第7話
わたしが、伯爵様のお屋敷に、文字通りその身一つで移り住んだ後、パーシバルとジェシカの結婚式の段取りという仕事が減った。
これまではパーシバルの生家であるメイフィールド家の使いが、挙式を抑えていた教会、招待客、挙式披露の夜会の準備等の打ち合わせの為に、わたしのところに訪れていたんだけど、パーシバル本人と打ち合わせに入ったようだ。
うん……結婚準備に自ら関わることで、結婚して当主になるぞって、決意が新たになるのはパーシバルにとってもいいことよね。
「グレース様、まとめてみました。これまで手紙で、グレース様とご連絡したいと希望する、建設系業者のリストです」
わたしと伯爵様の婚約披露の時に声かけしたらくるのよーこれがー。
悪評サクサクのわたしの声かけだけど、ロックウェル卿が拝領した辺境領地、村から街へ開拓の為の業者が、どこぞの領で交易路を作ったとか、村を街規模に広げた領地での実績を持つとか、そういった会社から是非わが社でのお誘いが来るわ来るわ。
その業者と関わり深い貴族達も調べ上げてるねヴァネッサ、ありがと~。
よーし、さっそく選別して、伯爵様にリストを渡そう!
いやー絞りましたよーこれでも。
決定権は伯爵様だから、伯爵様が選びやすいように、とりあえず、10社にね!
伯爵様と仲の悪い貴族とかは執事のノーマン氏に相談して、一次選考で排除した。
でも、排除したけど、個人的にちょっと気になる業者はいるんだよねえ。
出資してる貴族が……問題なのよ。
このリストを作成してる時に、ロックウェル家筆頭執事ノーマン氏から聞いた。
「この会社は……伯爵様がよしとしても、この会社に出資している貴族が……」
「何か問題でも?」
「グレース様ならばご存知でしょうが、ブレイクリー侯爵なのです」
ブレイクリー侯爵かあ~。
わたしは貴族令嬢らしからぬ仕草で、黒檀のデスクに片肘をたてて、手の平で頭を抱え込む。
もちろん視線はリストに落としたままだ。
イライアス・ブレイクリー侯爵。
若くして侯爵位を継承したのよね。
まあやり手ですよ、他国の商会ともつながりを持っていて、いろーんな会社に出資してご本人もいっつも忙しく飛び回ってる。
確かこの方が当代当主になって、領地を王家に返領したんだ。
王家の方でも、「それはやめて、お願いちゃんと統治して」って言ってたらしいんだけど、この方が何を言ったか知らないけれど、領地は縮小。ただ、その分、出資してる企業の数は増えている。
伯爵様がロックウェル伯爵位を継承した時に拝領した領地の管理、ブレイクリー卿が請け負ってるらしい。
問題ないじゃないって思うでしょ?
「ブレイクリー侯爵はやめておいた方がいいかしら?」
「先様の方が、お話を受けるとは思えません。ただでさえ、ロックウェルの領地管理を行ってる方です。ここで辺境領にも関与されると周囲がうるさいかと」
ですよねえ。
でもなあ、辺境領の為には懇意にしてみたい相手ではあるんだよねえ。
何より、この人、人材育成とかすごいんだよね、出資している会社が多いし。
「なんといってもレッドクライブ公爵の後継になりそこなった方ですし……」
……そう、イライアス・ブレイクリー侯爵は、レッドクライブ公爵の先妻の子。
レッドクライブ公の先妻、ベアトリス・ブレイクリー侯爵令嬢の子なのよ。
つまり、伯爵様のお兄様に当たる方なんだけど……。
ベアトリス様はレッドクライブ公と結婚して一年後、病気療養で実家に戻り、離縁。
イライアス氏を産み落とすと儚くなってしまった……。
っていうのが公式のプロフィールなんですが、実際は、結婚直後ベアトリス様は庭師と出奔駆け落ちし、イライアス氏を産んだ後、亡くなり、庭師もその後流行病で亡くなってる。
そして、イライアス様は駆け落ち相手の男とベアトリス様の子だから、レッドクライブ公とは血は繋がってない。
ベアトリス様のご実家であるブレイクリー侯爵家も娘がしでかした不始末と、この事実を内密にし、偽装してくれたレッドクライブ公に頭が上がらない。
これはまあ普通に、奥様を平民の庭師に寝取られたレッドクライブ公爵家のメンツもあるとは思うんだけどさ。
それを含めてもブレイクリー侯爵家としては、侯爵家の不始末を隠してくれたんだもの、忠誠心はハンパないでしょ。
そんな状態の中で育ったイライアス氏……。
どうだろう……。
イライアス氏がレッドクライブ家の庶子である伯爵様を快く思ってるかどうか、怪しいよね!? だって王家に連なる王弟の子として、その地位にいるはずだったのよ。
この事実を知らないブレイクリー侯爵家の子飼いの貴族の中には、離縁したとしてもイライアス氏は実子なんだから、後継にすべきって声があがってたんだよ。
結局は王家の方から、レッドクライブ公が他国の王女様を娶るという打診が上がって、イライアス氏が侯爵家当主に治まったことで、かなり沈静化されたって話だけど。
イライアス氏には王位継承権はないってことに、未だ不満を持つ方々はいるらしい。
なんだか、伯爵様のバックボーンって、かなり複雑なのよ……。
とりあえずまとめたリストを伯爵様にお渡しして、目を通してくださった伯爵様にわたしは話しかける。
「辺境領、特に街の防壁と交易路は優先させたいです。ダーク・クロコダイルの襲撃は領民の命に関わりますし、交易路は辺境領の村だけではなく、誘致されたアカデミーや軍施設への通行もよくしたいし」
領民少ないから、施設誘致しても、そこに入る人が生活するのに、いろいろお店も足りない。
村の住居、商業、農耕地の区画整理とかしたい。
領民の人口が少ないから、今ならできる。
「そうだね、あ、魔獣討伐ギルドの支店誘致が決まったよ」
おお! やったー!
ていうか、伯爵様の仕事、早いよ!
何が、「領地経営したことないんだ……」ですか。
辺境の地で、お国の依頼っていうのがお仕事だから当然なのか? いやー有能でしょ。
「グレース様が夜会で一言漏らしただけ――と仰いましたが、建築系の業者からは問い合わせが続く状態です。いかが致しますか?」
ノーマン氏は伯爵様にそう尋ねた。
「グレースが夜会で一声かけただけでこれか」
そんな! わたしが声をかけたからじゃないでしょ? 辺境領開拓に旨味ありで我も我もっていう会社が多いんじゃないかな。
「他の村にも手をつけたいから、一社のみではなくてもいいが、どうするグレース?」
え? わたしに振るの?
うーん。
「じゃあ……入札」
「何?」
「複数の会社が名乗りをあげたので、希望する会社に条件や金額を書いた文書を提出させて、内容や金額から選定していく……感じで、これを公開するのは……? 公開することで、候補する会社も、公平性がでるから、贔屓だとかなんとか文句も恨みっこなし――っていうのは?」
わたしがそう言うと、伯爵様とノーマン氏はアイコンタクトをしてわたしを見つめた。
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