第26話
現状は高位貴族主催の夜会。
王太子とキャサリン、その状態にモノ申す的な何某家のエステル嬢。正義は我にあり的な感じで完全に頭に血が上ってるでしょ。
高位貴族の夜会でキャットファイトが始まるか? ぐらいで、年上の方々は集まりもせずに遠巻きに見守っている。
わたし自身もそうすべきなんだろう。
けど、目に入ってしまったのよ。
一方的に糾弾をしてるエステル嬢の近くに給仕が向かってるのを。
おい! そこの給仕! 止まれ! お前は近くでそのキャットファイト見たいだけと違う?
エステル嬢が給仕のトレイからグラスをひっつかんで中身ぶちまけるの、予想できるんですけど⁉
「伯爵様、失礼」
わたしはそう言うと、伯爵様から離れて、給仕の後を追うように、騒ぎの中心へと向かう。
野次馬多すぎだよ!
見てるだけじゃなくて止めようよ!
わたしは人込みをかき分けて、エステル嬢の方へ向かうと、会話が明瞭に聞こえてくる。
「だいたい――、今の身分がどうであれ、元は男爵令嬢じゃない! お前のような者がこの夜会に出ているって事自体がおかしいのよ!」
わあああああ! おちつけええええ!!
完全にヒートアップしたエステル嬢が横切る給仕のトレイからグラスをひっつかんだところで、わたしはエステル嬢の前に立つ。
いきなり言い争いの間に割り込んできたわたしを見て、エステル嬢も輪になっていた者達も驚く。
そりゃー、ハイヒールでの素早い移動で割り込みなんて、この場ではなかなかお目にかかれないでしょう。
前世のわたしなら、まず無理な反射と運動神経だ。
今世、体型維持に頑張ってきた成果がこういうところで発揮できるとは。
それにしたって、視線が痛い。
これだけ注目を浴びているのに、エステル嬢本人、気が付かないのか。
あとさ、殿下とキャサリン嬢の周りに、なんか殿下の側近と思しき青年達がいるけど、キミ達は一体なんなの。
もう乙女ゲーのヒロインとそのメイン攻略者とその他攻略者達みたいなイケメンぞろいだけど、ぽけーとしてるのはどういうことよ。
身を挺して殿下を守ってこその側近じゃないの?
「少々、御酒を召しすぎでは?」
エステル嬢を見下ろす感じでそう言ってみた。
今世のわたしは結構身長あるよ。エステル嬢より目線少し上だからね。
マナーがなっていない子供を叱るガヴァネスのように、エステル嬢を一瞬睥睨するとエステル嬢は怯む。
その隙をついてエステル嬢から視線を外して、周囲に視線を向けて言ってみた。
「このレディのシャペロンかエスコートの者は? ご友人の方でも構わないわ。この方を控室の方で休ませてあげて下さらない?」
ご友人と思しき令嬢達がエステル嬢を取り囲んで、傍に寄る。
「それと、そのグラスを預かりますわ」
エステル嬢ががっちり握ったグラスを、近くに寄ってきたご友人達が取り上げてわたしに渡してくれた。
「ありがとう」
わたしがグラスを受け取り礼を言うと、渡した名も知らないご令嬢はわたしに礼を言ってくれた。
「いえ、こちらこそ、ありがとうございます。ウィルコックス子爵」
あら、こんな高位貴族主催の夜会なのに、わたしを知ってる子もいるのね。
「付き添ってあげてね。彼女が落ち着いたら今夜は家に帰すといいわ」
お姉さんぶってわたしがそう小さく告げると、彼女は頷いてエステル嬢を囲んで会場を出て行った。
よかったよ……。
何家のエステル様だかわからないけれど。このグラスをキャサリン嬢にぶちまけたら、絶対に王太子殿下にも被害は及んでいた。
こっわ!
王族にワインひっかけるなんて、お家の信用丸つぶれでヘタしたら、降爵とかだってありだし!
