第22話


 若旦那の言う「ささやかな祝いの宴」に招かれた。

 パトリシアお姉様は元気だった。ラッセルズ商会の会頭も奥方様も、孫ができたと喜んで、新たな店舗を建設すると意気込んでいた。

 ま、身内だけのお祝いだからささやかって主催のラッセルズ家当主はいうが、出された食事や酒はリッチですとも。


「総合的な店舗にするつもりなんだ、でかい店だぞ! いまは服飾が幅をきかせているが、王都内にある魔導具店舗も、食品店舗も、もちろん、その建物には飲食店もつける。すべて一つの建物で取り扱うつもりなんだ!!」


 それってつまり……総合デパートか。


「目下の問題は、みどころのある飲食店の店主に誘いをかけてるんだが、これがなあ……でかいとはいえ、店舗にはいるのはなかなかよしとはしない。飲食店も自分の店の客が減る心配が大きいのだろう――……」


 ラッセルズ家当主は祝い酒でかなり酔ってるのか声も大きくて、意気軒高といったところだったが、問題の点を語る時はちょっぴりトーンは下がってく。

 しかしとうとう、総合店建てちゃうんだ……、孫の存在が当主の背を押したのかもしれないわね。


「ならば、そこの弟子を雇えばよろしいのでは? 店主の元で修行をし、味は店主のお墨付き、店主の味を忠実に守りそうな弟子に、ラッセルズ百貨店に入る話をつけてみては? そこの店主だって、自分の弟子が自分の味を護り、王都の店に出店するならば、店の広告になるでしょう?」


 わたしがそう言うと、ラッセルズ家の大旦那はワイングラスを掲げる。


「それだ! さすがウィルコックス子爵!! いろいろ相談にのってくれ!! あと、なんだ、トレバーの話では、辺境では建築資材が取れるとか!!」


 わたしは伯爵様を見ると、伯爵様は頷く。


「はい。融通いたしましてよ?」


 もちろん親戚価格でね! 

 お買い上げありがとうございまーす! たっぷりあるわよ、使ってちょうだい! あと流通はラッセルズ商会の流通網でよろしくね!


「グレースの目が金の色になってるわ……」

「安心しろ、パトリシア。彼女の目は元々金色だ」

「ええ……そうだったわね……」


 小さく呟いたパトリシアお姉様と若旦那の呟きが聞こえる。

 失礼な。

 なんといっても、王都に新築する国内初の総合デパートの建物資材に使用されるのは伯爵様の領地のコンクリートよ! 今後、商会の夜会で顔を合わせるいつもの方々のお声が楽しみというものよ。

 大旦那は普段お召しにならないお酒をすごされたようで、大奥様につれられて、その場を辞された。


「ところで、パトリシアお姉様、ほんとうにジェシカの式に出席されるのですか?」

「ええ、お義父様もお義母さまも、許可はいただいたし、お医者様もいいって。大丈夫無理をしないようにするから」


 悪阻もそろそろおわりそうだとか。

 そっか……安定期に入ってきてるってことなのね。


「お付きとしてメイドを数名当日に傍におくことをお勧めします」

「ええ、そのつもりよ。でも、グレース、貴女も――そろそろ式の準備をしていかないと」


 言われてしまった……。

 伯爵様との結婚の準備。

 本来なら、わたしの両親と伯爵家の当主がこういったことを進める。

 わたしがジェシカの結婚式の準備をしていたように。

 私の場合はわたし自身が当主、そして伯爵様も当主。

 だからおたがい自身で話し合いの上、会場の手配や教会神父――出席者の把握確認、披露宴会場の手配、なんかをやっていくのよ……家令や執事に任せても、確認をしていくのが当人同士で……ってことなんだよ。

 式自体は、わたし自身はうちの姉妹とその家族と友人はエイダぐらいにしておきたいんだけど――……でもパトリシアお姉様にちゃんと祝ってもらいたいし、無事に赤ちゃんが生まれたら挙式ってことにしたほうがいいんじゃないかな……。

 こういうことを独りで考えないで、伯爵様にお伝えして、決めていくことを……していかないとな。

 でも、不安はあるんだよね。

 伯爵様は本当に、本当に、わたしでいいのかなって。

 元婚約者や前世のトラウマが蘇るわぁ。


「妹君の挙式を見て、グレースにその気になってもらうのが先かもしれませんね」


 伯爵様がそう仰ると、説教モードのパトリシアお姉様の目がわたしに向けられる。


「グレース……あなたね……」

「はい! もちろん、そのつもりで王都に戻ってます! ジェシカの挙式もありますが! 自身の式についても伯爵様と詰めて話を進めたいです! お、お姉様のお身体の具合のこともありますので、わ、わたし達もこのへんでお暇を!」


 わたしが慌ててそう言うと、伯爵様は立ち上がってわたしの椅子を引いてくださった。

 これ幸いとわたしは席を立つ。


「グレースも妹君の挙式を見て、自分自身の式のイメージを捉えるだろうし自覚もするだろう。それよりも、お身体を大事になさってください。私にとっても、甥か姪にあたる子になるのですから」

「……もったいないお言葉です。ロックウェル卿。グレース、ロックウェル卿がお優しいからって、甘えてはなりませんよ?」


 うう……確かに、それはそう……。

 若旦那のお見送りを私と伯爵様はお断りをして、わたし達はロックウェル邸に戻ることになった。(せっかくお家にいるんだから、パトリシアお姉様の傍にいてあげてほしいし!)

 馬車の中では伯爵様が肩を震わせて、何か思い出して笑ってる……。

 どこが笑いのツボだったのか……。


「冷酷、強欲、傲岸不遜のウィルコックス子爵は、姉上にめっぽう弱いとか世間の連中は知らないだろうと思ってね」

「そ、それを知るのはわたしの家族だけでいいのですよ」

「俺も家族?」


 迎い合わせに座っていた伯爵様が、不意に私の隣に座る。

 動いてる馬車の中で、そんなによろめきもしないで場所移動できるとか、体幹いいんだろうな。

 て、違うよ! 距離が近い!

 近いんだけど……。

 いいか。


「はい、家族です」


 わたしの――旦那様になる人は、貴方以外におりませんよ。

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