第24話
ホワイトバーチ・ホールでは、すでにウィルコックス家とメイフィールド家と関わりのある商会関連の貴族家が招待されていて、ラッセルズ商会からも、大旦那と大奥様が出席されていた。
現世でいうところの披露宴と二次会を合わせた感じと思っていい。
わたしも、学生時代の同窓生の披露宴に出席したことはあるけれど、パートナーもいなく、「ふ、今世でもボッチ確定か……」なんて心の中で思っていたものだが、今回は違うわよ。伯爵様という素敵なパートナーが一緒っていうのがね!
魔導カメラを手にしたエインズワース新聞の社交欄担当とかも見かけるので、それなりにウィルコックス家とメイフィールド家は社交界では名前が浸透してるってことよね。
花嫁のドレスが注目を浴びていて、しきりにフラッシュを浴びていたジェシカは、ウィルコックス夫人としての余裕すらある。
ジェシカは自分でデザインしたドレスをこの場で身に着け見せることで、ドレスブランドを立ち上げる予定だと発表した。
「うちの末っ子はやり手だなあ」
アビゲイルお姉様が、シャンパングラスを片手にそう呟く。
「実はこれも、ジェシカのデザインなんだけどね」
パニエがそう大きく広がってないシンプルなAラインがベースではあるんだけど、サテン地にドレープが複雑に重なり、会場の灯で陰影が作られてボリューム感が出てる。
どこのドレスメーカーかと思ったらジェシカデザインだったのか……。
末っ子、アビゲイルお姉様をわかってるわ。
こういった場では、さすがに魔導アカデミーの制服ってわけにはいかないものね。
「よく、お似合いです。アビゲイルお姉様」
「そうそう、二人にお願いというか、ちょっと面倒見てもらいたい子がいるのよ」
「面倒?」
「気にかけておいてほしいというか……なんといっても開発中の土地だから」
うん? よくわからないわね。どういうことよ。
伯爵様を見上げると、伯爵様はなんか思い当たるようで、深々とため息をおつきになった。
「ユーバシャールに魔導アカデミーの研究所を建設するだろう?」
「はい」
「その施設に、建設費を出すビッグスポンサーの子が入るから、よろしくと、魔導伯爵は言いたいんだよ」
……うーん……。
そもそも、このラズライト国の魔導アカデミーって、魔力を持つ者が集められる。
この国は何世代か前は魔力の強さで統治者たれ――的な戦国時代もあったみたいで、つまりは魔力持ちって代々由緒正しい貴種ってわけ。
で、アカデミーは魔法と魔術の違い、自分自身の魔力との付き合い方、魔石、魔鉱石の有用活用方法、在野にいる魔獣の知識なんかを基礎から学習させられて、この国の各分野において、発展を助ける機関なわけよ。
魔力があればわりと強引にお誘いがある。
アビゲイルお姉様なんかもその例だ。
研究に基づく実績があれば、アビゲイルお姉様みたいに爵位を賜ることもある。
けど、結構組織内は貴族が多いから、お金やお家の方でのごり押しとかもあるんだとか。
アビゲイルお姉様がいうには、わたしがウィルコックス家を盛り上げたからそういう場面も切り抜けたとか仰るけれどね。
ちなみに、伯爵様にもアカデミーの勧誘があったけれど、伯爵様自身が軍を選んだ。(軍は軍で魔力を持つ部隊はそれなりにあって、そこに伯爵様はしばらく在籍していたんだって)
つまり。
お金持ちの子を持て余したアカデミーが、その子をユーバシャールの研究施設に移動させるからよろしくねってことか~。「田舎だけど新設の最新の研究施設だぞ~」とかいって言いくるめたんだろうな。
そんでもって気に入らなければ問題起こしそうだったり?
魔力を暴走させちゃったり?
そういうこともありえるので、伯爵様がストッパーになってねと。
庶子ではあるけど正当な王族の血を引く方で、軍での実績もあるから、魔力においては問題ないしってか。
あああああ辺境開発に金が必要だったから、アカデミー研究施設建設とかどうよと言ったの誰だよ!?
わたしだよ!! バカバカバカ~!!
