第2話
「社交シーズン前に、すでにロックウェル卿の辺境領に足を運んだとか?」
「それなりに魔獣も多いとは聞いているぞ」
「辺境領はその名の通り遠い。元が王家直轄領だったのだろう?」
「さすがの貴女も大規模な辺境領経営は手に余るのでは? ウィルコックス卿」
「まさか、自領へ赴くように、単身馬で駆っていったわけではないだろうね?」
わたしと伯爵様を取り囲む人は、伯爵様のお仕事関連の方々から、わたしが夜会や商会で顔をよく合わせる領地持ちの貴族紳士達に代わっていった。
わたしと伯爵様の間に入り込み、伯爵様に突撃したいご令嬢達にとっては、いまいましい弾幕に違いない。
それと同時に、わたしにも緊張を強いられる面々だ。
扇の陰で叩く悪口や嫌味ではなく、シャンパングラスを片手に正面切ってわたしに探りを入れてくる彼等は、なんて言うか、意地の悪い先輩であり同僚でありライバルであり、同志のようなものでもある。
心配してくれている感じの発言も、ちらほらあるので、今回は探りよりも心配の比率が大きいのかしらね?
でも、紳士の皆様、お待ちになって。
わたしの自領、ウィルコックス子爵領の話ならばまだわかる。
皆様が口に出しているのは、元王家直轄領、辺境領ユーバシャール。
ロックウェル伯爵家の領地!
何故、ご当主である伯爵様を飛び越して、わたしにその話を振るのか!?
伯爵様に失礼では?
わたしがそんなことを思っていると、すぐそばに立っていた伯爵様は、いかにも「私達、婚約しました」な雰囲気で、がっちりとわたしの腰に腕を回した。
距離が近い! 近いなんてもんじゃない。パーソナルスペース、ゼロ距離!
婚約披露なんだから当然なんだけども! ついさっき婚約式しましたよ? しましたけども!!
まだ慣れないのよ!!
金髪にアメジストの瞳がわたしの顔を覗き込む。
若いご令嬢達が心密かに……否、声を大にしてでも評する「王子様」な彼は、蕩けるような笑みを私に向けた。
会場のどこからか、ご令嬢達の「キャー」という歓声と、どこのアサシンが紛れ込んでるのかという殺気がわたしの方に向けられる。
そんなイケメンとのこの距離感。
前世はもちろん、今世でもモテない女が、このシチュエーションですよ。動揺しないわけがない。
しかし、そこは持ち前の死滅した表情筋のおかげで、この動揺は表情には出ていませんとも。
世間一般で囁かれる傲慢で強欲で冷酷な女子爵当主らしく、なんとかアルカイック・スマイルを浮かばせてみた。
「グレースの辣腕ぶりを説明しても?」
「お戯れを。伯爵様のご領地です。あの領地にわたしは何にも手をだしてはおりません。視察をさせていただきましたが、それだけです」
「でも、グレースはその視察で、いろいろ今後のことも考えてくれただろう? このラペルピンも嬉しかったな」
伯爵様……わたしの意図をわかってらっしゃる。
とりあえず辺境領産の装飾品系の話題を、この彼等の前で出したかったのだ。
「わたしもお揃いで頂いたこの髪飾り、嬉しいです」
なんだかんだ言って、伯爵様もやり手ですよ。
同じ素材でこの髪飾りをこっそり作って贈ってくださるなんて、こういうところじゃないの? 他所のご令嬢がきゃあきゃあ言う理由の一端を垣間見た気がするわ。
紳士達がわたしに対する対応が、わりと抑え気味のようにも感じられるのって、婚約したてのカップルらしいこの演出のせいだな。
「それはわたしも気になっていた、何の石なんですか?」
鉱山を有するノーランド伯爵子息が尋ねてくる。
うちの伯爵様と同様に、お家が良くて、穏やかなイケメンで、独身のご令嬢達がこういう夜会でアプローチしたい――……この国の社交界で結婚したい独身の貴族令息上位に食い込む御仁。
ふははは。待ってましたー!
貴方とお話したいこと、たーくさんありますのよ!
なんてことを声を大にしたら、タダさえ殺気立ってるご令嬢達が、わたしを殺りにきますから、心の中で留めておくわ。
もっとも、こちらのご子息よりも、ノーランド伯爵ご本人とお話がしたかったんだけど、この際、ご子息でもOKよ。お父君の後継としても、「後継ぎは頼もしいね」のお話は有名ですからね。
ノーランド伯爵領は鉱山を有している。
鉱山経営のノウハウとかも、いろいろご教授いただきたいところはたくさんあるのよ。
「伯爵様の領地、ユーバシャールで見つけましたの」
「ユーバシャールのリスト山脈は資源の宝庫、それ故王家直轄領だったとは承知してますが、そこで産出された石ですか?」
ノーランド伯爵子息――エリオット氏が尋ねた。
その問いを聞いて、何故か伯爵様のわたしを抱き寄せる力がちょっと強くなった。
わたしは伯爵様を見上げる。ここは伯爵様にお任せした方がいいってことなのかしら? 伯爵様の領地のことだもんね。婚約者のわたしが出張ってもよろしくない。
「グレースが見つけたんだ。考え付いたというべきかな?」
「ウィルコックス卿が?」
「ダーク・クロコダイルの牙だよ」
「……魔獣の……牙……」
「視察に行った際に何体か遭遇してね、討伐した一体をグレースがまるまる買い取って、あれこれ商品化できるものを試作してくれた。その一つ」
伯爵様とわたしを取り囲む紳士達が「ほう……」と感嘆の声をあげる。
「光栄にも陛下から領地を拝領したものの、辺境で。正直、軍に身を置いてる状態で、領地開発には戸惑いしかなかったが、彼女ならばその才能をいかんなく発揮してくれそうで、今後も期待してる」
やーん、伯爵様! 誉め過ぎです!!
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