第11話
社交シーズン中だけど、開発業者も決まり、伯爵様は新兵の訓練を兼ねて、ユーバシャールの魔獣討伐に乗り出すことになって出発されてしまった。
わたしといえば、まだ王都に残ってるんだけど、二、三日中には辺境領へ出発予定だ。
「もう、今年も社交シーズンなのに、領地に行くのね?」
今日は親友のエイダに招かれてエインズワース家にお邪魔している。
「せっかく伯爵様と婚約したのに!」
貴族令嬢らしい、発言だが、これは単純にエイダに付き合って彼女にあれこれと知識欲を満たすわたしが傍にいないのが不満なだけだ。
知識といっても大したこと言ってないよ。
エイダの方がむしろ発想が突飛だよ。かなり先進的というか現代的だし。
伯爵様と社交界の夜会やお茶会に出て、一緒にお喋りをするお友達が一人減ってしまうのが……残念って感じで眉を下げる。
多分、わたしと伯爵様のツーショットで、わたくしのお友達なの「どやあ」もしたかったんだろう。その「どやあ」の後で、他のご令嬢達から、お家のこととか最近の流行とか、いろいろお話を聞くことがしたかったと……そうでしょ?
他の貴族令嬢に話し掛けるきっかけには、わたしと伯爵様の婚約って、いいネタなんだろう。
エイダは目立たないエインズワース家男爵令嬢だけど、お喋り好きというよりは、お喋りを聞くのが好きなのだ。だから彼女から話しかけることはないが、お話の輪に入り込むにはいい話題だもんね。
「領地は領地でもウィルコックス領ではなく、ユーバシャール領よ」
「もう~めちゃくちゃ遠い~でも、魔導列車に乗るんでしょ!? っていうか、一回乗ったのよね? どうだった!?」
「王国が威信をかけただけあるわ。すっごい快適だった。でもユーバシャール遠いから駅から下車したら7日は馬車旅なんだけど」
「……もっとこう路線増やせないのかしら」
「魔獣がいるところはいるからね、路線延長するのも一苦労だし、路線にそっての駅建設だって、コレがいるわよ」
わたしは親指と人差し指で輪っかを作って見せた。
「そうよねえ……やっぱりねえ……」
エイダはちらちとわたしを見る。
「でも、グレース、貴女、それをやる気よね」
ははは。
この子、本当に、この世界この時代に女の子にしとくの惜しいわ。男の子だったらもっと行動範囲広げちゃって、いろんなところから情報収集しちゃうんじゃないのかな。
これを一度パトリシアお姉様に言ったら。「ウィルコックス家にはそういうのが二人いるから、ここまで盛り返すことが出来たのよ」と呟いたことがある。
まあそうですね、上の姉君二人がいなければ、ウィルコックス家はつぶれていたに違いない。
パーシバルとジェシカから「貴女のことだよ」と突っ込み交じりの視線が向けられたけど、わたしじゃないでしょ。
「ねえ、ブレイクリー侯爵って、どういう人なのかな?」
「先日の夜会の件ね? 聞いたわ。グレースは、領地持ちの下位新興貴族の当主には大人気だけど、高位貴族には例の悪評が浸透して嫌われてるんじゃないかって心配よ……」
エイダさん、ほうっとため息交じりに呟くけど。
ちょっとまって。
あの夜会さ、軍閥系貴族が多数出席の夜会で、噂好きの普通のご令嬢とか少なかったよね? その情報、貴女知ってるの? どうやってその情報知った?
エインズワース家こわ! ていうか、エイダ・エインズワース嬢、こわ!
