第26話



 ユーバシャールを出た時は夕方だったけど、採掘現場の村に到着した時は空の色は変わり始めていた。濃い闇がうっすらと、遠くの空を白くし、夜と朝の境界線が――もうそろそろ見え始める……そんな時間になっていた。

 そんな時間帯に小隊の馬の足音は、人が起きる時間帯にはまだ早く、村に在住する者達は多分、スレイプニルの群れかと思ったのかもしれない。

 伯爵様に付き従う小隊は魔石ランプの灯をもう一段階明るくすると、村の入り口付近は様相が変わっていた。

 倒壊している家もある。

 村人はどうなった!?

 村の中に入り、採掘現場近くの事務所まで行くとその建物の中から、王都から村にきてくれた行政官と、建築関連会社の者と村長が顔を覗かせる。


「ロックウェル伯爵⁉」

「ウィルコックス卿までご一緒とは!?」


 正直に言おう。

 この時点でわたしの体力はかなり限界に近かった。

 そりゃそうだ、魔導列車から降りてこんなに長時間長距離を馬を駆るなんて、自分で自分が信じられないし、身体がブルブルしてる……。

 足手まといにならないとか豪語したのに、このザマは、気持ちと体力がついていかない実例を、今、実感してるわ。

 伯爵様はなんなく馬から降りて三人に近づく。


「村人は? 移住者や開発の為に王都からきた人はどうした?」


 それが気になる、どうなったのよ。

 無事なの?


「昨日の襲撃直後、ブレイクリー様が皆に呼び掛けて、採掘場へと避難させましたが、逃げるのが精いっぱいで。まだ、被害の把握にはいたっていません。とりあえず我々だけでも確認の為、この事務所に残っていました。日が昇ったら被害状況の確認をと思って」


 村長さんなんかは、これまでダーク・クロコダイルの被害にもあってきたから、襲撃された場合のことなんかはわかってるだろうけど、ブレイクリー卿、さすが貴族として人の上に立ってただけある。スカイウォーク社の社員やネイル社の社員に呼び掛けて、住人を採掘場へと避難とか。

 魔獣が忌避する魔鉱石を集めてガードしたってことか。

 魔鉱石の種類によっては魔獣が好むものもあるらしいけど、今ここは魔獣対策の為に、ユーバシャール村の外壁を採掘してるから、それを使ったってことよね。


「被害状況の確認と、村周辺の哨戒を我々で行おう。グレース」


 手綱を持ってるだけで精一杯だ。身体が言うこと聞かない。

 こんな時に、伯爵様に、迷惑かけたくないのに。

 伯爵様がわたしを呼ぶけど、答えられない。

 意識が白くなるって……こういうことか……。



「本当にっ! この娘はバカなのか!? 黙って王都に居ればいいものを!! ヴィンセントに無理くり言ってくっついてきたんだろうが、気を失ってれば意味がない!! 本当に迷惑だ!!」

 聞き覚えのある声で意識がだんだん戻ってくる。

「しーっ、しーっ! ブレイクリー卿、そんな大声で! だいたい男でもこの強行軍は堪えます。我々の軍に配属された新兵もこんなもんですよ」

「チッ。ヴィンセントもヴィンセントだ! 自分の大事な婚約者ならば王都の屋敷にでも閉じ込めておけ!」

 侯爵が舌打ちとか。

 ていうかブレイクリー卿、無事だったのか……よかった。それがわかっただけでもよかったわ。

「相手は一応、貴族令嬢ですよ! ブレイクリー卿!!」

 おい、一応貴族令嬢とか……フォローになっていないわよ。

 しかし、仰るとおり……。

 意識が戻ると、身体が痛い、そりゃそうだ。こんなに休みなしで馬を駆ったことなんて、今世では初めてよ。

「グレース様、お気づきで!?」

 侍女のヴァネッサの面影を残す見覚えのある顔が節度のある距離を保ちつつ、わたしに声をかける。

「ヘンリー……」

 スカイウォーク社とネイル社に引っ張られて、この採掘現場の村にきていたヘンリーだった。そしてわたしを気遣う声をかけたヘンリーを押しのけて、ブレイクリー卿が怒鳴る。


「この馬鹿娘が!!」


 面目次第もございません。


「だいたいこういう現場に来ようというのが間違っている!」

「だって……」

「だって……? でたよ『だって』とか、お前なあ! ほんと邪魔だよ!!」

「ヴィンセント様を危険が迫る場所にお一人で行かせたくなかった」

「はあ!? ヴィンセントは軍人だぞ、戦争にだって駆り出される。お前はヴィンセントにくっついて戦地にも行くのか⁉ 家を守ることもせずに!?」

「そうではなく。場所がユーバシャールだからです。この領地が――ヴィンセント様が帰る場所になるようにしたいんです。お一人で行かせられません。領地のこと――領民は、わたしも守りたいんです。拝領されたこの地に危機が迫ってるからって、お一人になんてできない。この地で彼に何かあれば、一番早く、誰よりも早く、わたしが駆け付けたいんですよ!」


 起きて早々にヒートアップしたら軽く眩暈がした。

 今世、体力には自信があったんだけどな。


「それに、ヴィンセント様にとっては――大事なブレイクリー卿だっていらっしゃる……心配もされるでしょう。ご家族とのご縁の薄い方だから、なおさら……」


 貴方は血が繋がらないとはいえ、お兄さんだからとは――……人目があって言えなかった。


「ヴィンセント様は?」


 わたしの意識が戻るまで、ブレイクリー卿と話していた軍の人に尋ねる。

 多分、この人階級章から言って尉官で、伯爵様とは親しいはず。


「副官のゴードン・バークリーと申します。ウィルコックス子爵」

「爵位はここに来る前に妹婿に継承しております。グレースと」

「上官に睨まれてしまいます。ウィルコックス様で。ロックウェル大佐は現在この村近辺の哨戒にあたっております。部隊を分け、村の被害状況の把握に我々は努め、ユーバシャールにいた別部隊もこちらへ後詰で向かってる様子」


 いずれも伯爵様直属の精鋭で、魔力持ちも在籍しているので、安心してほしいと言われた。


 この村は元々30世帯もないぐらいの村、元々いた村人は直轄領とされ時にユーバシャールにほとんど移住してた。(ダーク・クロコダイルの被害にあった家もあるらしい)

 直轄領の魔石採掘の拠点として、人がいないと困ることもあるだろうと残ってくれてる村人達なわけで、伯爵様の領地になったことで、いろいろ物資が回ってきて、彼等もこの賑わいを歓迎し安心していた矢先だったのよ。


「ウィルコックス卿、とにかくだ、使い物にならないなら大人しくしていろ!」


 言い方ひどいわー。

 わたしはあちこち痛む身体を無理やり起き上がらせる。


「おい! 人のいうことをきけ! お前に何かがあればな、私がヴィンセントに怒られるんだぞ!」


 弟に怒られるのが怖いお兄ちゃん……、いや、わかる。わたしも今世じゃジェシカに怒られるとちょっと困るから。


「炊き出しぐらいはします」

「またそうやって」

「わたしが作った方がブレイクリー卿のお口に合うのでは?」


 そう言うと、ブレイクリー卿は黙る。

 みんな緊張状態が続いてるんだから。あったかいスープでも作るわよ。

 睡眠はとった。

 次は燃料補給よ。腹が減っては戦ができぬっていうでしょ。

 というのは、大義名分で、おなかすいたのよ。わたしが!

 よーし、美味しいもの作っちゃうぞー。



―――――――――――――――――――――――――――――――――

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