第32話



 クレセント離宮の夜会は広いから伯爵様とキャサリン嬢がいても、まずどこにいるかわからない。高位貴族と下位貴族、その派閥を超えての事業者関連、ご夫人やご令嬢方にも派閥があって、あとダンススペースと、立食スペースと別れている。

 ジェシカはいまパーシバルと一緒にダンスを楽しんでる。あの子はダンスを楽しみながら、次に話を聞きに行くご令嬢達の集まりを選別しているようだ。


 わたしですか?


 事業関連の紳士達に囲まれております。


「まったくもって、全然関係ない軍人のロックウェル卿との婚約とか、驚きましたよ」

「いやいや、婚約だろう? 結婚したわけではない。ウィルコックス子爵、今からでも考え直してみませんか?」

「然り、子爵のその優秀な手腕を求める若い独身の事業者も多い、私の息子はどうだね」


 遠目から見る、ご夫人やご令嬢達からの視線が痛い!

 伯爵様と婚約しておいて何をその他大勢の殿方とキャッキャウフフしてんだよ! 的なのと、ウィルコックス子爵はロックウェル卿の婚約を破棄するつもりかなのと。

 しかし視線で人は殺せないよ。

 扇越しにそう言ったご夫人や令嬢達をみると、視線があった方々はさっと目を逸らす。

 わたしのこの悪役令嬢面を目の前にして下手なことを言って自分が声をかけられたらヤバイと思ってるんだろう。

 悪役令嬢面でよかった……。

 陰口のマウント合戦だって、わたしが進み出て「何か?」と言ってみたら絶対彼女達半泣き状態になるから。

 そこで「ウソ泣きもお上手、見習わなければ」とか付け加えたら、腰抜かしてパートナーの紳士が慌ててやってきて、わたしの怒りをとりなそうと必死になる。

 ここ数日の夜会でそういうことをやってきたからね。


「しかし、ロックウェル卿と婚約ですか――実家を勘当されたオートレッド家の元嫡男と比べれば、むしろこちらの方が運命的だと思いますね」

「確かに、そういえば、元嫡男は一体どうしてるんだろうね?」

「先日、とある場所で亡くなったのを発見されたそうですが……」


 ちらちらとわたしを慮る視線が入るが、わたしは頷く。


「原因不明の死因で発見されたとのことですね」


 そう言ってやると、紳士達も「うわー知ってんだー」的な表情をしている。


「死因不明だったので、魔導アカデミーが死因調査に入ったとか。姉のアビゲイル・ウィルコックス魔導伯爵から詳細を聞き及んでおります。死因も判明されたようですよ。皆様もお気をつけあそばせ?」


 そう言うと、紳士達は苦笑いを浮かべる。子爵家当主とはいえ一応独身で、婚期がぎりぎりのわたしが言えば反応に困るだろうな。普通の令嬢なら発言しないもんね。


「病気などではなかったのですか?」

「場所が場所ですからなあ」


 まあそっちもきっと持っていたんじゃ無いかな。もげてしまえと心の中で毒づくけれど、それは心の中に置いておく。

 そしてうまく相槌を打ってくれた紳士達はわたしを女性と見ていない節があるね。それはそれでいいけれど。


「魔力干渉があったそうですよ、魅了に長期間かかって脳内に負荷がかかっての突然死だそうです。しかし不思議に思ってます。その場所に足繫く通う金銭を、あの元婚約者が持っているとは思い難いのです」


「そう言われると……」

「ご実家は法衣貴族でしたな。我々のように領地を持って事業をしているわけでもない」

「ご当主が勘当を言い渡しても、母親であるご夫人では?」

「いやー、さすがに息子とはいえ、勘当を言い渡しているのだ。子供可愛さから、遊興の為に支援は出さんだろう」


「でしょう? 不思議ですの。どこの誰が、これと言って才覚もない彼を支援していたのかしらね」


「ですな」

「あ、あいつなら知ってるかもしれませんね」


 え? 誰々? 


「キンブル男爵ですよ、今日も来てるんじゃないかな」


 キンブル男爵ってあのスケベ親父か?

