第31話
チョロかろうがなんだろうが、生まれてこのかた、前世でも今世でも、結婚を申し込まれなかったわたしですよ。
見た目も良くて明るくて、真摯に結婚してくださいなんて言われたら、絆されますって。
そんな人がですよ? 一度はわたしの婚約破棄に関わった女と一緒にいるって、仕事だからって言われて大人しくできるかー!
そんなわけで、わたしはここ連日、積極的に夜会にお茶会に、そしてパーシバルを次期子爵家当主として推す商会の会合(これもほぼ夜会)に出席している。
「お姉様……今夜も完璧です!」
夜会の為のフル武装、深紅のドレスに身を包んで、髪を結い上げてもらい、黒いシルクとガーネットのチョーカー。
鏡に映る自分の姿、まさにザ・悪役令嬢ってところだ。
シェリルとヴァネッサにも後ろに垂らした髪を巻いてもらった。
ゆるくだけど、縦ロールにね!
「ジェシカ様も素敵です」
シェリルもヴァネッサも満足そうに頷く。
「いいわね、ジェシカ、なるべくキャサリン嬢の話題をひろってくるのよ」
「お任せください!」
伯爵様とキャサリン嬢の接近は伯爵様がお仕事で請け負っている旨をちゃんとジェシカには説明し、とにかくキャサリン嬢の噂を他のご令嬢やご夫人から今夜の夜会で拾ってくるように指示を出した。
「なんかスパイみたい! どきどきしちゃう!! あたし、がんばります!」
令嬢相手だとジェシカの方が話しやすいだろう。
頼むよー。
「シェリル」
「はい」
「貴女の主である伯爵様はわたしが守ります」
「……グレース様……」
やるわよ、前世の反動で今世で培ってきた持てるコミュ力を全振りしてやる。
パーシバルもジェシカのエスコートに訪れて、いつものようにいちゃいちゃするかと思いきや、わたしの悪役令嬢スタイルで沈黙していた。
「グレース義姉上にへんな虫がつかないようにするには……僕の紙のような防御力では無理かもしれない……」
わたしは扇をぱしっと掌でつかみ、パーシバルを見る。
「パーシバル。貴方はジェシカに群がる虫を排除してればいいわ。私の心配はいりません。攻撃は最大の防御なの。よく覚えておきなさい」
「婿入り先の義姉上達がかっこよすぎる件……」
お前はラノベの主人公かよ、なんだそのタイトル的発言。
まあいいや。リップサービスでもいい、褒めてくれ。褒めて伸びる子よわたし。
とにかく三人で本日の夜会会場へと向かう為に馬車に乗り込んだ。
アビゲイルお姉様にあてた手紙――それについては先日返信が届いた。
さすが仕事が早い。うちのお姉様有能。さすがお姉様さす姉。
クロードの死因は魔法による脳機能停止らしい。
なんらかの精神系の魔法を一定期間かけられていて、それで脳に負荷がかかって死んだそうだ。
これはね、クロードが発見された場所では数十年前ならわりと頻繁にあったそうだ。
娼館街。
精神系の魔法の攻撃ではないけれど、魅了を持つ娼婦が客を引く為に長期間にわたってその魔法をかけることもある。
魅了に憑りつかれて、なんども足しげく店に通う客が、その精神系の関与で脳へのダメージが蓄積されて突然死する。
現在、娼館街でも結果的には客を殺す――金づるを殺すことになるから、規制をかけているとか。
この内容を知って、わたしはため息をついた。
これじゃあ憲兵当局は娼館街の規制遵守してる店の捜査でおわりだ。
死因がそれじゃあ、クロードがキャサリンを強請ってた(推測)――もしくはブロックルバング家から口止め料を貰っていた(これも想像)とか出てこないだろうな。
勘当されても放蕩息子は実家から金をもらって娼館通いして、そこの娼婦に入れあげて魅了にかかって死にました~はい解決。
遊んでた金の出どころまでは調べないだろう。
それにしても、娼婦の魅了が原因とかさ、どんだけ女好きなんだか。
ジェシカはここ数日、主に下位貴族の夜会に出席してたけど、キャサリン嬢の過去について、周囲が知ることのみの情報しか仕入れられてない。
妹にあまり危険なことはさせられないから、わたしもほどほどでいいと言っている。
しかしジェシカちゃん、自分の働きと成果に今一納得できていない様子。
「でもお、今夜はマクファーレン侯爵主催の夜会だから~同学年の子も多いと思うんだ~」
いや、ほどほどでいいのよ?
