第4話

 

 そんな感じで、今年の社交シーズンの幕が上がったわけなんだけど、ほんといろいろと、やることが多い!

 この社交シーズンのメインは、ジェシカとパーシバルの結婚式だ。

 ウィルコックス家の子爵位をパーシバルに譲ること。

 パーシバルの生家、メイフィールド家が伯爵位になり、そこの当主の弟、パーシバル・メイフィールドは、ウィルコックス家の末娘である妹ジェシカと婚約して数年経ってる。

 わたしの婚約が社交界で正式なものになった時点で、式場や披露宴の為の夜会の手続き、にも、ロックウェルの辺境領関連の仕事があって、かなりキャパオーバーなのが実体。

 ただ幸いなのは、伯爵様が領地の経営に関してはあまりなじみがないものの、ユーバシャール開拓は軍やアカデミーからの要請も受けていて、そこの窓口は伯爵様ご本人が請け負ってることだ。

 昨夜の夜会の帰りの馬車で伯爵様から、ユーバシャール村近くに建設予定地を決めて、すでに測量入ってると教えてもらった。

 普通の貴族(一般的な企業)には噛ませたくないわよね、そういう施設。


 あ~あ~、せっかくあれだけ大々的に土木建築系の会社を夜会で募集したのにがっかりしちゃった~……なわけあるか!


 交易路、各村、そして領主の館の建設もまだまだなんだから、こっちに関わってもらうから問題なし!

 伯爵様は軍人ですけど、だからって軍の施設に入り浸りってわけにはいきませんよ、だってご領主様よ?

 ちゃーんと領民を護って豊かにしてる領主らしい街にしないと! だって元々この婚約、結婚は、そういうオーダーがあったのだから。

 それに、辺境領を下賜されたってことは防衛ラインを任されたってこと、小規模寒村のままにしとくとかありえない。

 先日の夜会でわたしを取り囲んだご領主様方から、まあいろんな話、聞いてます。

 領地に立ちよらず、王都にずーっといる人も、いるっちゃいる。

 代替わりで領地経営上手くいかなくて、王家に返領したり。分割して近隣の領主に売買したり。

 ユーバシャールなんて下賜されたばっかりだから、王家に返領とかは無理だし、すぐに割譲とかもダメ。

 伯爵様ならやろうと思えば、どこかの大貴族に売りつけちゃうってこともできなくないんだろうけど、その大貴族の面々から……中でも特に軍部系のお偉い方から「お前がやれ」とか言われてる。

 ちなみにわたしもそのお偉い方から「よくフォローするように」とか言われちゃってる……。

 やりますよ? やりますけど。


 そのユーバシャールの視察を終えて、今回の社交シーズン直前に、伯爵様をわたしの領地、ウィルコックス領にお招きした。

 というのも、伯爵様がうちの子爵領を見てみたいと仰ったからだ。

 そんなわけで、ウィルコックス子爵領をご案内したところ、伯爵様はすごく感動して羨ましがってらした。

 うちの領地は元々、農業主体。

 そこから紡績に変化し――狂暴な魔獣も少ないって感じだから、小さくて長閑な田舎領地ではあるんですけど。

 領地に戻る度に、領民はわたしを「ご領主様~」って慕ってくれるし、わたしも気さくに領民に声をかける。

 王都の社交界では悪評サクサクのわたしだけど、ここでは「若いけど、思いっきりよく領地の産業をきりかえ、領民の暮らしを考えてくれる。何もしなかった先代とは比べ物にならないぐらい、頼れる当代のご領主様」ってだいたいの領民が認めてくれるから、わたしがウィルコックス領に行くと、歓待される。

 まじで癒しの故郷というべきか。

 彼等がいたから、この社交界でどんな悪評にまみれたって、子爵家当主としてやってこれた。


「いいな……グレースが領地に頻繁に戻る理由が分かった気がする」


 なんて伯爵様はそう言ってらした……。


「ユーバシャールもこうなるように、お手伝いします。領民が、ああやって笑顔で、伯爵様に手を振って、迎え入れてくれるように……」


 そんな領地になるまでの工程……、フローチャートというかロードマップというか、めっちゃ長いんですけども。

 でも、諦めたらそこで試合終了だって、どこかの先生も言ってたしね!



「……グレース……」


 婚約披露の夜会が終わった数日後。

 ウィルコックス家の執務室に訪れたパトリシアお姉様が呆れたように室内をぐるりと見渡して、ため息をついた。

 お姉様……今日はジェシカの結婚式の打ち合わせ……のはずでは?

 どうして執務室に……。

 ラッセルズ商会から派遣されたメイドのヴァネッサがわたしの作業を手伝ってくれる手を止めて、わたしとパトリシアお姉様に視線を配り、パトリシアお姉様に一礼する。


「パトリシアお姉様……ようこそ……」

「お前、もう、ここを明け渡したほうがいいかもしれないわ」


 え⁉ いきなり来るなり、何を仰る!?


