第37話



 結局伯爵様が寝付くまでは、添い寝しててもいいかな……のはずだった。

 伯爵様と一緒だと温かくて、うとうとしてガチ寝してしまったよ。

 起きなきゃと思うけど、身体が動かない。

 浅い眠りなのに身体が動かない状態。思考だけはめちゃくちゃ捗るけれど、身体が動かない。

 こういう時って、変な夢をよく見る。

 例えば、会合に遅刻しそうになるとか、やけにリアルな夢。

 ウィルコックスのタウンハウスの自室じゃないのはわかる……。

 ああ……ジェシカやパーシバル、ラッセルズ商会のパトリシアお姉様には連絡がいってるのかな……。アビゲイルお姉様が連絡しておいてくれるといいんだけど。


 パラパラっと紙を捲る音がする。


「財務監査部もグレースと同じ意見か……閣下。これ、グレースに見せたんですか? ブロックルバング公爵家の非公式財務調査書」


 伯爵様の声だ……。


「その娘は財務省に入れてもやっていけそうだな。ヤツが何を貯め込んでるのかすぐにわかったぞ。お前が言うように、普通の貴族の娘ではないな、これなら凡庸以下な親を退けて爵位を手にするのも頷ける」


「有能だって言ったでしょう。でも領地経営の方がグレースは好きみたいですよ。俺もグレースの本領が発揮されるのは領地経営かもしれないと思いますけど? で、陛下はなんと?」


「お優しい方だ……裁きを下す前に話をしたいと。そういう顔をするな」


「危ないですよ」

「それは陛下も承知の上だ」

「招聘に応じるでしょうかね……」

「応じなければ、我々が出張るしかないだろう」


「殿下は?」

「王太子殿下も第二王子と共に、魅了を解く為にプチフォンティーヌ離宮で現在治療中。一、二年はかかるだろうという見解だな。スタンフィルド公爵令嬢との結婚は一度保留。王太子妃教育も終了しているんだ……スタンフィルド公爵家はアンドレア嬢と近隣国の王族との婚姻を視野にいれるだろう」


 スタンフィルド公爵は、アンドレア嬢のお気持ちを汲んでくれる方なのかな……三年もキャサリンに気持ちが傾いた王太子殿下を目の当たりにした彼女が、「すべて魅了のせいでした」という理由を飲むとは思えない。

 別の縁談を考えるのは当たり前か。


「お前は、魅了の魔法を一気に受けたみたいだが、よくここまで戻れたな」


「一気に受けたから逆に自分が状態異常になったのがわかったんです。俺がグレースをどうでもいいとか思うなんて、ないですからね。この子は、有能なだけじゃない。馬で単身領地の行き来もする男勝りなところもあるけれど、姉妹思いで、友人もたくさんいて、自分の周囲にいる人間を大事にする。それが深い」


「惚気か」


「キャサリンの魅了は、本当に洗脳というか……呪いかな。誰も信じることはないし、周囲を憎んでいる。この国の滅亡すらも望んでると言っていい。出自が出自だから仕方ないかもしれません。親の遺伝もあるかもしれないですね。あれは人を支配するための魔法だ」


 親の遺伝?

 

「キャサリンの出自、閣下が調べていたとおりでしたよ。その話をしたらいきなりくらいました」


「では、やはりそうか……」


「……彼女がいうには。先代陛下が、あの娘の母親を――まるでおもちゃのように扱った。キャサリンの話から推測するに、20年前の現王即位の直前に起きたことだそうですよ。先代陛下の命で彼女の母親に関わった貴族達を調べたら全員不審死している。例の魅了でキャサリンが手を下したんでしょう」


 ……それって、キャサリンが先代国王陛下のご落胤ってこと?

 夢の中の会話だとしても、すごいな……。


「じゃあ、ブロックルバング公爵だって、危ういですよね。」


 ……あ、声が出てる?

 わたしは夢の中の会話だと思っていた。

 伯爵様と閣下の声がピタリと止まった。


「グレース、起きてる?」


 伯爵様がそっと囁くみたいに声を掛けてくる。

 瞼が重くて、でも自分の発言で、覚醒する。

 自分の寝言で目が覚めるあの感じだ。


「……伯爵様……?」

「起きたの?」

「夢を……見ていた……んですけど……伯爵様と閣下がお話ししている夢……伯爵様、具合悪くないですか?」


 伯爵様の指がわたしの目元を拭う。

 げ、目やに? ヤメテ、ヤメテ、ていうか化粧したまま寝てた? 自分の手の甲で自分の唇を押さえると、口紅がついていないのがわかって、これも逆に動揺する。

 すっぴん!?

 いや、すっぴんでも、前世の顔の造形に比べれば全然平気なんだけど……。

 伯爵様がメイクを落としてくれたのかな?

 気が付かないってどんだけ寝てたのよ。

 うたた寝程度と思っていたのに。


「だいぶいいよ。グレースがいてくれるから。でも、伯爵様はやめてくれたんじゃないのか?」


 えへへ。

 夢かな。でも、現実でも伯爵様はこのぐらい甘いこと言う人だよね。

 わたしの頬を伯爵様は大きな手で、なでなでしてくる。


「キャサリンを養女にした時点で、ブロックルバング公爵は、すでに魅了にかかっているか支配下なのでは? ブロックルバング公爵とキャサリンの目的は一致してますけど、キャサリンなら、公爵だって自分の配下にするでしょうね」


 わたしの言葉に伯爵様は頷く。


「可能性は高いとみていいね」


「陛下が公爵にお会いになるなら状態異常を感知できる魔導具、必要では? キャサリンを連れてくる可能性もあります。王位簒奪が目的ならば、その場で陛下に狙いをつけるつもりかもしれません……」


「現在王城の謁見室を魔導アカデミー主体で耐魔法エリアに改造している」


 伯爵様のすぐ上から重低音の声がする……。

 え……夢じゃない……? 閣下がいる……の?

 眠気がすっ飛んで、バチっと重い瞼が開く。

 わたしのその顔を見てクスクスと伯爵様は笑う。

 いや、笑いごと!?

 がばあっと、半身を慌てて起こすと、閣下がやっぱりいる!!

 こ、婚約者だけど! ナニも致してませんけども!! この状況はよろしくない!!

 いきなり上半身を起こしてくらりとする。それを知った伯爵様は左腕でわたしを抱き込んで掌で安心させるように、わたしの腕を軽くとんとんと叩く。

 ゆっくりなリズムと振動と温かさに、わたしは伯爵様に背を預けてしまう。

 閣下も別にこの状態を気にされていないご様子だった。

 そのままでいいと、閣下は手で制する。


「ウィルコックス卿、すまなかったな。ヴィンセントの傍にいてやってくれ。しばらくヴィンセントとここに滞在するといい。あとはこちらで片付ける」


 閣下はそう言った。

 いますけれど、本当に伯爵様をもうキャサリンに会わせないですか?


「片付けなければ、卿が独断でまた何かしでかしそうだとヴィンセントも気が気じゃないだろう」


 だって……。


「この身はしがない子爵家当主の身ではありますが、心は伯爵様を守る騎士でありたいのです」


 わたしはそう閣下に伝えた。






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