第6話
本気でした……。
あれよあれよと、伯爵様に手を引かれ、ジェシカちゃんとパーシバルに背中を押され、馬車に乗って到着したのは王都のロックウェル邸。
高位貴族タウンハウス街って、敷地が広い。
瀟洒なデザインの門に広がる前庭、そこに馬車が二台続いて入れる時点で広さがわかろうというもの。ウィルコックス家は平民のお家にはない貴族のお家だよ、っていうの辛うじてわかる申し訳ない程度の小さい門に、すぐ玄関アプローチって感じだからね。
ロックウェル邸は門を入ったら前庭っていうか林じゃないかって感じ……森ほどの広さはないけれど、林程度の広さはある。
敷地内に本館、使用人棟、別館、礼拝堂とかもあるし、中庭には当然温室も……。
辺境領視察の際にお邪魔したことありますが、相変わらず、ご立派な邸宅。伯爵様の上司が言うには、これでもこじんまりしてる方らしい。
なんでも高位貴族だと、その歴代の当主の魔力でお屋敷の広さが決められたところがあるとか。
だからアビゲイルお姉様が魔導伯爵になった時に賜ったお屋敷も、ウィルコックス家のタウンハウスよりも広い。
まだ就学前のジェシカがアビゲイルお姉様のところに遊びに行って、広すぎて迷子になった思い出がある。そのせいかお姉様のところに行くときは、わたしとパーシバルがしばらく一緒に付き添ってた……可愛い思い出だ。
ロックウェル伯爵家は何代か前に血統は途絶えたんだけど、伯爵様が成人の際、御当人の軍の実績、それによって軍部と魔導アカデミーの推薦があって爵位を賜ったらしい。
この伯爵位についた時には、ある一部の高位貴族の間で、彼が男爵家の娘が産んだやんごとない身分の庶子っていうのが公然の秘密になっていてそういう経緯も含まれてとか……。
ウィルコックス家は三代ぐらいの新興貴族、伯爵様自身も、一代で興した家ってところで変わらないよ、なんて仰ってるけれど……血筋は血筋でしょ。
馬車から降り立つと、ロックウェル家筆頭執事のノーマン氏が満面の笑みを浮かべて出迎えてくれた。
「おかえりなさいませ、旦那様」
伯爵家に相応しい筆頭執事のご挨拶……この人を始め、またその人数の使用人とかどうやって雇用したのかというと、やっぱ縁故なんだよねー。中には伯爵様のご自身が、スカウトした人もいる。この伯爵家の使用人の男性はだいたいが、元軍人だ。
筆頭執事ノーマン氏も過去、軍籍に身を置いていたという。軍閥貴族ならでは……というところか。
「グレースの部屋は今どのぐらい準備が整っているだろうか? 今日からこちらで彼女は暮らすからね」
伯爵様の言葉を聞いて、ノーマン氏は控えめだが、喜色を浮かべて頷く。
「はい。だいたいは整っております。領地のご相談が終わると、お住まいになるご予定のお部屋をご覧になることもなく、ウィルコックス家にお戻りになられて、挙式のお話もいつ進むのやらと気を揉んでおりました」
執事ノーマン氏の言葉に、パトリシアお姉様の視線がわたしに突き刺さる。
別に、別に、そこは放置してたわけじゃないのよ。本当に急ぎでやりたいことを優先した結果、そっちは放置せざる得なかっただけなんですよ、お姉様!
玄関ホールにお仕着せ組に使用人達が両サイドに並んでお出迎え……これはいつもと違うぞ。
後ろについてきてるジェシカの瞳がキラキラしてる気がする。
わたしだけならこうじゃないよ?
いつもは、ノーマン氏のみのお出迎えよ?
あれよ、今日はゲストいっぱいだからこういう仕様ってことでいいのよね?
決して、婚約者――後々の女主人を迎え入れる仕様ではないわよね!?
「お待ちしておりました。奥方様!」
わたし付侍女となったシェリルがわたし達の前に進み出てカーテシーをする。
ちょ! シェリルさん!? 『奥方様』は気が早くない?
「さっそくお部屋にご案内いたします」
シェリルの笑顔が眩しい……。
「ラッセルズの若奥様とご相談して進めてしまいましたが、お気に召していただけるかと!」
お部屋に案内されると、うん、想像通り広いわ。
ただ、部屋の色調はわたしのウィルコックス家の部屋と同じ、薄いブルーでまとめられている。家具や調度品はその倍のお値段はしそう……っていうか絶対そうだね。
それでもって、ご当主様の奥方様という立ち位置の為、お部屋お隣……。
別棟のゲストルームじゃないんだ、やっぱり……。
お隣っていっても、ドレスルームとか居間とか室内は区切られているから。なんていうかすぐ隣ってわけでもないのでちょっとほっとした。
前世の日本の安アパートなんかと比較したら、もう全然、これは高級マンション隣室ぐらいの距離感みたいじゃない?