 わたしの同級生をこのクレセント離宮の庭園に引っ張り込んでセクハラかまそうとしていたあの男か。

 女好きだが、事業の才覚だけはあるからな、男爵家にしては金持ってるし。

 しかし、遊ぶ金を死んだクロードに奢るほどではないだろう。

 ちょっと聞いてくるか。

 わたしがその場を離れようとすると、紳士達の輪から声がかかる。


「ウィルコックス子爵、まさかキンブル男爵に会うおつもりか?」

「あの男は酒が入るとちょっと見境ないぞ」


 あ、心配してくれてるのかな?


「元貴族の青年を支援できるなんて、気になるのですよ」


 そう返事をして、キンブル男爵を探すことにした。

 生前のクロードとつるんでいたなら、あの調子のいいクロードが男爵にうっかり何かくちを滑らせているかもしれない。

 どうせ、また何もしらない若いご令嬢に粉かけてる可能性は高いな。

 テラス席で会場と庭園の見晴らしがいい場所を探していると――見つけたわ。


 キンブル男爵。


 案の定、若いご令嬢を誘っている。

 ほんと、ご令嬢、ビシっと断れ。若いから無理か。

 わたしはキンブル男爵と、男爵に引っ張られて行くご令嬢の後を追う。

 テラス席から庭園に降りていき、ご令嬢の拒絶する声が聞えた。

 だから~顔がいいからってほいほいついて行かないように。


「誰か!」

「そんな声をあげて、この場を見れば、困るのは貴女ですよ」


 ほんと、男爵、お前は脳内ピンクすぎだろ。


「キンブル男爵」


 わたしの声かけに、キンブル男爵の動きがとまり、ご令嬢がわたしの姿を見て、ほっとしている様子だ。


「お話がございますの」

「ウィルコックス子爵――……」


 ご令嬢は慌ててわたしの側に走り寄る。

 わたしは連れ込まれそうになったご令嬢に「会場に妹とその婚約者がいるので知らせてきてほしい」と伝えると、ご令嬢は涙を浮かべて何度も小さくうなずき去っていく。

 目的達成失敗ですね。男爵。


「相変わらずですわね、キンブル男爵。そんな艶福家の貴方にお尋ねしたいことがございます」


「はっ、社交界きっての色男と婚約していたのに、元婚約者について聞きたいなどと、ウィルコックス子爵は見た目とは違って情が厚くていらっしゃる。以前もこうやって貴方に邪魔されましたな、ウィルコックス子爵。もしかして子爵は私のことを想ってくださっていた? ならば期待に応えなければなりませんね」


 そう言って手を伸ばすキンブル男爵の手を畳んだ扇で容赦なく叩く。

 キモイ、キモすぎるっ!


「誤解ですわ男爵。あの男の死因はご存知? 男爵もあまり女性にいらぬちょっかいをかけていると、同様の目にあいますわよ?男爵は亡くなったクロード・オートレッドと最近までお付き合いがあったとか?」


 扇で叩かれた手をさすりながら男爵はわたしを見る。


「なんだ、聞きたいこととは」

「あの男、クロードに支援をしていたのですか?」

「なぜ、俺があんなボンクラに金をわたさねばならん」


 ふんぞり返って偉そうに言うけど、一緒につるんで遊んでいたら同じ穴のムジナでしょうよ。


「私は、あの男がなぜ貴方と連れだって遊べるほどの金を持っていたのか……解せないのですよ」


「ふん、守銭奴め……さすが実の父親から裁量権を取り上げた女だな! 目の付け所は金の出どころか! あの男はどこかの金持ちと懇意にしていたそうだ。大方手籠めにした女の家に脅しでもかけたんじゃないのか? 『さる金持ちの秘密を握っているんだ』と嘯いていたからな!」


 やっぱり強請りか……。

 わたしがそう考え込むと、キンブル男爵はわたしの腕を掴み歩き出す。


「何を!」

「お前が代わりだ、顔は好みから外れるが、身体は悪くなさそうだ」


 わたしはぎょっとする。


「離しなさい!」

「煩い、黙れ!」


 バシッと頬に痛みが走る。

 叩かれた……。


「だいたい以前から気に入らなかった! しかし、子爵も女だからな、女に言うことを聞かせる方法があるのを、知らないわけではないだろう」


 ギャー! ちょっと、さっき逃がしたご令嬢‼ 

 ちゃんとジェシカとパーシバルに伝えてる⁉ 

 頼むよ! ヘルプミー!! お姉ちゃん大ピンチですよ!!






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