第35話





「伯爵様!」


 執事のアボットさんが伯爵様の身体を支える。

 やだ! どうして!?

 アボットさんが従僕や近侍達に担架を持ってくるように指示を出す。

 これには閣下も驚いたようだ。

 立ち上がって伯爵様に声をかける。

 でも伯爵様は意識がない。

 担架で客室に運ばせて、お医者様を呼んだんだけど、お医者様は首を横に振り、魔力に違和感があるので、そこから体調を崩されたと説明された。


「姉を呼んでください! アビゲイル・ウィルコックス魔導伯爵を!」




 わたしがそう叫ぶと、さっそく魔導アカデミーに連絡が入り、日が沈む前にはアビゲイルお姉様がやってきた。

 場所が場所なだけに、連絡早い!

 いつもの魔導アカデミーの制服にローブを纏ったアビゲイルお姉様は、わたしの頭をくしゃくしゃとかきまぜて、伯爵様が運ばれたお部屋へ姿を消した。

 お医者様が診断した時間と同じぐらいの時間が経過すると、お姉様がドア越しから声をかける。


「もういいですよ」


 アビゲイルお姉様の言葉に、アボットさんも閣下もわたしも伯爵様が休まれている部屋に入る。


「めちゃくちゃ強力な精神干渉系の魔法だった。危なかったよ、グレース。よく呼んでくれたね」

「精神干渉系……」

「ま『魅了』だな。ロックウェル卿も相当な魔力を持つから、一気にくる精神干渉系なんて相当な負荷が脳にかかったんだろう。隙をつかれて急激に流し込まれた感じだね」

「伯爵様は、伯爵様は大丈夫なのですか?」

「診たのはあたしだよ? 大丈夫に決まってるでしょ」


 お姉様――!!

 わたしはアビゲイルお姉様に抱き着くと、お姉様は嬉しそうにクスクスと笑う。


「でも。安静だよね。念の為。できればリラックスして――、数日過ごせばいいだろう。きっと頭割れそうなぐらいの頭痛だったはずだし」


 そんな状態でここに来たんだ⁉

 お仕事だからって……。

 わたしがベッドに横たわる伯爵様を見ているとアビゲイルお姉様はにやにやしてる。


「しかし……この堅物のグレースを、普通に恋する女の子にするとは……さすが王都一の色男だよねーロックウェル卿」


「はい⁉」


「照れない照れない。婚約者なんだろう?」


 こ、婚約者ですけど! ですけども!!

 執事のアボットさんも閣下もアビゲイルお姉様同様に、生温い視線寄こしてくるし!

 やめて! まじで!

 慣れてないから! ほんとこういう煽りには照れちゃって慣れてないから!


 結局……。


 執事のアボットさんが「婚約者であるロックウェル卿のお傍におられますか?」と尋ねたのでわたしは素直に頷いて、伯爵様の横たわる寝台の傍に椅子を用意してもらい、そこで伯爵様を看病することに。

 看病といっても見守ることしかできないけど。

 時折、侍女さんが用意してくれた冷たい布を額にあてるくらいだけど、伯爵様の顔を見つめてた。

 目が覚めて起きたら、お水欲しがるかも。お水も用意してもらって伯爵様の傍にいた。


 ――急激な精神干渉の魅了……。


 アビゲイルお姉様の言葉。

 前世のサブカル知識で魅了とか知ってるけれど、実際はこんな風になっちゃうんだ。

 脳に負荷がかかるとか……。

 クロードの死因もそうだったけど、アノ人は別に伯爵様ほど魔力はなかったはず。

 そして長期間でかけられていたらしい。

 ……証拠もないけど、クロードや伯爵様をこんな風にしたのはキャサリンでしょ。

 クロードなんかは発見された場所が場所だけに、キャサリンじゃなく娼婦かもと思ったけど、やっぱりキャサリンでしょ。

 だって閣下の執務室に入って来た時の伯爵様は、夜会で王太子殿下を取り巻いていた側近の貴族の子弟と同じ、表情が抜け落ちた感じだったもの。

 アビゲイルお姉様は、もう大丈夫って言ってたけど、今ここで伯爵様が目を覚まして、


「俺は真実の愛を見つけた。キャサリンは、キミと違って素直で愛らしい。この婚約は破棄させてもらう。このキャサリンこそ俺の運命の女性なんだ」


 とか言い出したらどうするよ。

 キャサリンの魅了のせいだったとしても、伯爵様から想われているってわたしに自信ないもんな――……。絶対ショック受ける。

 わたしでこうなら、現在王太子殿下の婚約者であるスタンフィルド公爵令嬢はもう日々泣き暮らしているだろう。おとりまきのエステル嬢が血気盛んに王太子殿下に言い募るのもわかるわ。キャサリンにワインぶっかけようとするでしょ。


 あと……キャサリンの魅了。

 これバランスとかどうなってんの?

 魅了をかけた相手によって差が出てくるの?

 クロードは蓄積された脳の負荷って言われてるし、王太子殿下なんて学園在学時からロックオンされて、魅了にはかかってるはず。魅了の精神干渉、蓄積されてんじゃないの? 脳死までカウントダウンなわけ? 王太子殿下、キャサリンから離した方がいいよ。

 あと……ブロックルバング公爵……。

 キャサリンを国母にさせるだけでなく、自分で王位を握らんとするとは……。

 野心が凄すぎでしょ。


 わたしがそんなことをつらつらと考えていたら、伯爵様が目を覚ました。

 アメジストみたいな瞳が、うす暗い魔導間接照明に包まれた室内の明かりで光る。


「……グレース」


 よかった意識が戻った。


「ここは――……ああ、ここか……」


 記憶の方もしっかりしてるのかな? ここがどこかわかってる感じだ。


「伯爵様……お身体に不調はございませんか?」


 なるだけ声を潜めて尋ねた。


「大丈夫……グレースを連れてこの場から家に帰るぐらいはできるよ」

「でも、安静は必要だと姉が言ってました」

「ああ……ウィルコックス魔導伯爵か……グレースが呼んでくれたんだな。助かったよ」


 ご自身も精神干渉の魔法を受けたと理解されてるのね。だから、普通の医者じゃないって、察している。

 アビゲイルお姉様が今研究している分野が人体関連なのもご存知なんだ。

 わたしは水差しからグラスに水を酌んで伯爵様に尋ねる。


「お水は飲まれますか?」

「うん」


 うんとか、小さい子供みたい。可愛い。

 上半身を起こして、渡したグラスを手にしている。よかった。意識もしっかりしてるみたい。

 グラスをベッドサイドのテーブルに置くと、伯爵様はポンポンとベッドの端を叩いてわたしにそこに座るように促す。

 わたしは素直にベッドサイドに腰かけて、伯爵様を見る。

 うん、顔色もこの館に来た時と比べるといい。

 わたしは手を伸ばして伯爵様の頬に手をあてる。

 額は冷やしていたから、頬ね。うーん……ちょっと熱っぽいかな……。


「何かお召し上がりになりますか?」

「いらない」


 伯爵様はそう言って、わたしの手を取って唇に当てる。


「ではもう少しお休みください」

「グレースも一緒に寝よう」

「はい⁉」


 うっかりいつもの声量に戻ってしまったよ。




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