「ごめんなさい、伯爵様」
「何が?」
「お手を煩わせる結果を招いてしまったようで……」
「いや、領地拝領をした時点で想定範囲内だよ。別方向からくると思ったけどね」
お心当たりがあったのか……。
そういう打診も前々からあったとか……伯爵様自身のお考えの中にはあったのか……。
「グレースが気に病むことはないよ。むしろ問題児をあずかるなら、グレースがビシビシと鍛えてくれ」
「はい⁉ 魔力とかありませんけど!?」
「なくても大丈夫。相手は人だから。言語通じない魔獣とは違うよ」
「は……はあ……」
「いざとなったら俺もいるから」
うーん……そうは仰いますが……。
まあ、伯爵様はお仕事があるから、お手を煩わせることがないようにわたしで出来ることはしますけれど。
わたしがそう思ってると、会場の入り口から見慣れた服装の男性が現れた。
見慣れた服装とは、伯爵様が辺境でお召しになっていた軍服である。
伯爵様は階級が佐官だから職章とか階級章が一般兵とはちょっと違うんだけどね。
でもこの場に軍服の人とか、用件はぜったい伯爵様にかかわることよね?
今日はお祝いだから伯爵様は黒のフロックコートではあるんだけど……。
「ロックウェル大佐、ウィルコックス子爵、危急の要件で……」
ウィルコックス子爵はもうパーシバルなんだよー。
そう思いながら、軍人さんを見ると、声を潜める。
「元ブロックルバング領にて、魔獣の大群がユーバシャール方面へ進行しているとのこと」
わたしと伯爵様が顔を見合わせる。
「グレース……祝いの時に悪いが、俺は急ぎ、ユーバシャールに戻る。グレースは王都ロックウェル邸にいるように」
「嫌です」
わたしは即答し、伯爵様を見上げる。
「わたしも共に参ります。伯爵様の領地を守るのは、伯爵様だけではないのです。妻になるわたしも参ります」
魔力も何もないよ、ダーク・クロコダイルは怖いし、だけど、あの辺境領は、わたしの伯爵様の土地よ。
その土地に生きる人だっている――。これまでウィルコックス領の領民を守ってきたように、わたしはユーバシャールの領民だって守りたい。
その人達の命も大事じゃない。
それにあそこには、伯爵様の土地を豊かにしたいと、発展させたいと、伯爵様のことを大事に思ってる方だっている。
わたしが姉妹を守るように、伯爵様に連なる方は同じようにお守りしたいよ!
「足手まといだとか思われて、今ここでわたしを置いて先に行かれても、わたしは単騎で馬を駆ってでも、ユーバシャールに参ります。伯爵様――ヴィンセント様に何かあった時に、すぐに駆け付けることが出来る場所にいたいのです……」
「すごい殺し文句だな……」
ちゃかさないでよ、本気なんですよ!?
「妹君も結婚して姉君にも子供が生まれるのに……」
「でも、わたし、貴方の婚約者です!」
ほんの少し逡巡した伯爵様はアビゲイルお姉様に言う。
「ウィルコックス魔導伯爵、恨んでくれて構わないぞ、卿の大事な妹を連れていく」
わたしは伯爵様の腕に自分の腕を絡める。
「了解した。軍にも後詰をするよう伝達しよう」
アビゲイルお姉様はそう言ってわたしの頭に手を乗せる。
「二人の無事を祈ろう」
「ありがとう、アビゲイルお姉様」
軍からの伝達で、伯爵様とわたしに注目が集まっていて、本日の主役の二人がわたし達の前にやってきた。
「グレースお姉様……」
「ジェシカ、おめでとう、ちょっとわたしユーバシャールに戻るわ。慌ただしくてごめんね」
ジェシカは自分が手にしていたブーケをわたしに向ける。
「次はお姉様なのよ!」
この夜会で、ジェシカの友達に向けて投げるはずだったブーケなのに……。
なんか尋常じゃないって、この子はわかってるのか……。
「だから、絶対に帰ってきてね!」
わたしは頷いて伯爵様と歩き出す。
「絶対よ! 絶対に戻ってきてくださいね! グレースお姉様!!」
今生の別れでもないのに、そんなに叫ぶなんて、花嫁らしくないわよ?
わたしは返事の代わりに、無言で受け取ったブーケを掲げて、伯爵様と一緒にホワイトバーチ・ホールを後にした。
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いよいよ明後日、9日に、こちらの書籍「転生令嬢は悪名高い子爵家当主~領地運営のための契約結婚、承りました~」発売されます。
是非よろしくお願いしますm(__)m
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