第23話
「グレース……この件は、パーシバルに任せたのか?」
「すみません、姉上、そのつもりでした」
「こういった場で、お父様が亡くなってるにも関わらず、不安がないのはいいことだが多すぎだな」
「はい」
珍しく、ドレスを着て、貴婦人らしく着飾ったアビゲイルお姉様も腰に手をあてて、わたしに振り返る。
ちなみにいつもの眼帯ははずしているようだ。
眼帯外していても、以前の瞳と寸分変わらない義眼だから、いつもそうしていればいいのに。
わたしもアビゲイルお姉様と同様に、ある三人に注目する。
ジェシカとパーシバルの挙式当日、親族控室の中は緊迫した状態に陥った。
というのも、パーシバルの兄であるメイフィールド伯爵とヴィンセント様とラッセルズ商会の若旦那とが三すくみ状態だったから――。
「うちの弟が世話になるのだから、後見人として、わたしが花嫁の父親役としてエスコートしたい」
「グレースの妹は私にとっても妹だ。父親役ならば私が」
「ウィルコックス家の末妹だ、長女の夫である私が父親役を務めたいのだが?」
各々が花嫁の父親役のエスコートは我も我もの状態。
パーシバルの兄であるメイフィールド伯爵と、若旦那はわかる。そこに伯爵様も参戦するとは……。
伯爵様……まだわたし達は結婚してないから義兄の名乗りをあげるのは不利なのでは……と思うんだけど、譲らないわね。
すごいなジェシカ、お義兄さん達、いずれも一歩も譲らない状態よ。
そこに進み出るのは本日の主役の花嫁である妹のジェシカ。
ふんわりとしたプリンセスラインで、まるで妖精のお姫様。
ウィルコックス産のプチアラクネのレースをふんだんに使ったウェディングドレスは、こまかな花のモチーフにスパンコールがこの国にはないから、小さいジルコニアをちりばめている。(多分、これ、着用すると絶対に重たい。この経験を活かして、そのうちジェシカがスパンコール作るんじゃないかしら)
まさか当日にこうなるとは……。
この事態を早く収束させないと、パーシバルはいつまでも教会の祭壇前で待ちぼうけだぞ。
ジェシカは白いリボンを三つ手にしていた。
「お父様の代わりを務めてくださるお義兄様が三人もいて、嬉しいわ! さ、お義兄様達、このリボン、いずれか一つを手にしてくださいな」
本日の主役がにっこりと微笑んで、彼等の前にリボンの端を差し出す。
――くじ引き!? 父親役をくじ引き!?
いや、これやっぱりはわたしが前もってこの三人の内一人にお願いするべきではなかったか? いや、準備を途中でバトンタッチしてしまったので、これはパーシバルの仕事? なぜもっと手紙で式準備の進行を問い詰めなかった、わたし!!
わたしは内心あわわな状態だったけど、三人の義兄は顔を見合わせる。
「主役の希望だ」
「誰が父親役をやっても恨みっこなしで」
「よろしい」
そして、3人そろって、せーので、リボンを引くと、青い花の刺繍が入ったリボンを引き当てたのは若旦那だった。
ぐっと小さく握って「よし!」と若旦那にしては若者っぽいリアクションだな……というか、若旦那の運気は今、最高潮では?
奥方であるパトリシアお姉様の懐妊に、実家の王都内に新たな大型店舗出店、今回の父親を引き当てるとか……。
花嫁の衣裳を担当しているメイドが引き当てたリボンをウェディング・ブーケにとりつける。
「あーあ……」
伯爵様は残念そうなんだけど、この結果は、これでいいのかも。
ジェシカの父親役なんてやったら、あれよ、あんまりカッコ良すぎて、パーシバルが霞んでしまう。
どっちが花婿かわからなくなりそうよ。
「まあ、そう、残念がるなロックウェル卿。花嫁と腕を組むなら、ご自身の本番にとっておくのがよろしいだろう」
ぱんぱんとかるく伯爵様の腕に触れて、アビゲイルお姉様は朗らかに笑いながらそう言って一緒に控室を出ていく。
伯爵様はわたしを見る。
「確かに、では未来の花嫁と先に会場に向かいますか」
「ええ、旦那様」
わたしがそう言うと、伯爵様はうーんと唸る。
「旦那様はダメ、なんかノーマンやシェリル達にいわれてるのと変わらない感じがする」
そうなのか……。
「じゃあ、まいりましょう。ヴィンセント様」
名前呼びで伯爵様は気分が浮上したらしい。彼から差し出された腕にわたしはつかまり、式場へと向かった。
挙式の教会はわりと大きめで馬車での利便性が良く、人気のところだ。
先日、行政の方へ爵位継承の届けを出した時に、ふらっと立ち寄ってみたが、悪くないなと思ったのが記憶に新しい。
そう。パーシバルは現在すでにウィルコックス家当主となっているのだ。
会場には身内だけで、一応、披露宴は、そこそこの規模で夜会が行われるホワイトバーチ・ホールを抑えている。
ウィルコックス家の身代で、ホワイトバーチ・ホールを抑えられるようになるとは……、わたしも感慨深いよ。
パーシバルは白いフロックコートを纏い、緊張気味みたい。
教会の正面の扉が開き、讃美歌が流れる。
パイプオルガンの音も荘厳に響いて、本日の花嫁の登場――あのよく風邪をひいて熱を出して小さかった妹が花嫁か……。
神父のありがたいお話――……夫婦共に、苦楽を共に先の人生の祝福を――の後に、宣誓に入る。
指輪の交換と誓いのキスが終わる。
「この二人を夫婦と認める」
神父様の言葉で式は終了した。参列者は先に教会の外に出る。
花びらが舞い、ジェシカとパーシバルが教会の外に出てきた。
「おめでとうジェシカ!」
「おめでとうパーシバル!」
拍手と祝福の言葉とフラワーシャワーを浴びた本日の二人。
幸せそうな笑顔に、わたしも拍手を贈る。
ブーケトスは身内だけだから、披露宴会場にて行うとか。
わたしとお姉様二人はジェシカを順番に抱きしめる。
「ありがとう、お姉様達……わたし、ちゃんとパーシバルと一緒にウィルコックス家を護っていくから!」
「ええ。心配はしていないわ」
「おめでとうジェシカ」
「幸せになるのよ」
ジェシカにそう祝いの言葉をかけ、パトリシアお姉様は体調のこともあるから、この式だけで披露宴には欠席、ちょっぴり残念そう。若旦那に付き添われて、帰路につく。
ジェシカも自慢の一番上のお姉様をみんなに紹介できないのが残念そうだが、なによりも一番大事な時期だからね。
メイフィールド伯爵と奥方は一足先に会場に向かう。
わたしはアビゲイルお姉様を誘って、伯爵様と一緒にホワイトバーチ・ホールに向かう。
「悪いね、グレース、ロックウェル卿、便乗させてもらって。これでグレースも普通の子爵令嬢か」
「すぐにロックウェル伯爵夫人になりますがね」
アビゲイルお姉様の言葉に、伯爵様がそう返すと、わたしも頷いたのだった。
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