第29話



 伯爵様が先触れもなしにウィルコックス家のタウンハウスに現れてから、数日経過していた。

 それまで小さな花束とかお手紙があったのに、それが一切なくなった。

 でも彼が社交界に顔を出しているのは知っている。

 エイダの実家エインズワース新聞の社交欄では「ロックウェル伯爵、ブロックルバング公爵令嬢と接近!?」の記事をでかでかと見出しを付けて、若い貴族のご令嬢達の悲鳴を上げさせている。

 パーシバルのお兄様メイフィールド家や、わたしの引継ぎで顔を出す商会相手からも話を聞いてご注進にくる。

 そんな状況を見て声を上げたのは妹ジェシカだった。


「どーゆーことよ⁉ 伯爵様!!」


 激おこか。激おこなのね。

 わたしが手にしているエインズワース新聞を取り上げて、わなわなと震えている。


「アビゲイルお姉様に連絡して、切り刻んでもらうわ!」


 おいおい。過激だなあ。


「お姉様は腹が立たないの⁉ 堂々とした浮気よ⁉ この間なんていきなり先触れなしで訪れたじゃない!」


 ジェシカの言葉に、いきなりぎゅうされたのを思い出して、片手で顔を覆う。

 前世より今世の方が、男性と話したり、夜会でワルツを踊ったこともあるけれど、前世も今世も含めてぎゅうはなかったわ!

 ぎゅうだけで内心はわわでしたよ。

 ぎゅうされながら『信じて』なんて言われたから、信じちゃうの?

 チョロすぎるわー自分自身で呆れるわー。

 上のお姉様二人が説教するはずだ。

 ワルツ三回のだまし討ちのことも、いきなりなプロポーズも、伯爵様に対して懐疑的だったのに、今回のこの件については何故か疑惑を持てないとか。

 仕事と言った伯爵様のその言葉は嘘じゃない……そう思っている自分に驚いているんだよね。

 じゃあ、わたしが伯爵様のことを絶対的に信じていて、こんな風に他人からいろいろ聞かされてもなんとも思ってないのか? と言われると否だ。

 怒りはしないけど、もやもやしますよ。

 たださ……。

 なんか見た目がいいと、こういう仕事もやらなきゃいけないとは……同情するというか、これ、わたしが男だったとして、同じことをやれと言われたらちょっとヤダなー……。

 所謂これって、ハニートラップ要員で駆り出されてるってことでしょ?

 伯爵様は見た目がいい。華やかだ。

 例の「この身は騎士でありますが~」のセリフも最初は洒落のつもりだったけれど、それが若い令嬢に受けたからこそ、こういう案件を他にも受けてたかもしれない。

 憶測だけど、伯爵様はその見た目で、結構利用されてきたんじゃないの?

 軍上層部なのか別の貴族の思惑か、断れない事情で引き受けた――事案もありそうじゃないのかな。


 ――これは仕事だから。俺を信じてほしい。


 って言葉がもうそういうことを考えさせるわ。

 もうこの時点で、結構、伯爵様への好感度上がってるなー自分……。


「ジェシカ」

「はい!」

「キャサリン公爵令嬢について何か知ってる? 同学年だったわよね?」

「高位貴族令嬢だったからお話する機会もなくて、人と為りはわからないの。……だいたい王太子殿下が夢中なキャサリン嬢に声をかけるとか伯爵様も――……」

「学園入学時にはすでに公爵令嬢だったということね」

 ジェシカの言葉を遮る。

「うん」

「いつから王太子殿下はキャサリン嬢に夢中なのかしらね」

「それは高位貴族サロンのお茶会の時からです!」


 ああ、高位貴族の令嬢子息が学園内で年三回ほど催すお茶会ね。

 学園内でも一応あるんだよね。

 主催は高位貴族だけど、準備はわたし達みたいな下位貴族にさせるアレね。

 うまく準備したものが高位貴族に取り立てられ、顔を覚えられるってことで、家同士のつながりとか寄り親寄り子の関係強化とかにつながるイベントよ。

 わたし? 在学中に全サロンの準備に関わりましたわ。クソほど忙しかったのに、みんな準備慣れしてないんだもん。一回やったら結構頼られたのよね。二年時は家のことで、もうそれどころじゃないって断ったのに、領地経営についていろいろ手伝うから~とか言われて、結局三年間やったわよ。


「ジェシカが一年時の?」

「はい。キャサリン嬢は高位貴族として出席するはずだったんですけれど、気後れしたのか逃げるように出ていく姿を王太子殿下が見て、彼女を追いかけてから、それ以来ずっと王太子殿下はキャサリン嬢に夢中っていうか……」


 ……ほほう。

 そこは乙女ゲーヒロイン的なテクニックで王太子殿下を惹きつけたってことか。

 ここ乙女ゲー世界じゃないけどね。

 けどそれさ……。


「めっちゃテクニックっていうかーあざといかんじですよね」


 ジェシカが言うのか。それほどだったのか。


「っていうのがスタンフィルド公爵令嬢派閥の方々のご意見だったわ」


 ……キミの意見ではないのか。


「ジェシカはどう思った?」

「えー、パーシーと学園で一緒にいられる一年だったから、ずっとパーシーと一緒だったもの、王太子殿下をめぐる高位貴族のご令嬢のさや当てとか、あんまり興味なかったです」


 そうか……。


「でも、やっぱり狙ったでしょ、サロンの逃げ出しは。出自はいろいろ噂もあるご令嬢だけど、マナーも所作も完璧で、他の伯爵位や侯爵位のご令嬢にだって劣らない感じでしたよ」


 そんなご令嬢とクロードはどうやって出会ったんだか……。

 嫌だけど、やっぱクロードに訊いてみるかな。


 わたしがそんなことを考えていたら、パーシバルがきたことをハンスが知らせてくれた。

 そのまま執務室にジェシカも一緒に向かうと、パーシバルは顔を青ざめさせている。


「パーシー」


 婚約者の腕に自分の腕を絡めるジェシカ。

 微笑ましい若いカップルのいつもの姿なのだが、パーシーは片手にエインズワース新聞を手にしている。

 あちゃー、お前も見たのか、その新聞。


「グレース義姉上」


 はいはい、お前も見たのね、その社交欄。


「ちょっと耳に挟んだのですが……この新聞を見てください」


 イヤ見たけども。


「社交欄でしょー、伯爵様の裏切者ー! さっきお姉様も見たわ!」


 ジェシカがパーシバルの腕に掴まりながらも、ぷんぷんしている。


「そこじゃない。こっちです」


 社交欄の隅の方にある記事を示す。

 伯爵様の艶聞で大部分を占めている紙面の下の方の小さな記事。

 貴族男性の変死体発見の記事だ。


「名前は伏せられてますが、この変死体で発見されたのは、クロード・オートレッドです」






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