第36話
やっぱりキャサリンのせいで頭がおかしくなったんだ!
伯爵様がそんなことを言うなんて!
婚約者ですけれど、一気にそんなっ……。
わたしが伯爵様の顔をじっと見てると、伯爵様はため息をつく。
「グレースを想って頑張ったのにな……あの女の魅了で頭が割れるかと思ったのにな」
か、可愛く言っても、ダメなんだからね!
「グレース成分が足りない……具合悪いのに」
「では、大人しくお休み――……」
くださいと締めくくるはずの言葉は、伯爵様が左腕でわたしの胴を抱えてベッドに引き倒されたことで言えなかった。
「大丈夫、何もしないよ、本当に。部屋は寒いから、布団の中の方があったかいだろ?」
伯爵様はぱっと羽根布団を整えて、わたしと一緒に横になる。
確かにそろそろ社交シーズンも終盤で、朝晩寒くはなって来たけど、この館はうちのタウンハウスと違って、室温とか空調とかは完璧、別に寒くない。
寒いでしょとか言うなんて……伯爵様ご自身が寒いのかな。
「寒いのですか?」
倒れた伯爵様を見ただけに、体調の方が気になってしまって、伯爵様の顔をじっと見る。
わたしが慌てて起き上がったり、ベッドから出て行かないので、伯爵様はなんかほっとした感じでわたしを見る。
「うん。ちょっとね。だからグレース一緒に寝て。何もしない。本当に、一緒に寝るだけ」
そうはいうけれど、この現状を許していいんだろうか。
「あーあ。本当についてないなー婚約者と一緒にベッドの中なのに、俺、具合悪すぎ」
むむ……具合が悪くなかったら、大ピンチだったのでは? 段階というものがあると思うのよ。それをすっ飛ばす人じゃないと思いたい。
「万全の態勢じゃないのにヤってもつまらないだろ」
「ば、ば、ば、万全の態勢って何!? ナニをしようというのですか⁉」
わたしの言葉に、伯爵様はぷっと噴き出す。
「誰かに見られたら大問題ですよ」
「婚約者だから問題ない」
こんな風に、二人で布団にくるまって、こそこそ話みたいに小さい声で会話してるの、子供の時に、ジェシカやパトリシアお姉様と一緒に過ごした夜みたいだ。
伯爵様と同衾してる状態で、最初こそは心臓バクバクしてたけど、伯爵様のアメジストみたいな瞳を見つめていると、彼が言うように、今わたしにそういった感じで手を出さないのはわかった。
「頭……痛いですか?」
「グレースがいれば平気」
「わたし……大人しく、待ってましたよ」
「嘘だろ、待ってなかっただろ。あちこちの夜会に出て、マクファーレン侯爵の夜会なんか、もう、ひどい。事業者関連の貴族達がみんな鼻の下伸ばしてグレースを囲んで。あんな綺麗なグレースの傍にいられないとか、俺がエスコートしたかった」
「……伯爵様……」
「でも、あのドレス似合ってた……またああいうドレス着てよ」
ザ、悪役令嬢的なアレ、伯爵様の好みなんだ……。
わたしはどっちかって言ったら、ジェシカとか、アンジェリーナ様みたいな感じの女性が、女の子っぽくていいなあとか思うんだけどな。
ま、まあ、前世に比べれば、わたしのこれはこれで悪くないですが。
っていうか、あのマクファーレン侯爵主催の夜会……、規模が大きくて招待客も結構いたのに、伯爵様はわたしを見つけてくれたんだ……。
すごい……。
わたしは情報収集頑張っちゃってたけど。
「それにさ、グレースがここにいる時点で、大人しく待ってたはないだろ……」
うぐ……そ、それを言われると……。
「閣下に保護されたってことだろ? 何をやんちゃしたんだ?」
子供みたいに甘えていたのに、こうやってわたしに尋ねる伯爵様はちゃんと年上に見える。
「そ、その……不審死で発見されたクロードが金もないのに、遊び歩いていたから、その金の出どころはどこかなって……一緒に遊び歩いていたキンブル男爵に問い詰めたら……まあ、いろいろあって……」
あ、伯爵様の眉間に皺が……。
危うく手籠めにされそうだったことは言わない方がいいだろうな。うん。
絶対に怒られる。
「顔を張られただけですよ。閣下がそれを見てわたしをここに……」
「だからこの仕事受けたくなかったんだよ……ちょっと目を離すと、グレースは好奇心で危ないことも平気でするから」
伯爵様が舌打ちをする。
「ごめんなさい」
だって気になったんだもん……。
伯爵様は仕事で、ブロックルバング公爵の養女、キャサリンに近づいてるのはわかってるけど……。
普通にキャサリンじゃなくても、もやもやするけど……。
「クロードが死んだから……伯爵様もとか……」
心配だったし……。
そんなわたしの言葉を遮るように伯爵様は言う。
「それもヤダ」
それもヤダって何?
「なんで俺が伯爵様で、グレースの元婚約者は名前呼びなの、俺が今、グレースの婚約者なのに」
その顔で弱った感じで甘えて拗ねた言い方にきゅんってきた。
伯爵様ずるい。甘え上手!
「俺だってグレースに名前で呼ばれたい……」
「ヴィンセント様……」
「様もヤダ」
「だって、伯爵様の方が年上だし……」
「また『伯爵様』に戻ってるよ……グレース」
拗ねても、「もういい」なんて、子供みたいなことを言わないところが、やっぱり大人だな。
ちゃんと待ってくれてる。
「ヴィンセント」
わたしがそう呼びかけると、伯爵様はふふっと笑う。
「やっぱり嬉しいね」
そうなんだ。
わたしも、あなたに、結婚を申し込まれた時、嬉しかったよ。
あなたに会うたびに、照れくさいけど、嬉しい気持ち。
キャサリンをエスコートする話を聞くと、もやもやしたし、大丈夫かなって心配したし。
「ヴィンセント」
もしも、お仕事がこのまま続行されて、またキャサリンの魅了にかかって、お仕事じゃなくても近い未来に、伯爵様の好みが変わって、伯爵様の気持ちがわたしからなくなったとしても……。あの時みたいに、クロードの時みたいに「婚約破棄する」とか言われても。
きっと。
「ずっと好き」
わたしがそう言うと、伯爵様がわたしの手を取って指にキスをする。
「具合が悪くて、ほんと残念だよ、俺」
あんまりしみじみいうので、思わず笑ってしまった。
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