行動に移す前に、ちょっとは想像しよーよ。
この状況の騒ぎで収まったら、エステルちゃんはお家で両親にこってり絞られて、もしかしたら婚約が伸びたり解消されたりするかもだけど、いきなり修道院行きとかにはならないでしょ……ならないよね? ギリギリセーフだよね?
「そなた。礼を言う」
わたしの背後からお声がかかる。
声の主は王太子殿下。
振り返り、その姿を拝謁すると、金髪に菫色の瞳をしていた…。
王族の方なんて雲上人だから、今回こんな間近で拝謁とかは初めてだけど。
わたしはさりげなく殿下にエスコートされている令嬢キャサリンに視線を落とす。
うん……三年前の婚約破棄の時と同じ人物だ。
当時はやはり未成年だったってことか……。
あの時は幼いって感じも……しなかった気がするけれど……そこはメイクでなんとでもなるし。
雰囲気から察するに、三年前に付き合った男が、婚約破棄を言い渡した存在を、覚えてないみたい?
でも、貴女は今、三年前と同じことやらかしてますよね?
覚えてるでしょ? 覚えているよね?
悪役令嬢系のこの顔は記憶に残りやすいはずなんだけどね。
心の中で詰め寄ってるけど、実際は視線を合わせて双方睨み合う……まではいかないか、視線が合うだけで。
それでもって、キャサリン嬢にはなんの表情もうかがえない。
恋に恋する熱っぽい視線を王太子に向けることもない。
婚約者のいる男性からエスコートを受けて、困惑しているという様子もない。
「名前は?」
殿下から声をかけられる。
「グレース・ウィルコックス子爵。私の婚約者です」
答えたのは伯爵様だった。
いつの間にかわたしの隣に立って、肩を抱く。
伯爵様――! 近距離すぎる!
「ロックウェル卿の?」
王太子が目を見開く。
「婚約したらしいとは聞いていたけれど、そうか、おめでとう。それと、ウィルコックス子爵令嬢、改めて礼をいう、ありがとう」
いや、子爵令嬢ではなく子爵なんですよ、殿下。
いちいち訂正することもないか。
「とんでもないことでございます。まだお若いご令嬢とお見受けした故、御酒と雰囲気に酔われてのことかと案じました」
エステル嬢の噛みつき具合はさすがに場を考えろと思う貴族も多いだろう。
しかし、義憤を表に出して上にモノ申すという勇気、わたしは嫌いじゃない。
だからちょっと庇うような発言もしちゃったよ。
わたしがそう言うと、伯爵様がわたしが持ってるグラスをとって、会場内を回っている給仕に渡す。
仕草がな……ほんとこういう場慣れしてるって感じ。
「ウィルコックス子爵ですよ、殿下。若く美しく、領地経営においては才能の塊」
伯爵様! 訂正してくださったが、なんかほめ過ぎでは!?
内心あわわ状態だが、再びキャサリン嬢に視線を移すと、整った可愛らしい顔にそぐわない瞳をしていた。
けれど、それは一瞬で、キャサリン嬢はまた、王太子を見つめている。
やっぱりそこには、恋に浮かれる熱はない。
「でも、少し怖かった……」
甘えるように呟くキャサリン嬢だがこれは嘘だろう。
声も表情も、その顔面の良さというアドバンテージでの演技っていうのがわかる。
なぜか。
わたしが今世でそうやって生きてきたからだよ!
冷酷、尊大、傲慢な子爵家当主っていうイメージの固定は、この顔面でブーストかかっていたからね。
キャサリン嬢は愛らしく儚く、たおやかな感じを出している。
でも演技だ。
瞳の奥が――暗いのに、ギラギラしている。
「大丈夫だよ、キャサリン、僕がいるから。気分が悪いなら送ろう」
恋してる王太子はキャサリンにひたすら甘くそう囁く。
キャサリン嬢が頷くと「ではロックウェル卿、ウィルコックス子爵、楽しんでくれ」と王太子殿下はそう言い捨てて、キャサリンの腰を抱いて、ホールの出口へと向かって行った。
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