普通に社交するついででいいんだよ?
だが、妹は次期、ウィルコックス子爵夫人だ。
わたしを上回るコミュ力発揮して、もう今シーズンの夜会の招待状をゲットしてきている。
中には高位貴族主催の夜会もね。
ジェシカちゃん……恐ろしい子っ!!
そんなわけで本日、招待された場所はクレセント離宮。
高位貴族は招待数が多い夜会を開く時にこのクレセント離宮をよく使う。
マクファーレン侯爵家はね、伯爵様が初めてエスコートした夜会でやらかしたエステル嬢を引き取った子のお家なのよ。ほら、ワイングラスをエステル嬢からとりあげて、わたしにお礼を言ってくれた子。
ジェシカが言うには、とにかく、学園在学当時、高位貴族からも下位貴族からも好感度NO.1の侯爵令嬢、フィーリア様のお父様主催。
なんでも、フィーリア様も王太子殿下の婚約者候補として名前が挙がったこともあるとか。
フィーリア様のお父様は、王家とのつながりよりも、貴族とのつながりに重きを置いて、領地特産品とか他家との共同事業などで、侯爵家の中では群を抜いての派閥を持っている。公爵家も一目おいているお家なの。
だからなのか、私個人に招待状がきたのよ。
ウィルコックス子爵家もちょっとうちの夜会に顔を出してよ、先日うちの娘もお世話になったようだし、寄り子とはいわないまでも、まあとりあえず世間話でも~。
てなお誘いのお手紙だった。
フィーリア嬢は、お父様に友人のエステル嬢がやらかした顛末をお話したんだろうな。
「初めまして、ウィルコックス子爵」
「お招きありがとうございます。マクファーレン侯爵様」
マクファーレン侯爵、なかなか渋いおじ様です。
ロマンスグレーってこういうの?
「先日の夜会で子爵が、スコールズ伯爵家のエステル嬢を宥めたというお話を、うちの娘からきかされてましてね」
「いえ、私にも同じ年の妹がおりますので、つい心配になってしまいました」
マクファーレン侯爵様の後ろに、エステル嬢を連れて行ったフィーリア嬢が上品に微笑んでわたしを見ている。
「紡績関連でいま飛ぶ鳥をおとす勢いのメイフィールド子爵家と並んで、注目のウィルコックス子爵には以前から是非、お話をしてみたいと思っていたところです」
上手い口上だな淀みない……さすが高位貴族。そして前情報を頭に叩き込んでる記憶力ぱねえ。
この侯爵様できるお方だな。
「しかし……」
「はい?」
「婚約されたとお噂を耳にしたのですが、別のお話も聞き及んでおります」
んん――、伯爵様との一件かー。
これは他言するべきか否か。伯爵様は仕事だと言った。ここはあえて何も語らずにアルカイックスマイルを浮かべる。
「殿方の思うところは、また別のことでしょう。なに、わたし自身、一度は婚約破棄されておりますので、二度も三度も同じこと。当家の事業提携の破棄に比べればなにほどのことでもございません」
強心臓、強メンタル、でなければ実父から裁量権とって、家を盛り返せないだろうと言外に匂わせる。
「素敵……ウィルコックス子爵様ぐらいの強さを、アンドレア様もお持ちでしたら……」
父親の後ろに控えていたフィーリア様も両手を組んでそんなことを呟く。
わたしは彼女を見てカーテシーをする。
「先日はありがとうございました。フィーリア様」
「とんでもございませんわ。あの場を収めてくださったウィルコックス子爵は、とても素敵でした」
「娘は、ウィルコックス子爵にどうも憧れを持ったようで、今夜も誘ってくれとねだられましてな」
仲良し親子だな。ちょっと羨ましい。
いやうちも仲良し姉妹だけど、父親は母に愛情全振りだったから、頼もしい父親像とかには憧れちゃうんだ。前世も今世も良くも悪くも放任すぎたからさー。カッコイイお父さん羨ましいな。
「でも今夜はちょっと心配しておりました。ご気分が悪くなってしまったら遠慮なく仰ってくださいね」
うん?
言い辛そうなフィーリア嬢から聞き出すと、伯爵様がキャサリン嬢をエスコートして今夜この夜会に出席しているとか。
今までの夜会と比較すると今夜の夜会は最大級規模だから、それはあるだろう。
なるべく伯爵様の邪魔はしないように、クロードのことについて知ってる人物を探そう。
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