第28話 ヴィンセント視点
夜会から二日後、憲兵局王都治安部に配属されている友人ライナス・アークライトに呼び出された。
久々にランチでもどうだと言われ、この男がランチとか……どういう風の吹き回しだと思ったが――仕事がらみなのはライナスの開口一番の言葉ですぐにわかった。
「婚約おめでとう。ヴィンセント。一昨日の夜、お前どこにいた?」
「オルグレン侯爵主催のクレセント離宮の夜会、婚約者グレースのお披露目だが?」
事前に何度も言ってたから知っているだろうに、何を言い出すやら。
「だよなあ。ウィルコックス子爵はどうだった?」
「高位貴族主催の夜会は初めてらしくて、緊張していたのが可愛くてね」
「あの女子爵が緊張……」
世間の噂と現実の彼女との乖離が激しい。世間の噂同様に、事業者として優秀だし、隙がないが、家族思いで優しい。笑うと年相応で可愛いんだが。
「夜会が終わる頃合いで彼女を送り届けたが?」
「もちろんお前がだよな?」
当たり前だ。何を言ってるんだ。
ライナスはまあまあと両手を広げて振る。
「いや、気を悪くするな、形式上尋ねただけだ。昨日の朝、変死体が発見された。場所は王都の娼館街の裏道で。被害者はクロード・オートレッド。勘当されたオートレッド子爵家の長男だ」
グレースが気にしていることを探るには、クロード・オートレッドに当たった方がいいだろうと思っていたが、その矢先にこれか。
「憲兵局はグレースを疑うのか?」
「怒るなよ、だから、非公式でヴィンセントに尋ねてるんだ」
「クロード・オートレッドは――アビゲイル・ウィルコックス魔導伯爵に脅されてからウィルコックス家には近づいてないだろ」
「脅されたって何?」
「俺が婚約の申し込みをする直前に、グレースに復縁を言い寄ったらしい。グレースの姉妹を罵倒してな。魔導伯爵が私兵に取り押さえさせて脅したら逃げたとか」
「あー……赤毛の魔女の血族を罵倒するとか、なんて命知らずな」
「命知らずというよりも、世間知らずの馬鹿だろう……だから殺されたんじゃないのか?」
俺がそう言うと、ライナスは詰め寄る。
「何か知ってるのか?」
「お前の部署じゃない案件になるかもしれない――ぐらいかな。俺の推測だと。被害者の過去の動向を探ったら……すぐに上から待ったが掛かるんじゃないのか?」
「どういうことだ」
「クロード・オートレッドは、三年前にグレースに婚約破棄をつきつけた。そんな勝手をしでかしたクロードをオートレッド家は勘当。縁戚の牧場を任せてみたが、貴族生まれの貴族育ち、甘やかされたボンボンに労働とか無理だったろう。勘当された三年間、あいつ何してたんだろうね」
「……まあ、なんだ、そういう男なら……仕事しねーな」
「ともかくその牧場に嫌気がさしたか、追い出されたかはわからないが、王都に戻れば前と同じように華やかで刺激のある生活ができそうだと思ってそうだ」
「確かに」
「クロードが王都に戻ってきたところでヤツが何をしていたか――そこは調べたか?」
「これからだ」
「王都に戻ってきたクロードがアテにしていたのは、実家と元婚約者のウィルコックス家、それ以外いなかったか調べてみた方がいい」
「うん?」