「本当は、ロックウェル家の辺境領開拓に手を出したかったって噂があるのよ。レッドクライブ公爵の御子だけど、レッドクライブ家に連なれないのは最初の奥様だったベアトリス・ブレイクリー様が現陛下のご不興を買ったという話もあるじゃない? でも、本来なら王位継承権だってお持ちでも当たり前のお方でしょ?」
現陛下の方でもレッドクライブ公の最初の結婚の顛末については、真実は知ってて、煙幕というか、とにかくご縁がなかったというお話を後押ししてるんだな。
ベアトリス様の恋の顛末は子供の代でいろいろと問題が生じてる。
イライアス様は、ご苦労はされたんだろうし気の毒と言えば気の毒だけど……。
それはそれ。
辺境領開拓に、イライアス様が乗り気だったという噂よ。
わたしと伯爵様の婚約がなければ、イライアス様がご助力したということよね。
あの嫌味な男は最初っから、あの辺境領を狙ってたんじゃんないの?
伯爵様だって、あの広大な辺境領拝領には戸惑いだってあっただろう。ブレイクリー卿に投げたかったっていうのもあるんじゃない?
「グレースが、伯爵様の辺境領の開拓に乗り出したって知って、下位貴族達からは期待はあるのよ。グレースはなんだかんだ応援されてるわ」
「はい⁉」
「悪名高いって評判だけど、悪名の前後に「辣腕」とか「有能」とか必ずついてくるもの」
「……そうなの?」
「うん」
でもさあ、それってどうなのか。
普通の貴族のご令嬢だったらば、わたしがやってることはまずやらない。
パトリシアお姉様のように、お家の差配や、社交に精を出すのがあるべき立ち位置なのだ。
けど、わたしときたら、そういうのが全然なってない。
ロックウェル邸に入って本当に、申し訳ない思いでいっぱいだ。
きっとロックウェル邸に仕える方々が従来想像していた奥方様像とは全然違う。
そんなわたしの内心を察したのか、エイダはクスクス笑っている。
「なんだかグレースっぽくなくて、ちょっとおかしい」
「何がよ」
「さっきまで、ウィルコックス子爵家当主の顔だったのに、婚約したはいいけど不安……みたいな気弱い普通の女の子の印象が出てるんだもの。あ、大丈夫よ、グレースのその変化がわかるのは、わたしか、貴女の姉妹ぐらいじゃない?」
いや、元々は鈍臭いし、陰気だし、引っ込み思案な普通の女子でしたよ。
「まあ……あれだけ正面切って、伯爵様に相応しくないとか言われちゃうと、さすがにへこむわ」
「わかる~。でも、ロックウェル卿はグレースを選んだのよ。婚家に馴染むとか奥向きの差配とか、そういうのは今まで同様、執事のハンスや家政婦長のマーサに丸投げしていたように、やっちゃっていいんじゃない? グレースはその領地経営の能力を求められてるんだもの、そもそも、そういう話だったんでしょ?」
そうなんだけどさ。
「ブレイクリー卿だって、グレースのそういうところを知らないから、ああいう発言だったんだろうし。グレースはね、自分の周囲の――貴女の大事な人の為なら、どんなこともしちゃうの。おまけに、頼られたら、任せとけぐらいの勢いで、突っ走っちゃう。私、そういうグレースは見ていてすごくカッコイイから、大好きなのよ」
あら、励まされちゃった。
そんなにへこんでたか。
「これだって、すごく嬉しいし、絶対流行るもの」
今日エイダに渡したハンドバッグを、彼女は掲げて見せる。
白のラビットファーに金のファスナーを取り付けて、チャームにはペリドットをあしらった新商品だ。
「こういうの、ばんばん作って辺境領を繁栄させちゃうんでしょ?」
「エイダ、その中にブローチ入ってるから」
「え⁉」
「ダーク・クロコダイルの牙で作ったの」
エイダはファスナーを開けてブローチを取り出す。鈴蘭モチーフのブローチを取り出して、エイダは嬉しそうな表情だ。
「わあ……可愛い。ありがとう、グレース」
うん。
わたしは、わたしのできることをやればいいのよ。
この世界で。
「それはこっちのセリフよ。エイダ。ありがとう、わたし、頑張るわね」
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……ストックが……そろそろ切れそう……。連投があとちょっとで終わってしまう……。
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