第30話



 別に元婚約者だからって特別な感情とかはないけれども、むしろ、その存在はわたしの中では過去のものだけど。

 でも死んだ? 変死体?

 いきなりすぎないか? 放蕩尽くして野垂れ死ぬとしてもあと10年ぐらいは生きててもおかしくないでしょ。


「確かなの?」

「義姉上の代理で出席した商会の会合で、この話が持ち上がりました。娼館街の裏道で発見されたそうです」

「変死体って、どういうの? 死因が判明していないの?」

「はい」


 何それ、原因不明の突然死?


「え~あの頭の足りなさそうな人だから、アノ人の傍若無人の振る舞いが、同じように頭の足りない人を怒らせて撲殺なり刺殺なり絞殺なり銃殺なりされたんじゃないの?」


 ジェシカがとんでもないツッコミを入れてくる。


「発見したのが実は商会の会合で顔を合わせる御仁で」


「……娼館街の裏道で発見なんでしょ、いやっ! 発見者の方も不潔っ!」


 ははは、ジェシカちゃん、もうツッコミはいいよ、話が進まないから。

 パーシバルもそう思ったのかジェシカの口を手でふさぐ。そしてどさくさに紛れてジェシカを抱きしめてるし、この次期当主。


「ジェシカ、退室するか。無言でいるか選びなさい」


 わたしがそう言うと。ジェシカはコクコクと首を縦に振る。

 よし、沈黙を選んだな。

 口を塞いでいたパーシバルの手を取ってまた抱っこちゃん人形のようにパーシバルの腕に自分の腕を絡めている。

 執務室に設えている、やや小さめな応接用のソファにそれぞれ腰をかけて、わたしはパーシバルの報告を促した。


「発見者の方が言うには、外的死因は見受けられなかったそうです」


 つまり先ほどジェシカが挙げた死因ではないということか。


「毒殺?」


「その線で死因を調べているでしょうね。ただ、発見者は、魔力の痕跡が見受けられたと」

「王都で魔法や魔術、魔力を用いるのはご法度でしょ」


 例外は魔導アカデミーだけで、あそこは施設と自分の邸宅での研究以外使用されないはず。

 魔力は貴族が有するもの。

 三世代前は内乱というか――戦国時代的な乱世で……そういう力のある者が上に立って現在のラズライト王国をまとめていって現在に至る。

 だから魔力を持つ者=貴族で、政略結婚があるんだけど。残念ながらわたしにはありませんでした!

 ウィルコックス家でそれを持つのはアビゲイルお姉様だけ!

 まあうちだけじゃないけど……今はそういった魔力を持つ者とかはあまりいない。

 あっても軍や騎士団みたいなところでの身体強化ぐらいか。

 外傷なし死因不明、魔力痕跡ありだと、あきらかに犯人は貴族だ。それに死因調査は憲兵局の法医監察担当じゃなくて、魔導アカデミーに依頼が入る案件だ。

 わたしはソファから立ち上がり執務用のデスクに座ると、アビゲイルお姉様宛に手紙をしたためる。

 お姉様からヤツの死因の情報を得たい。

 多分魔法使ってるから貴族なんだろうけど。


「で、死んだクロードだけど、娼館街に出入りするからには、羽振りが良かったんでしょ?」


 金がないと女は買えないはず。


「そこのところはまだ情報が入らないですね、遺体も憲兵局に回されているし、引き続き調べますが、現状でわかっているのはグレース義姉上に復縁を迫った後、アビゲイル義姉上に脅されてあの場から逃げ出したにも関わらず羽振りがよかったようです。彼が遊興で散財していた金銭の出所は実家ではないのは確かです」

「でしょうね」


 オートレッド家自体は領地を持たない法衣貴族だ。

 あのバカが遊び歩いて使いつぶす金を渡す資産はないだろう。

 そもそも勘当しているし。


「そうなると、クロードはどこから遊ぶ金を手にしたのかしらね」


 そう言いながら、アビゲイルお姉様宛の手紙を書いて、ハンスを呼んで手紙の配送を依頼する。

 そしてそのまま山と積まれた茶会や夜会の招待状の選別を始める。


 こういった場から情報が出てくることもある。

 ここ最近のクロードの行動を知る人物は絶対にいる。

 平民落ちなくせに、羽振りがよかったのだから。


 なんでクロードが金を持っていたのか。

 どんな様子だったのか。


 別に未練じゃない。でも、死んでよかったじゃない。

 婚約破棄されたけどそこまで憎んでいたわけでもないもの。

 クロードに対する感情とかは凪いでる。


 じゃあなんでこんなことしてんのよ。

 決まってるじゃない。

 伯爵様が一人でそんな危ない調査なんかしてるからでしょ。

 婚約者、誰だと思ってんの?


 わたしだよ、わたし! ウィルコックス子爵当主のわたし!


 そんな危ないコト、一人でとか!

 伯爵様の方がわたしの何倍も強いだろうし、地位も金もある。

 けど、わたしを婚約者に選んだら、わたしと、結婚したいなら、協力させてよ!

 もう結構ほだされちゃってるよ、自覚してるよ、だから手伝うし、助けたいの!



 疑わしいのはブロックルバング公爵令嬢キャサリンなんだけど、クロード程度のごく潰しに金を強請られて身代傾けるほどブロックルバング家の資産力は脆弱じゃないはず。

 もちろん、金持ちほどケチっていうのもあるから、金持たせてぶらぶらさせてるなんてつもりもなかっただろうけど。

 脅して王都追放なりさせることもできただろうに。

 いきなり殺すとか、まるで前世のマフィア並じゃない。


「わたしは伯爵様の結婚の申し込みを受けました。わたし自身の力の限り、協力は惜しまないの。だって結婚するって言ったんだもの」



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