「グレースに婚約破棄を言い渡した時に、キャサリンという名の令嬢を傍に伴っていたそうだ。現在のブロックルバング公爵令嬢だ。グレースは覚えている。先日の夜会で間近で見て確認した」
「なんだと!?」
ライナスは慌てて立ち上がる。
お前から誘っていてランチどころじゃなくなるな。これは。
「キャサリン嬢の出自は男爵令嬢だが――」
「元は平民じゃないかって噂もある……今王太子殿下が婚約者そっちのけでご執心のか⁉」
「だから上から待ったがかかるかもしれんと言った。時間勝負だぞ」
「ありがとう! ヴィンセント!! 恩に着る!!」
「礼は調査の経過でいいぞ」
「げ、そ、それはちょっと……」
立ち上がってじりじりと歩道へと後ずさるライナスが躊躇う。
だが、それぐらいは融通しろ。
「グレースは可愛いんだけど、ちょっと好奇心旺盛な猫みたいな子だから、猫パンチが繰り出される前に片付けておきたいから言ったんだ」
「ええ~~!? オレのツケでそこの飯食うのだけじゃダメ~!?」
困惑したライナスの声はすでに店舗前にあるテーブル席から離れて、大通りを走り出していくので遠く聞こえてくる。
「ダメに決まってるだろ」
貴族監査部が出張ってブロックルバング公爵家を叩けば埃もでてくるだろうが、その前に金を掴まされて調査中断もありえるからな――……。
いや、もうすでに動いてるのかもしれないな……。
コーヒーのお代わりとメニューを持ってきたウェイトレスに代金とチップを払って俺は店を後にした。
グレースの身辺には護衛をつけているが、心もとない。
腕はいいんだが、人数少なすぎだ。
公爵家の湯水のような財力と人材で捻られたらこちらも手が出ない。
そんなことを考えながら、王都を巡る、乗り合い馬車の停留所で馬車待ちをしているところで声がかかる。
「ヴィンセント様」
「……これはアボット子爵こんなところで」
子爵位だが、彼は高位貴族のお抱え執事だ。
貴族街の商業エリアとはいえ、彼自身がここにいて買い物や食事をすることはない。
彼が仕えている主人と同様の待遇で、あの邸宅にいるだけですべての用が足りるはずだ。
「お迎えに参りました。旦那様がお呼びでございます」
俺を呼び出す為だけに、この執事が現れるとはな……。
思い当たることは結婚の件か、ライナスが探っている事件の裏にいると思われる大元の件か。
執事のアボット子爵は俺がごねずに後をついてくるものと思って、乗り合い馬車の停留所から離れ、貴族の馬車を街で留める専用の停留所へと歩き出していく。
俺もその場から離れ、執事の後ろを歩き始めた。
何度か訪れたことのあるこの館に入り、俺を呼び出した人物と対面する。
直接的な上官ではないが、階位が離れすぎているので敬礼をする。が、「それはやめなさい」と言われ、貴族的な礼をすれば、ため息をつかれた。
解せん。
「結婚するそうだな」
「はい」
この人がどんな相手を薦めようと、この件だけは俺の意思で決めたかった。
「しかも子爵令嬢とか」
「訂正をお願いします。子爵家当主ですよ」
「婚約破棄されたという話じゃないか」
なんだ。調べてるのか? それとも噂だけを鵜呑みにしてるのか?
あからさまにそんな脛に傷を持つような娘をと言いたいのかな?