いきなり同居でドキドキしちゃったけど、うん、そう考えれば……だ、大丈夫。多分。
「気に入った?」
伯爵様がそう言うと、わたしは頷く。
うん……嬉しいですよ、すごく。
でもね、おはようからおやすみまで一つ屋根の下とか、緊張で口から心臓がまろびでそうよ!
一体どこの誰なのか、美人は三日で慣れるとか言ったのは、わたしは慣れる気配が全然ないんですけど?
「わー! さすがパトリシアお姉様の見立て~! グレースお姉様の好みわかってる~!」
ジェシカがワーワー言いながら、お部屋探検を始めちゃったよ……。
「大きめの家具はすっきりとしたデザインを好むのよ、グレースは。ただ、調度品はなんか可愛らしいのが好きなの。そういったものは、ロックウェル卿がグレースと一緒に私の商会でお求めになられたらと思いましたの」
ジェシカはさっそくドレスルームに入り込んで、ドレスを見聞する。
「わあ! さっすがロックウェル卿! お姉様の好みをわかってる~これもこれも似合いそう~!! 素敵―! ドレスいっぱーい!! ウィルコックス邸に帰ったら、お姉様のワードローブから送るものを選別しなくちゃって思ってたけど、その必要ないわぁ!!」
いったいいつから用意されてたんだよ……パトリシアお姉様がドヤ顔だ。
あーこの衣裳もパトリシアお姉様のお見立てが入ってるのか。
「伯爵夫人に相応しい服装を~って言っても、グレースお姉様が普段お召しになるバッスルドレスは、やっぱりお似合いだから、こっちでも、いろいろ選別して送りますね!」
「ウィルコックス家にあるグレースの夜会服はジェシカが好きなようにリメイクしたらいいんじゃないかしら?」
「グレースお姉様みたいに濃い目の色合い、わたしに似合うかな? カッコイイけど着こなせる自信ないな~。でもリメイクすると……うーん……できそうかも? ちょっと保留にしてたデザインもあるから試してみる!」
お洒落番長1と2が、キャッキャと楽しそうに語らうけれど……うちの婿殿がいないよ?
一緒に来たはずなのに……。
「ジェシカ、パーシバルは?」
「えっと、執事の方とヴァネッサと一緒に書類一式持って反対側の棟に行ってるみたい」
「グレースの執務室も、そっちに用意したから、多分そこだろうね」
ええ⁉ この部屋じゃないの?
洒落てお高そうなライティングデスクとかキャビネもあるから、てっきりここかと思ったのに!?
つまり、私室と執務室は別ってこと? ウィルコックス家でもそうだけど、この部屋の広さは、ウィルコックス家のわたしの私室と執務室を合わせても広いのよ。
「執務室……」
「そう、だってグレースには絶対必要だろう? 個人で抱える業者との打ち合わせもしたいだろうし、そういった人物を、この私室に通すとでも?」
あ、はい。ですよねー。
わたしは一応、この館の主の婚約者。
そして、夜会でおしゃべりするような同性の友人は片手の指で足りるぐらい少ないけれど、お仕事関連で「じゃあ後日改めて、その話聞かせてよ」っていう感じの客人は両手の指じゃ足りないぐらい多いのよ。
しかもその客人は、だいたいが男性です。
わたし自身も、ウィルコックス家の私室に通すなんてことはしない。
「見に行く?」
伯爵様は「もう、そっちの方がグレース気になるだろう?」なんて、言葉にしなくても目がそう言ってるみたいで……敵わないわー。
「はい」
わたしが素直にそう言うと、伯爵様はわたしに手をさしのべて、素敵な執務室にエスコートしてくださった。
デスクと、キャビネットと、応接セットが小さな部屋できゅっとコンパクトにまとまっていたウィルコックス家の執務室とは比べ物にならない……それこそ、どこかの高位貴族のお屋敷の執務室みたいな黒檀の広いデスクに、椅子。資料を収める壁一面のキャビネと本棚。
座り心地良さげな応接セットーー肌触りのいい生地のソファーにローテーブル。
「すごいですね、グレース義姉上!」
ウィルコックス家から持ち込んできた資料が、ノーマン氏とヴァネッサとパーシバルの手でキレイに整頓されていってる……。それでも、全然余裕があるわ。
「でも、グレース様ならばすぐに、この空いているキャビネや資料棚を埋め尽くしてしまわれますよ――それも、ごく近いうちに」
そんなヴァネッサの言葉は、小さくて、わたしの耳には届かなかった。
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