第12話
ユーバシャールの寒村に、ご領主様の婚約者がまた顔を出している。
社交シーズンなのに。
しかもご領主様は、軍の部隊を率いて魔獣の討伐をする――。
そうなれば、人口少ない領民達も、伯爵様大歓迎の様相だ。
「ウィルコックス卿からの支援があって、食料事情が豊かになりました! 伯爵様がダーク・クロコダイルを討伐してくださり、肉が各家庭に回ってるようです」
ユーバシャールの村長がわたしを歓待してくれる。
先に食料とか紡績とかの支援をしていたからなんだけどね。
これはまあ、わたしの持参金というか。結納金というか。
世間では、伯爵家が格下の子爵家当主を嫁にするなんてと言われがちだが、ウチはそんじょそこらの子爵家とは違うところを見せたかったのよ。
伯爵様には先見の明があった、婚約したのは子爵家の令嬢ではなく子爵家当主、伯爵家には敵わないけれども、金の力を見せることで、ユーバシャールで生まれる製品に価値がでてくる。
商品の売買では大事でしょ。
「よかったわ。全世帯には無理だったけれど、食事処を商いとしてる者に送ったあれはどうかしら?」
「甘辛いあのソースですね! 大人気ですよ! 開発の人が結構入ってきてる状況なので、
串焼肉の屋台を始めた者も、毎日大忙しのようです」
「そう。せっかく伯爵様が討伐してくださったダーク・クロコダイル、素材を余すことなく使い切らないとね」
わたしの悪役令嬢顔に怯むことなく、村長は笑顔で頷く。
「開発工事の者を始め、村の人口が増えてきて、治安が悪くならないように、近々、村に憲兵を駐屯させると伯爵様が仰ってましたよ」
なるほど、そこも大事。
人口増えるとそういうところ出てくるからね。伯爵様、先手を打ってる。
やっぱりできるお方だわ。
「一組の職人を連れてきたのよ。金物関連なら、修理も請け負ってくれるし、そういう職人と商売はぶつかったりしない?」
「ご覧の通り、移住してくれるならば大歓迎です。幸いそういう金物修理なんかは皆自前でしたし、専門家がいるならば、なおのこと嬉しいですよ」
よかった。自給自足体制だったのか。
金物系はヘンリーに一任しよう。ネイル社が欲しいと思う部品も作らせて、今回のこっちが払った金の分、ヘンリー達の製品で回収もできるだろう。
ユーバシャール辺境都市計画。
軍施設も魔導アカデミー研究施設も、住居も畑も、全てを包括する都市にしたい。
村の様子は、先行して入った開発事業者達が区画をしていて、領主館は、湖に面して建築中。
あのダーク・クロコダイルの脅威があるけど、景観と防衛を兼ねてそこに領主館が建てられることになったらしい。
先ほど、伯爵様の部隊も新人の実施訓練で、ダーク・クロコダイルの討伐を終えて、この村に戻って来たところだとか。
「グレース! よくきたね、道中大変だったろう」
「伯爵様」
一週間遅れでこの辺境に来たわたしを伯爵様は心配してくださったみたい。
今日の伯爵様は軍服をお召しです。
伯爵様は何をお召しでもお似合いなんですけれど! なかなかいませんよ、こんな何を着せてもお似合いになる人って。
伯爵様を見てると、紳士物の小道具やら、衣裳やら、作りたい気持ちになるのよ。
ジェシカが女性向け服飾に興味があって、才能を開花させて、今後ウィルコックス領を盛り立てるなら、わたしはわたしで、伯爵様の為に紳士系のブランド作ってもよくない?
