第10話
さっそく契約の後に、今回開発に携わってくれることになった会社と、開発の予定や計画を詰め、彼等の先発隊が現地へと飛んでいく。
軍の方も、新人とベテランの演習名目で、伯爵様の部隊から近いうちにユーバシャールに向うとか。滞在するところがないけど、大丈夫かなと思ったけど、伯爵様が言うには野営するとのこと。それも含めての演習訓練か――……。
うん……まあ、野営、できなくもない……とは思うけど。
「ちょっと心配」
ダーク・クロコダイルが……特に。
わたしはユーバシャールの地図をデスクの上に広げていた。
北のブロックルバング公爵領が、王家直轄領になったけど、今のところ領民は騒いでないみたいだ。
まあね、一般の人は上がすげ変わっただけ~って思ってそう。
対してユーバシャールの領民は王家直轄から伯爵様が領主となったので、領民は伯爵様に期待はしてる。
特に魔獣駆除に関して。
村長にはダーク・クロコダイルの駆除を確約していたから、大喜びだったんだけどね。
あの魔獣のせいで、採掘現場の村と人口の多いユーバシャール村、東隣のマクファーレン侯爵領への玄関口になる村までの距離が、他の領地の村と村よりも、結構近い。
何かあった時に連絡を取りあう為に密接してる。密接している理由は魔獣の存在。
これがなければ、ウィルコックス領並みに町、村がほどよく点在してたに違いない。
わたしは地図を指でなぞる。
鉄道を引くならこの東隣のマクファーレン侯爵領のミルテラ駅から分岐させてみたい……けど無理だろうな。よその領を分岐点にするのは。
でも東隣のマクファーレン侯爵領……ここはいいとこなんだよねえ。
領主のマクファーレン侯爵がまたできる人なんだわ。王都とブロックルバング公爵領をつなぐ魔導列車の中間だから、駅も立てちゃう。またそれを許されるとか。
ユーバシャールへの視察はこの駅を降りてマクファーレン領を馬車で横断したのよ。
これが一番最短での道のりだったから。
侯爵領のミルテラは本当に地方都市だったよ。王都にいかずともそこで賄える。
そこから馬車へ横断する時だって、だんだん農耕地帯になって、でも、魔獣対策もばっちりだし、途中に温泉なんかもあって、湯治温泉街作っちゃってて、他の領の観光客集めてるしさ~メチャクチャ羨ましいわ。
流通網の確保があると、地方でも栄えるよねえ。いいよなあ。
だからね、ユーバシャールにも欲しいわけよ、王都への流通網の主軸。
直轄領を担当していた王族にその案が浮かばなかったのか、もしくはケチ(王家といっても税金での採掘だから)で、現場の方はかなり手掘りで原始的ではあった。
それでも魔石とか魔鉱石は産出されていたんだから、場所は悪くなかっただろう。
あと、その採掘の副産物っていうか、ついでに採掘されたのがコンクリートだったんだよね。
これは建築資材にうってつけ、こっちで入札した会社を雇っても、会社がこの資源欲しがって、後々買い付けるでしょ。
ユーバシャールの村から街――地方都市開発に使えば、後々、我も我も欲しがるからね。これが領地資源の一つになると踏んでいるの。
今回、交易路を担当するスカイウォーク社にはそのノウハウがあるから、多分ブレイクリー卿の手がこの会社に広く浸透していても、この会社を選んだのはまあ妥当よね。
そんなわけで、多分引くなら北の終点、元ブロックルバング領から、線路引く形になりそうよね。遠回りだけど。
「グレース様」
侍女のヴァネッサの声でわたしは視線を地図から彼女に移す。
「何? ヴァネッサ」
「実は、わたしの兄が、グレース様への面会を希望しております」
「ヘンリーが?」
「はい。グレース様はお忙しいからと伝えはしたのですが」
ヘンリーっていうのは、ヴァネッサの双子の兄だ。
ヴァネッサは元々、金物問屋の娘で、小さい頃から商売関係に興味を持ってた。
幼年学校を出て、家の手伝いをしてたんだけど、両親がやっぱり女の子ならどんなところへ嫁ぐかわからない、家の手伝いだけじゃないくて、もう少し、身になるところへ奉公してもいいんじゃないかなってことで、運よくラッセルズ商会に入ることができたらしい。