「ロックウェル卿の領地関連の資料や書類と、ウィルコックス領の資料が混在しかねないわよ……というか……もうすでに区分け難しくなってるんじゃないかしら?」


 ぎくう。

 いや、まだまだ、ほら、まだ、一角しか占めていない……ですよ?


「グレース義姉上……婿入りする僕が言うのもなんですが、ほんとそろそろこの執務室、なんとかしましょう……人数入れて区分けしていかないと、このままではもう数日後あたりでパトリシア義姉上の仰る状態になりますよ」


 パーシバルが執務室の中に入って、散乱してる書類に視線を落とし、拾い集め、ウィルコックス関連とロックウェル関連の資料を分けている。

 うう。

 ジェシカまで執務室のドアから顔だけ覗かせて……あ、入ってくるな、書類踏むな!

 ジェシカは器用に踊るように、散乱した紙を踏まずに、室内に入り込み、パーシバルと一緒に床に散らばった書類を拾い上げる。


「すっごーい、さすがグレースお姉様! 婚約決まったらこれよ! もう嫁ぎ先の領地開発の為の関連資料の山だわ~! わーこれもすっごい! 連絡するべき関連企業をもつお家のピックアップリストじゃない」


 だから、だから~。


「わたし、この光景、みたことあるわ! あれはお父様が使い物にならなくて、まだまだ学生だったグレースお姉様がウィルコックス領の経営に梃入れした時と同じよ! ていうか、それ以上?」


 ぐ……。


「そうね。グレースの本気がうかがえるけれど、あなたは、ロックウェル家に嫁に行くのよ。このウィルコックス家の執務室でする仕事じゃないわね」 


 ……王都のウィルコックス家のタウンハウス。とっても狭小です。前世日本人のわたしにとっては豪邸なんですけれど、この異世界ラズライト王国の貴族街においては、コンパクトなお家なの。


「ウィルコックス家の皆様には以前からうちの兄も、苦言を呈していました。確かに数年前までは、没落一歩手前の貧乏貴族と誹りを受けてはいたものの、現在の隆盛を見るに、このタウンハウスは似合わないのではと……僕も同意です」


 何を……言う気だ……パーシバル。


「もちろん、ジェシカが育った思い出のタウンハウスだから売れとは言いません。ここを貸出し、新たに家を購入すべきでは――……と」


 え? ここを? 貸し出す……?

 ここのお家ダメなの?

 ここはわたし達姉妹が生まれた家だよ?

 わたしにとっては前世よりも馴染み深い家なのに……。


「あら……ジェシカより、グレースの方がこの家に思い入れがありそうね」


 パトリシアお姉様が少し驚いたように言うけれどお姉様は何とも思わないの? パトリシアお姉様の実家になるのよ? アビゲイルお姉様だって、魔導伯爵になって、家を構えちゃったけど、ウィルコックスの実家は……この家は大事に思ってくださってるはず……。

 それを貸し出す?

 わたしが、書類と、執務室にいる姉妹と義弟を見つめ、言葉を探していると、またドアの傍に執事のハンスが現れ一言。


「グレース様、ロックウェル伯爵がお見えになりました」


 ただでさえ表情筋が死滅してるのに、身体全体がピクリとも動かないわたしを、ジェシカがつんつんと指でつつく。


「グレースお姉様、ロックウェル伯爵様がお見えになったってー」


 わかってる! 聞こえてる! どうしよう……早く片付けなくちゃ!

 こんな資料で荒れ放題の執務室に来られては不味い!

 お願い伯爵様、応接室で待っててください!


「何も売りだすわけでもないのに……」

「意外でした……グレース義姉上が、この家にそんな愛着をもっていたなんて……ウィルコックス領の領主館ならこの反応も頷けるところなんですが……」

「わかる~、タウンハウスに愛着持つタイプには見えないもんね……」

「そうね……意外だったわ。単身で領地に向かう時に使用してる宿も統一性はないみたいだから、住居についての拘りとか、グレースが持っているなんて……」


 パトリシアお姉様、パーシバル、ジェシカが口々に言う。

 そんな三人に構うことなく、わたわたと書類をひっかき集めてるのはわたしだ。

 この光景、他人から見たら「なんの悪事を隠そうとしてるのかこの悪女は」とか言われるんじゃないかな……。

 パーシバルとヴァネッサだけがせっせと書類を集めてくれる。

 頼む、パトリシアお姉様とジェシカちゃん、応接室で伯爵様のお相手をしていてほしい!

 そう言おうと思って顔をあげると、ドア付近に立っていたハンスが廊下の方に視線を向け一礼をして、その場から少し下がる。


 そして伯爵様が開け放たれたドアから室内にいるわたし達を見て、小首を傾げた。




 ――――――――――――――――――――――――――――――――――

 こちらのお話。2/9カドカワBOOKSさんから書籍が発売されます。

 よろしくお願いします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る