このユーバシャールで。
ちょっとラッセルズ商会の服飾部門で、紳士服担当の人に、職人を紹介してもらうのってどうよ? 王都に戻ったら若旦那に相談しなくちゃ。
「よかった、気が気じゃなかったよ。一人でこっちにくるってきかないんだから」
一人じゃないですよ、ヴァネッサも、その兄のヘンリー達も一緒だったし。
「ミルテラ駅に下車してからは、伯爵様がお迎えを手配してくださったではありませんか」
そうミルテラ駅に降りると、護衛の方が伯爵様の直筆のお手紙を携えてわたしを待っててくれたの。
その護衛も、わたしとかなり面識のある人……。
わたしがウィルコックス子爵領へ出向く時に、護衛として雇っていたスミスさん達でした。
面識のある、気心の知れた、腕も確かな護衛をばっちり手配してくださっていた。
「それでもだよ。ユーバシャール領に入ると、魔獣の出現率が違うからね。これでも結構間引いたんだ」
わかる。
害獣もでませんでした。
でも、それができてるってことは、先行してこのユーバシャールにきた伯爵様やその部下の方々が大変だったのでは?
「わたしとしては、伯爵様の方が心配でした。ダーク・クロコダイルの討伐ですから。皆様もご無事で? 被害にあった方はいらっしゃいませんでしたか?」
「うん。大丈夫。捕獲したダーク・クロコダイルは解体業者に回して、数日中には皮が届くよ」
おお~仕事はやっ!
今回ヘンリーと一緒にユーバシャールに来てくれた袋物を作る職人のコリンに頼んで、いろいろ検討して試作してもらおう。
ちなみにヘンリー達は村長に頼んで、宿の方へとすでに向かっている。
明日、もう一度、作業の工房に案内してもらおう。前回の視察の時、いろいろ、そういう場所を作りたいって、伯爵様にお願いしていて、場所は確保してもらっていたから。
領民達の視察も兼ねて、村の区画がどうなってるのか見てみたいところだ。
今回は採掘現場がある村にも行きたいな。
「領主館は建築中なので、仮宅へ案内するよ」
伯爵様はそう仰って、わたしをエスコートしてくれた。
伯爵様がこの領地を拝領された時点で建てられた仮宅なので、作りはしっかりしていて広いのよ。
新築っぽいけど、これで仮宅か~って感じ。
ロックウェル家から使用人が入っていて、前回の視察よりも、より領主館っぽい感じだけど、
この仮宅、ゆくゆくは領主館の使用人棟になるみたいなの。
ウィルコックス領の領主館よりも広いのに……。
伯爵様は「田舎だからね、土地は大きく使うよ」って仰って、建築中の領主館は、城レベルの規模。
設計図見た時に、「うひゃあ」と心の中で叫んだけど。これはね、まあ、当然と言えば当然なのよ。なんといっても辺境領防衛の要、防衛を兼ねた要塞都市の領主が居住するなら城になるでしょ。
「マクファーレン領で、うまく商売に乗れなかった者とか、直轄領になったことで、元ブロックルバング領にいた領民が、入領を希望していてね、前回の視察より村の人口が増えたみたいだ」
「はい。驚きました」
「行政の管理をするために、王都からも行政官が出入りしてるよ」
仮宅に入ると、使用人達が伯爵様とわたしを迎えてくれた。
手を止めなくていいんだよ、お仕事してて。
仮宅の領主館だけど、ウィルコックスの領主館とそう変わらないぐらいの使用人が館内で働いてる。
領主館でこれだもん。
村長だけじゃ村の状態を把握できなくなるぐらいに、一気に人口増えた。
ラッセルズ商会なんかも、わたしの婚約が決まった時点で支店の出店を伯爵様に打診して、仮店舗さっそく建てちゃって営業を始めてる。
最初に視察に来た時よりも、町っぽくなりつつある。
こうなると、領地の物産に力を入れないとね。
ワニ革製品作るぞ~。明日、ヘンリーと一緒にくっついてきた袋物職人のコリンとデザイン画を見せて、試作させないと。
「まったく、王都で大人しくしていればいいものを」
そんなウキウキ気分になったわたしの目の前に、立ちふさがる人物がいた。
なんで、いるのよ。
ブレイクリー卿。
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