2章

第1話

 前世、デブスで、オタクで喪女のわたしは、異世界転生をした。

 子爵家の三女に生まれ、婚約破棄をされて、傾いた家を盛り立てる為に子爵家当主となったわたし――グレース・ウィルコックス。

 これはわたしが、未来の旦那様となるヴィンセント・ロックウェル卿――伯爵様と結婚するまでに起きた出来事のお話。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 その年の、ラズライト王国の社交シーズンのはじめ、社交界の話題をかっさらったのは、わたしと伯爵様との婚約だと思う。

 数多の独身のご令嬢から結婚したい男性ナンバーワンと言われる伯爵様――ヴィンセント・ロックウェル卿が婚約する。

 しかもその相手は、デビュタントの一年後に婚約破棄をされ、自分の父親から領地経営の裁量権をぶんどって、父親が亡くなると子爵家当主となった――……その悪評が社交界で認知されているわたし。


 そう、わたし、ウィルコックス子爵家当主、グレース・ウィルコックスです。


 ラズライト王都、社交界の夜会会場として、クレセント離宮に次ぐ広さを誇るホワイト・パーチ・ホール。

 ここで、王都の貴族令嬢達が垂涎の的となる大人気の伯爵様――ヴィンセント・ロックウェル卿と、ウィルコックス子爵家当主グレース・ウィルコックスの婚約披露が行われた。

 この国ではデビュタント、婚約式、結婚式で当事者の貴族女性は白いドレスを着るのだけど、式の後のこういった婚約披露の夜会ではドレスカラーはわりと自由なのだ。

 今夜のわたしのドレス……メインカラーはシャンパンゴールド。Aラインデザインのドレスは重厚な艶のあるサテン地で作られ、裾はウィルコックス領産のプチアラクネの糸でレースをバルーンにし、斜めの切り返しからバラのコサージュが連なっている。わたしの妹であるジェシカが提案したドレス。

 陰口を叩きつつも、このドレスのデザインにはちょっと興味津々の様子。

 そりゃそうよ、うちの妹のドレスデザインは、王都でも人気のデザイナーに「ジェシカ嬢がドレスメーカーを作られたら仕事が確実に減りそうです」と言わしめたほどの才能だもの。

 さすが妹、さす妹!