「有能な女性ですから妬みも嫉みも多い。閣下には通り一遍の噂話しかお耳に入らないかと思われます」
「有能? 父親の裁量権をぶんどって、自ら当主を名乗る娘がか?」
「普通の令嬢だったら、そのまま家の没落を黙って指を咥えて見て嘆くだけでしょうから」
「……なるほど」
「話はそれだけで?」
「いや、少し調べてほしい。キャサリン公爵令嬢についてな」
本当にいやなことを押し付けてくるな……。
こっちは婚約者と信頼関係を築こうとしている真っ最中だっていうのに。
「王太子が熱をあげている令嬢を調査? それともブロックルバング家自体についての内偵ですか? 監査部がすでに動いてると思っておりましたが?」
この人も。表情が読めないと言われがちだけど、グレースに比べればわかりやすい。
やっぱり監査部もう動いてるのか……。
「何か知ってるのか?」
「グレースが教えてくれたんですよね。ブロックルバング公所有の辺境領での硝石の産出がここ三年ほど低下。ブロックルバング公は三年前の国防戦役を率先して進めたタカ派だ。
平和条約が結ばれた途端に、硝石の産出が低下して、公は自身の派閥から養女をとり、王太子殿下に近づけている。ブロックルバング公は閣下と同様、臣籍降下してますが、閣下と違って王位に未練たらたらですからね」
王太子に養女を近づけた時点で、陛下が黙ってるわけないだろう。
「お前の婚約者が調べたのか?」
「御意」
「だから、それはやめろと言っている」
「ちなみに、ブロックルバング令嬢は――三年前は男爵家の令嬢で、とある子爵家の男と結婚する予定だったそうですよ。その男がグレースの元婚約者だったんですがね」
「……13歳でか?」
「女性はメイクで年齢をごまかせますよ。当時すでに16歳でサバを読んでいるのかもしれません。出自が本当に男爵家なのかと噂は耳に届いてるでしょう? 三年前のキャサリン嬢を知る子爵家を勘当された元嫡男は、昨日の朝、貴族ご用達の娼館街の裏道で変死体で発見された――国の事を憂うならば、王太子殿下とブロックルバング公爵令嬢は引き離した方がいいでしょうね。陛下もそんなことを閣下に頼むほど、王家の方では大騒ぎなんですか?」
「王太子殿下の熱の入れ方がな」
「私は婚約者に誤解されたくないのですが」
「婚約者ならば信じて待ってくれるだろう?」
おいおい、貴方の奥方、同じ立場なら信じてくれるんですか? 信じちゃうか。あの方なら。
「一度婚約者を奪った女が二度も婚約者を奪うとか普通の女性ならば修道院へ行きそうですよ、責任取ってくれるんですか?」
「お前が選んだのは、普通じゃないとお前自身が先ほど言わなかったか?」
普通じゃないのは仕事面で有能ってことであって、色恋沙汰にはとんと初心なんですがうちの子猫ちゃん。
「誤解する前に、事情を説明しても?」
「秘密裡に遂行しろ」
これはひどい……無茶ぶりだな。
グレースに言い訳せずに黙ってやれってことか。
王家が関わっているからか。
やけくそで、俺がグレースのところへ婿入りしたっていいけど。グレースが爵位返上で貴族位を捨てるなら俺もそうしていいし。
そんな気持ちが強くて言葉に出していた。
「彼女は口が堅いので、事情をちゃんと説明します。下手に動かれたら大変なことになります。ご存知でしょうが、アビゲイル・ウィルコックス魔導伯爵の妹なのです。閣下の仕事にも少なからず支障がでるかもしれません。でなければこの案件は別の人物に任せてください」
うちの可愛い猫はそんな大人しい子じゃないぞ。
俺は内心しぶしぶながらも、見た目は綺麗な敬礼して部屋を出た。
もうこの件が終わったら、即、婚約式をして、グレースを家に迎え入れてしまおう。
俺は心にそう誓った。
閣下の館を辞して俺はまっすぐにグレースの家に向かう。
貴族街のウィルコックス家のタウンハウスはーー俺が育った家を思い出す。
貴族の持ち家の一つなのに、狭小で、だけどどこか温かで。
グレースは意外にも外出しておらず、家にいた。
エントランスの前に出て俺を応接室へ招き入れようとする彼女が、笑顔を見せてくれた。
特別に想ってくれてるのかな?
俺が彼女を想うぐらいに――とはいかなくても、少しは俺のことを想ってくれているからこその笑顔だと信じたい。
差し伸べてくれる手をとって、俺は彼女を抱きしめた。
「は、……伯爵様っ!?」
彼女が動揺している様子が表情を見ないでもわかる。
「グレース、上からブロックルバング家の調査を命じられた。これは仕事だから。俺を信じてほしい」
腕を緩めて、彼女の両肩に手を置いて彼女の顔を見つめると、金色の瞳が俺を映す。
「この仕事、終わったら――婚約式をあげて、すぐに、キミを家に迎え入れる。結婚までまたずに一緒に暮らそう」
強くて優しい婚約者、どうか俺を信じてくれ。
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