身の綺麗な銀髪を片手で乱暴に掻き上げながら呟く。


「どうする、ヴィンセント? ウィルコックス卿の案に乗るなら、交渉してくるが?」

「いや、俺が交渉する。イライアスには復興と再び、こちらの開発をお願いしたい」

 伯爵様とブレイクリー卿の相談は速やかに決まる。

「騎兵隊にこちらのスレイプニルを預け、領内に分散した他のスレイプニルも捕縛しましょう」

 副官のゴードン氏もそう進言した。

 わたしは、群れのリーダーっぽいスレイプニルに近づく。


「ごめんね、でも、大事にするからね」


 そう小さく呟いた。



 ユーバシャールでのスレイプニル襲撃はこうして幕を閉じた。

 採掘現場の村で、被害にあった人の慰霊祭なんかも行った。

 開発中の辺境だから、そんな大きくはできなかったけれど、これは毎年行うと伯爵様が宣言したのがよかったのか、ユーバシャール辺境領では領主である伯爵様の人気はかなりのものに。

 採掘現場の村も、領民を守る防壁の建設を急いで行う。

 このユーバシャール領に分散したスレイプニルも、順次捕縛できて、軍や王家に引き渡す準備を始めている。

 ラッセルズ商会の支援物資なんかも、王都から送られてきて、開発も再び軌道にのるところだ。

 そんなラッセルズ商会の使いから、ものすごくおめでたい話題が知らされる。


 ――パトリシアお姉様が無事、男の子を生んだというのだ。


 母子共に無事だという。

 これは商会の大旦那も大奥様も狂喜乱舞したに違いない。

 わたしも甥っ子見たーい!!


「じゃ、そろそろ王都に戻るとするか」


 伯爵様はそう仰った。




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