上の兄二人は後継ぎと営業で、三男であるヴァネッサの兄ヘンリーは他に弟子入りしてそろそろ独立を……ってところだった。
けど独立っていっても、資本もないだろうし、すぐに客はつかない。他所で修行してそれはいやってほどわかってる本人が悩んでいたので、妹のヴァネッサがその様子を見て、わたしに相談してくれたのよ。
「何か、兄がお手伝いできることがあれば、二つ返事ではせ参じると思います」
ものづくりできる職人は欲しかったから、すぐにヘンリーと面会。
わたしの悪名は、なんと平民である彼にも知るところだったので、初対面の時、ヘンリーはちょっぴり及び腰だった。
今は普通かな。
「スケジュール調整して、ヘンリーと会うわ。例の商品の事かしら?」
「生産が追い付かないとかで」
「ヘンリー一人で手工業じゃねえ、二世代前の時代じゃないし、アレは機械化した方がいいんだろうけど、わたしにはそのノウハウがないから、ヘンリーもいい手があればと思ってるんだろうし」
「はい多分、そういった人材を募集してもよろしいのか、許可を願いたいのではないでしょうか?」
「それは賛成」
「でも、アレは機密事項なのではと思ってるようです」
去年作ったばかりだからね。
転生チートなんていえないしょぼい感じだし、この世界、この時代でもどっかの田舎の職人あたりが作ってもおかしくない代物。
あると服飾関連のデザインが広がりそうだったの。便利だし。
金物細工とかそこそこできるって触れ込みだから作らせてみたの。
何を作らせたかって?
ファスナーですよ。
ちなみにとりつけたのが、ダーク・クロコダイルの皮。
磨いて綺麗にして、艶出して、めっちゃいい感じの表面になる。
ラッセルズ商会の服飾小物部門に長財布に仕立てさせ、ファスナー取り付け部分はヘンリーにお任せ。
財布本体が出来上がった時も担当者は「ウィルコックス卿! これまた素敵な小物じゃないですか!」と好評、ヘンリーに仕上げのファスナーをとりつけさせて、若旦那に見せたら「売れる! 絶対に売れる!!」とこれまたテンション上がりまくりだった。
わたしも若旦那も価格付けに白熱し、高額設定をつけたわ。
実際、前世じゃ高額商品だったもんね。
ヘンリーに面会すると、やっぱり工場の人数を増やしたいってことだった。
一人でコツコツだったけど仲間を二人、スカウトしたらしい。
二人増やしたところで大量生産できるかどうかって話なんだけどね。
伯爵様は軍靴にもとりつけたいとかご希望されていたことだし、軍からの受注なんて、それこそ資本の大きいところじゃないと……。
「あと、職人仲間で、ウィルコックス様にお話を通してくれというのが多すぎて……」
でしょうねえ。
こっちも職人は欲しいけれど、ユーバシャールの領民にも職人はいると思うのよ。人ではそこでも募集するけど。
「下宿先にも入れ替わり立ち替わりで訪ねてくる始末で……」
え、そんなことになってんの? 仕事どころじゃないじゃない。
「ヘンリー。ユーバシャールに来る気はある?」
「え?」
「土地だけはある。これから、開発していく領地だし、工房のスペースも広くとってあげる。王都でなければダメというわけでなければ、近々、わたしはユーバシャールに向かうのよ、随行してそのままユーバシャールで仕事をするというのは?」
「いいのですか!?」
「ただ、魔獣が多いわよ。そこは覚悟して」
ヘンリーはしばらく沈黙してから頷く。
「はい」
え? いいの? 割とこの場で即決したよね今。
「ウィルコックス様がいらっしゃる領地でしたら、きっと近い将来、ド田舎だろうとちょっとした町になるでしょうし、静かな場所で仕事に励めるのならば。誘った仲間達がいやだと言っても、オレ――いや、私は行きます」
良く言ってくれた! わたし持ちでキミ達を連れていく夢の魔導列車のチケット、手配してあげるからね!
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