「正気なのかしらね、ロックウェル卿は――」

「よりにもよって、あの女を選ぶだなんて!」

「きっとあの女に騙されたのよ」

「父親を死に追い込んで子爵家当主にまでなった強欲な女ですもの」

「おいたわしい……ヴィンセント様……」

「どなたか、あの女に釘をさしておくべきではなくて?」


 憧れの伯爵様の婚約披露にもかかわらず、いや、婚約披露だからこそ、相手であるわたしをこき下ろす婚活真っ最中の独身のご令嬢達の陰口と、


「ちょっと、あのドレスメーカーどこのなの?」

「裾のバルーンが斬新よね」

「しかもあれ、今話題のレース生地でしょ?」

「コサージュも精巧じゃない?」


 とお洒落に煩いご夫人やご令嬢の囁きが――淑女の間で二分に別れている様子。


 まあね、憧れの伯爵様の相手は誰であろうと、不満でしょうよ。

 おまけに相手がこのわたし――グレース・ウィルコックスなら、その声は大きくなるというもの。

 社交界におけるわたしの評価は悪評といってもいい。

 実父を退け、領地の経営権を握り、あまつさえ爵位を手にして、女だてらに領地経営をし、冷酷で傲慢で婚約破棄されたことのある婚期ギリギリの女。


 しかし、この人垣をかき分けて、わたしに一言もの申す気概のあるご令嬢は、悲しいかな……いないのよね。

 だいたいが、まず、積極的に伯爵様に声をかけられない。

 実家が有力貴族だったらこの限りではないが、自分からアピールするのははしたないと思われたくないっていうのが風潮だもの。

 あと伯爵様にお声をかけるとか、気後れしちゃうんじゃないかしら。

 中には、勇者もいなくもないけれど、今回は無理でしょ。


 会場入りして真っ先に伯爵様とわたしを取り囲んだのは、軍服着用の伯爵様のお仕事関連の同僚や上司の高位貴族。

 軍服、迫力あるものねえ。

 これをかき分けて話しかけるご令嬢とかまずいない。


 しかし、今夜の伯爵様は軍服ではなくテールコート。

 これはわたしのドレスと合わせてくれるために、この衣裳にしてくださったの。

 夜会に出席する紳士の衣裳は軍人ならば軍服が正装。あとはタキシードかテールコートの生地の色は黒か紺か濃灰と相場が決まっている。

 でもね、それなりにお洒落な紳士は衣裳の生地、カフスボタンやラペルピン、ポケットチーフなんかにも凝るんです。

 そしてまた、そんな小物が結構なお値段だったりするわけ。

 今夜の伯爵様が身に着けてるポケットチーフの色は、わたしのドレスの色に合わせたシャンパンゴールド。

 伯爵様の金の髪ともお揃いで映えるわー。

 あとラペルピンとカフス。

 意匠のメインに据えた石――これは厳密に言うと石ではない。

 伯爵様の領地視察で見つけた素材だ。

 伯爵様のラペルピンと揃えるように、ワンサイズ小さめの同じ白い石をあしらえたヘアピンを、わたしの結った髪に散らしている。

 実はこれは伯爵様からの贈り物なの。

 ラペルピンを贈ったお礼にこれを渡された。婚約披露の時に身に着けてほしいって。

 伯爵様……ラペルピンのメインに据えた同じ素材でこれをあつらえさせたんだと、わたしにはすぐに分かった。

 真珠のような不透明な白……研磨して艶を出して真珠のように丸く加工。

 以前妹が、「お姉様の髪を本真珠のピンで散らしたい」と言っていたので、真珠の代用品として飾ってみた。

 真珠ほどのテリや輝きはないけど、これはこれで出席している洒落者なら「何の素材だ?」と食いつくはず……っていうか食いついて! これは伯爵様の領地での特産品の一つにしたいのよ。

 だから今夜の伯爵様は軍服じゃない理由は、この新たな紳士用装飾品を、領地持ちの貴族当主に見せる為だったりする。


 そもそも伯爵様との婚約、結婚には、伯爵様が拝領した辺境領ユーバシャールを盛り立ててほしいっていうオーダーを受けた背景がある。

 社交界の独身令嬢の中で、こんな悪評まみれのわたしにプロポーズなんて、何かあると踏んで問い詰めたらば、そんな言葉をいただいた。

 異世界の貴族の令嬢に転生したけど、前時代的な貴族社会の風潮もあって、女のわたしが実家の実権をずっと握るわけにもいかず、……婿養子を取るという方法もあったけど、わたしの悪評が蔓延してればそんな候補者は現れない。

 ならば妹夫婦に家をまかせようってことで、わたし自身は婚活中だったのよ……。

 そこへ伯爵様からのプロポーズ。

 引く手数多で、モッテモテの、どんなご令嬢だってより取り見取りの方がこのわたしに?

 真意が知りたいと問い詰めたらば、軍籍に身を置いて領地経営には明るくない、新たに下賜された辺境領ユーバシャールをどうにかしたいとのお言葉。

 領地と王都を行き来できる体力に、落ちぶれた実家を立て直した手腕、そんなわたしの実績を買っての結婚の申し込みなのだということで、納得ですよ。

 結婚=領地経営サポートのお仕事キター!! ということで、わたしも伯爵様の申し込みをお受けしたのよね。


 けど、この婚約式と婚約披露に至るまで、いろいろあって……今はその、まあ、その、い、一応、その、相思相愛……?

 みたいなんだけど……。

 伯爵様がわたしのことを好きって言って下さるのは嬉しいんだけど、わたしには自信がないのよ~。 


 なんといっても婚約破棄された過去がある。


 いつ何時、伯爵様から「俺は真実の愛を見つけた、婚約破棄する」とか言われるとも限らないじゃない! 

 いくら今世美女に生まれ変わったからって、悪名高いこのわたしが!

 前世でも今世でもお目にかかったことないようなイケメンな伯爵様と?


 結婚!?


 伯爵様に憧れるご令嬢達の、憤懣やるかたないお気持ちなんかには激しく同意しかない。

 わたしだってこれが当事者じゃなく他人事だったら「くっそ、あの女、めっちゃおいしいところ持っていったわね!」ぐらいは絶対思いますとも。ええ。

 わたしは隣にいる伯爵様を見上げると、伯爵様は蕩けるような笑顔をわたしにむけてくれる。


 くっ……眼福っ……!!


 チョロイ……ほんとうにわたし、チョロイ!

 この笑顔が見られるなら――……わたしにできることがあれば、伯爵様をお支えしたいとか思うわけで……。

 それでわたしが出来ることって言ったら……プロポーズの時におしゃっていた領地経営のサポートしかない。

 そんなわけで、今回の婚約披露のこの夜会は、社交シーズン前にわたしも視察した伯爵様の領地での産業や、ユーバシャール産の商品のお披露目の第一弾も兼ねている。

 気合いれないとね!



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あとがき

来月2/9カドカワBOOKSさんからこちらの「転生令嬢は悪名高い子爵家当主」書籍発売されます!

よろしくお願いします!!






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