第9話



 伯爵様の執務室――……わたしの執務室の隣の部屋で、入札の封書がデスクに並んでいる。

 サロンにはこの封書を携えた各社の代表が、多分緊張の面持ちで、この結果を待っていることだろう。


「伯爵様が下賜されたユーバシャールは、ダーク・クロコダイルが多く、開発中も多分その脅威に直面すると思うのです。現状、領民もこの魔獣の被害にあっています。今回の入札にあたっては、その旨、各社に通達しております。そのうえで、各社、この封書内の金額と条件で、開発に携わるということです」


 この執務室で、各社の封書を開封し選定していくのだが、この場に立ち会うのは領主である私と伯爵様、筆頭執事のノーマン氏、先日夜会でお誘いしたブレイクリー卿、そしてなぜか……レッドクライブ公爵閣下……。

 閣下……お越しになってしまわれたのよね……。


「領地経営において先達のお二方からのご意見を伺えれば幸いです。しかし、最終決定権は、ユーバシャール辺境領ご領主、ヴィンセント・ロックウェル様にございます。その旨、ご承知おきくださいますよう、お願い申し上げます」


 わたしはそう伝え一礼して、執務室から出た。

 うん、ここはね、もう最終的な選定だから、わたしが出張ることはないのよ。

 だって、この家の主とその兄と父がいるんですよ、おまけに兄であるブレイクリー卿は「このクソアマ、ヴィンセントの領地を我が物顔であれこれと口を出すとか、何様だ!」ぐらいは言い出しそうな気配だし――。

 この場を離れたとしても、この入札に参加した会社のことは予め、わたしの方で調べているから、事前情報は記憶している。

 そこで思ったのは――どの社を選んでも問題ない。ってことだ。

 変な条件をつけてくるような会社はないといっていい。

 あとは請け負ってくれる金額と、実績ぐらいか。

 わたしは部屋を出ると、シェリルと従僕のジャックにサロンの方にいる各社の代表にお茶を手配させたり、必要とあればシガールームの使用を許可を出したりと、サロンで決定を待つ各社の代表をもてなす立場に徹する。

 だって、い、一応、その、婚約者ですから、シェリルを始め、侍女達はすでにわたしを「奥方様」扱いだから……パトリシアお姉様にもお手紙でアドバイスをもらっていた。

 ようは、あれよ、学生時代の例のお茶会イベントを応用すればいいのよね。

 先日のブレイクリー卿の発言は、ラッセルズ商会の耳にも入ったらしくて、パトリシアお姉様は心配していた。

 ウィルコックス家の実家を訪れて、何くれと内向きのことを手配してくれていたパトリシアお姉様のようにできるかわからないけれど、まあ、こういった方々相手の夜会には出ていたし。

 わたしがサロンに入ると、入札の結果を待って緊張の面持ちを隠せない代表者達に挨拶し、侍女達にお茶を配らせ、歓談の場にさせていく。


「ウィルコックス卿が選定されるわけではないのですか」


 結果待ちの代表者の一人がわたしにそんな言葉をかける。


「伯爵様のご領地ですので。ただ、この場にいらっしゃる方々を選別したのは、わたしです」


 その言葉に、彼等の間にはピリッと緊張感が走った様子。

 あらやだ、待ち時間の緊張緩和のおもてなしのはずが!

 よけいなことを言わなければよかった。

 沈黙は金。

 当たり障りない、話題を振っておくか……。

 そうこうしてると、執事のノーマンがサロンに姿を見せる。

 各社の代表もサロンに再び集まり、伯爵様が登場。

 ドキドキするよね。わたしもドキドキですよ。


「各社、今回の入札、ユーバシャール開拓事業参加に非常に感謝している。検討の結果、街開発に携わってもらうのはネイル社に決定した。また、交易路開拓においてはスカイウォーク社に依頼するものとする」


 決定した二社の代表は互いに握手を交わし、選外となった代表者達もまばらながら拍手を贈っていた。

 ふむ……この二社を選んだんだ……。

 ちなみに、わたしに先ほど声かけしたのはネイル社の人だ。

 わーにっこにこだね、うんうん。


 是非、頑張って。


 ネイル社って、元は大工さん達が集まって会社を興したのよ。

 領地持ちの貴族が、街や村を作る時に、お抱えの会社に任せたりするとき、必ず、下請けに入ってる会社なのよね。

 一から街をつくるのに経験はないけれど、下請けしてきた実績と、仕事の良さには定評がある。

 あとスカイウォーク社が交易路か。

 スカイウォーク社ってブレイクリー卿の子飼いの人が割と多いはず。

 ブレイクリー卿が推したんだろうか……閣下が勧めたっていう線も捨てきれないけど。

 でもこの会社、王都の馬車道の拡張とか、あと、国営の魔導列車の線路とかにも参加してる有名どころなんだよね。

 それを考えると、伯爵様が推したのかも……。

 リスト山脈の採掘現場に、トロッコ設置して、現状よりも資源の採掘量を増やしたいの。鉄道のノウハウがあれば設置もできるでしょ?

 それとその資源を多領や王都へと流す為に欲しいものがある。

 伯爵様もわたしも意見が一致しているのよ。


 ユーバシャールに――ラズライト王国魔導列車を引っ張り込む。


 普通なら金がないと引っ張れない。本来は実績あげて金貯めてからでないと無理。

 でも、この辺境にアカデミー研究所と軍施設を建てることで、国から金を出させ、王都への動線を確保。

 辺境ではあるものの、連絡の早い領地にして、資源や製品の流通をよくして、寂れた寒村から地方都市にしたい。

 今回、決まった会社が「こんな魔獣のいるド田舎、もういやだ!」と泣こうが喚こうが、こっちは金をひっかき集めて依頼してるんだから、やってもらわないとね。


 そして今回……残念ながら選ばれなかった会社も、この入札で少なくとも、太い客になりそうな人物がいる場に来ているから、結果がでたとたん、わたしに営業をかけてくる。

 ほら、一応まだわたし自身も子爵家当主だから。

 ウィルコックス領でお仕事がありましたら請け負いますとかそういうやつね。

 ラッセルズ商会ともつながりがあるし、領地持ちじゃないけど、魔導伯爵の妹だし、わたしもここまで選んだ会社ははいここまでさようなら~ってする気はない。

 もちろん何かあれば、お力をお借りしたいとそれっぽいことは伝えておいたよ。ネイル社も、共同か下請けで声をかけるでしょうけどね。

 パーシバルに手紙を書いておかなくちゃ。ウィルコックス領で何か必要だったら、パーシバルから声をかけてもらってもいいでしょ。

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