第34話
レッドグライブ公爵邸に何故か滞在しているわたし、グレース・ウィルコックスです。
あのあと「夜も遅いし、手当もしなくちゃ、うちに泊まっていってね!」なんてアンジェリーナ様が無邪気に仰って、翌朝、帰ろうとしたら、「まあ! 子爵家当主とはいえ……いいえ、子爵家当主ならば、余計にですわ! そんな腫れあがった顔でうろうろしてはダメですよ!」とか言われて。
二、三日もすると、顔の腫れは引いたんですけどね。
その二、三日の間にアンジェリーナ様は「お茶会の準備をするので手伝って~女の子がいたら~って前々から思っていたのよ~」とか仰って。
いや、わたしはそんなお茶会とかしたことないから手伝いにもならないです的なことを丁寧に上品に伝えつつ、お暇しようとしたら、必殺の涙目うるうる攻撃を繰り出して、侍女や執事から「ウィルコックス子爵、どうか、奥方様の気のすむまで、どうか」とか平謝り気味に押しとどめられて。
だってこの館、王都の貴族街でも王城に近い。
多分、何代か前は王城離宮だったんじゃないかな? この館。
一人でこっそり帰ろうとした夜会の翌朝には執事の人に捕まったからね。広くて迷うよ。
城でしょ、これ館じゃないでしょ。
一人で移動できないってどんだけよ。
お茶会の打ち合わせが終わったと思ったら、今度は、公爵閣下からなんかへんな書類渡されて、忌憚ない意見を述べよとか言われて……なんか引き留められている?
公爵閣下から渡された領地経営の資料についてはめっちゃ興味あるけどね。
でもこれ受け取ったらダメなやつだ。
絶対にまたずるずると滞在を引き延ばされる。
だって公爵邸に連れて来られて今日で3日目ですよ。3日!!
「公爵閣下……無礼を承知でお尋ね致しますが、私ごとき一介の子爵風情を引き留める理由をお聞かせください」
公爵閣下がどんな強面だろうが、悪役面ならわたしも負けてませんよ!
帰りますとも。
こんなことしてらんないんですよ!
不退転の決意で閣下から渡された書類を机にそっと戻す。
公爵閣下は机に肘をついて、ゲン〇ウポーズでわたしを見上げる。
「ウィルコックス子爵、卿の安全の為に、この屋敷に滞在してほしい」
「は?」
「卿はブロックルバング公爵についてどこまで知っている?」
重低音でそう尋ねられて、息を飲む。
ちょっと菫色に近い紫の瞳が、王族なんだなと思わせる。
これがこの人じゃなかったら、知らんがな! と絶叫して猛ダッシュでこの館を逃げ出してる。
ブロックルバング公爵は、この閣下の従兄。
先代の王姉を母に持ち、公爵位で、閣下同様、臣籍降下したけど何かあったら王位継承権が転がり込んでくるんだよね。
「先代国王の王姉の息子で、王族の方としか……」
「ブロックルバング公爵令嬢については?」
「三年前に元婚約者が私に婚約破棄をつきつけた時に連れてきていた、彼の真実の愛の相手でした――その時は公爵令嬢ではありませんでしたが」
閣下は強面の顔で続けろと目線で訴える。
妹の社交デビューから現在王太子殿下と噂があることを知って、驚いたと説明する。
「三年前と同様に、婚約者から相手をとりあげる――それが今回は王族となれば気になりました。一介の子爵家当主風情、しかも女が何ができるわけでもございませんが……」
「憲兵局並に情報が早いな」
「元婚約者が、親から勘当を言い渡されていたのに、王都内で遊興にふけっていたことも不思議でした。そこで元婚約者を知る男に接触を試みて、危ういところを閣下に助けられたということです……」
全部言いましたけど……閣下はまだ何か考え込んでいる様子。
「ブロックルバング公爵は私と同様、臣籍降下した元王族。王位継承権もある。夢をもう一度ならば、血の繋がりも定かではない娘を養女にとりたてるのは、歴史でもありがちだが……そうなると、こっちはどう思う?」
閣下がまたファイルをわたしに差し出す。
「いえ、ですから……」
「領地経営で才覚がある卿の意見を聞きたい」
むう。
ファイルに視線を落とす。
ソファに座って落ち着いて見ろと言われたのでお言葉に甘えて、執務室内のソファに座って出されたファイルを捲る。
硝石を取り扱う領地……?
これ、伯爵様の領地の隣、ブロックルバング公爵家の持つ領地のヤツじゃないの?
ブロックルバング公と閣下は血縁だから入手できるかもだけど……できるもんなの?
なんか不自然な数字……産出量と販売量が違うじゃん。
三年前からちょっとずつ差ができてる。
わたしは、以前、ブロックルバング公爵の領地から硝石が産出されているのを知って、軍に流してるから軍との関係は強いと思っていたんだけど……。
ここにいる閣下は軍のトップ。
ブロックルバングからの硝石産出減少とかは、絶対気になるよね。
時間経過で産出量が減っている――にしては不自然、それにかかる費用はそれまでと変わらないんだもん。むしろ増えてるし。
産出されないからあれこれ試してるにしては……金があるなあ……。
わたしなら、別の領地に切り替えてそっちで儲けを考えるけど……。
ちょっとヤな感じがする……言ってもいいのかな……これ。
「どう思う?」
「隠してるでしょうね、硝石は産出されてるかと――……」
ブロックルバング公爵は三年前まで普通に産出させてる。
けど、ここ三年……激減してるように見せてるけれど。
そしてそれは……つまり火薬とか弾薬とか……を内々に貯め込んでるって……ことで……。
そこまで思って閣下の方を見た。
憶測で言っていいコトと悪いコトがあるからね。
「産出されてるか――……それを自分で持つなら、何に使う?」
「私なら金に換えます。なので自分で抱え込むことはありません。商品ですよね?」
「そうだな……それが正しい。まっとうだ。まして元王族なら国の為に金を回す」
ソウデスネ。
でもブロックルバング公爵は違う。
ひたすら貯めこんでる。
明らかに、これ、戦争準備でしょ。
わたしはてっきりキャサリン嬢を使って彼女を王妃に据えて――国母の父を狙ってると思ってたけど、王家簒奪クーデターの準備もしてるってこと?
人の流れも物質の流れも、誰がどう見ても怪しいでしょ。
……ていうかさ、一介の子爵家当主風情が見ていい情報じゃないよねコレ。
あれ、わたし、コレ見ちゃダメなやつだったんじゃね?
「それを意味することはわかってるって感じだな。しばらくここにいなさい」
やられたー!
こんな情報知ったら監視つくよ、普通に!
なんでコレを見せた!?
執事のアボットさんがドアノックしてやってくる。「お見えになりました」とか言ってるからお客様だよね、失礼して部屋から出ようとすると手をあげて、まだ座ってろと指示される。
ええ――……もう、これ以上情報いらないんですけど!
執事のアボットさんが執務室に連れてきた客人を見て思わず立ち上がる。
「伯爵様!」
思わずそう呼びかけてしまった。
そして伯爵様のそばにいく。
会えて嬉しいというよりも、一体何をされていたのか。
白皙の顔は、真っ青じゃないですか!
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