第25話





「まあまあ、グレース嬢。この度はおめでとうございます。グレース嬢には是非にしっかりした方をご紹介しなければと思っていたところなのよ――まさかロックウェル卿とは」


 フォースター侯爵夫人のお言葉。

 このフォースター侯爵夫人はパトリシアお姉様に、是が非でも、裕福な高位貴族との縁談をと当時、めっちゃ張り切っていた。

 しかし、パトリシアお姉様は「家柄は別にして、とにかく資産があり、また堅実な御仁を希望する」とお願いしていて、候補としてあがっていたのがラッセルズ商会の若旦那だった。

 ラッセルズ商会に爵位がないことでこの婦人は候補としては下にしていたのだが、パトリシアお姉様の思い切りのいい決断に、当時の侯爵夫人は目を瞠ったという。


「パトリシア様の時は驚いたけれど、グレース様にも驚いたわ」


 私も内心驚いてます。


「でも、これで残すところはアビゲイル様ね、でも一番難しい方かもしれませんわ」


「姉は何もかも自分の手でつかみ取る女性ですから」


「そうね、これからの時代はそういう生き方も一つよね。ああ、でも、のらりくらりとわたしの話を躱していたロックウェル卿がグレース嬢に密かに想いを寄せていたなんて、素敵」


 え? そうなの?

 ご令嬢達からはモッテモテなんだろうなとはわかるけれど。このご婦人からの打診もあったんですね。


「こうなると、ロックウェル卿は候補から外してますのでご安心くださいな」


 このご婦人の頭の中には、彼に見合う爵位も人柄も良い令嬢はかなりの数でリストアップされていたに違いない。

 わたしがそれとなく伯爵様に視線を向けると、伯爵様は侯爵夫人に微笑む。


「侯爵夫人にお心を砕いてほしいと願うお若い方は、まだまだこの夜会に参加されていると思われますが?」

「それよねえ」


 その時、若いご令嬢の金切り声が、耳に入る。

 侯爵夫人もわたし達もその声のする方へ視線を向けた。

 視線の先には。ある青年と令嬢に対して、一人の若い令嬢がもの申す的といった雰囲気。

 高位貴族の夜会で言い争い? 

 言い争ってると言うか、金切り声を上げてる令嬢は、なんだか若い。

 社交デビューしたて? うちのジェシカぐらいかな? そのぐらい若い。

 わたしの視線がそちらに向かったままなので、フォースター侯爵夫人はため息をつく。


「エステル様も……大人になられたのだから、少しは落ち着くと思っていたのですけれど、まだまだなのねえ……」


 わたしは無言でフォースター夫人を見つめると、彼女は肩をすくめる。


「グレース様は、初めてなのかしら……。妹さんに聞くと答えてくださるとは思うけれど」


 んん? ジェシカが知ってる? 

 ジェシカの年代で有名っていったら、王太子とその婚約者……と……あとその間に割って入ってるキャサリン嬢……。


「ああもあからさまだと、スタンフィルド公爵令嬢が自分のご友人を御せない方だと思われてしまうわ。困ったこと」


 スタンフィルド公爵令嬢って……王太子妃候補のご令嬢ですよね?

 それのご友人。何家のご令嬢かは知らないけれど、何某家のエステル嬢が噛みついている相手って……もしかしてまさかの。


「王太子殿下もブロックルバング公爵令嬢も、こういう場なのですから控えるべきですよ。その点では、エステル嬢の肩を持ちたいのですが……」


 某家エステル嬢が噛みついてる相手って、ブロックルバング公爵令嬢!

 縁戚から養女にあがったキャサリンなの⁉

 わたしの元婚約者が夢中になった男爵令嬢本人なの⁉

 ちょっと近くで見てみたい! 本人かどうか確かめたい!

 ススっと伯爵とフォレスター侯爵夫人から離れて、騒ぎの傍によると、声も明瞭に聞こえてくる。




「以前から、アンドレア様とお約束されていると伺いましたのに、キャサリン嬢をエスコートするとはどういったことなのです⁉」




 おおう。

 乙女ゲー展開キタコレ!

 いえ、この世界は乙女ゲーでもなんでもないですけれども。

 義に溢れたエステル嬢の糾弾の声。

 相手が王太子だろうと、不誠実は不誠実! といわんばかりだ。


「今回は高位貴族の夜会に慣れていないキャサリン嬢をエスコートするとアンドレアにも伝えていた。エステル嬢に何かを言われる筋合いはない」


「婚約者のアンドレア様のご了承を取らずに、伝えるだけ伝えてとは、学園の時と同じではありませんか!」


 ほほう。

 すでに学園時でそういう状態っていうと……それって、最低でも一年、学園入学時からだと長くて三年ほどはそういう状況が続いてるってことよね。

 卒業パーティーで「婚約破棄宣言」はなかったから。やっぱりこの世界は乙女ゲーの世界とは違う?


 わたしは遠くから王太子がご執心のキャサリン嬢に視線を向ける。


 ストロベリーブロンドに、薄い緑色の瞳。

 いきり立って、喚いていた元婚約者の記憶は鮮明だけど、その傍にいたご令嬢の記憶は、曖昧だが、多分本人だ。

 元婚約者が「愛らしい」と言った通りに、確かに可愛い感じではあった。その可愛い感じはわたしより、ジェシカと同年だから、年齢からくる愛らしさだったのか――。

 なんで気が付かなかったんだろ。

 理由はわかる。


 アレな婚約者の方が強烈な印象すぎたから。そして、彼女が沈黙を通していたから。


 それこそ前世で読み漁ったコミックやWEB小説に出てくる脳内花畑ヒロイン発言が、キャサリン嬢にはなかった。

 三年前の婚約破棄の時、わたし自身が元婚約者の好みではなかったと、婚約者に罵られただけで、傍にいた令嬢は何も発言していなかった。

 クロードの荒唐無稽な婚約破棄の内容に追従するようなセリフも――、彼の尻馬に乗って、わたしを糾弾することも煽ったりすることもなかった。

 ただ、髪の色と目の色、そして顔立ちが綺麗な子だなということだけしか思い出せない。

 微笑みもなければ悪意に染まった表情もなかった。

 そして恋する熱に浮かされたような表情もなかった。

 まるで人形の様に立って、その場をじっと見つめていた。

 ものすごく冷静に傍にいる男が引き起こした愁嘆場を、まるで現実と捉えてないような感じ。


 そう、今、この場にいる時と全く同じだった――。







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