第24話



 ロックウェル伯爵家から従僕と、御者、メイドが数名派遣された。

 家令ハンスに従僕を任せ、メイド達はマーサが対応する。

 先だって伝えていたように、人数を最低限に絞ってくれたようだ。

 派遣されたメイドの一人と従僕は、グレースがロックウェル家に入った後も、この子爵家に勤めてくれるのを了承している。

 年の頃もパーシバルとジェシカに近い二名をこの子爵家に残す。

 そしてわたしよりも少し年上とみられる侍女がシェリル。そしてラッセルズ商会から侍女で派遣されてきたヴァネッサ。

 現在、わたしはこの二人に囲まれて夜会の準備中。

 侍女二人のほかに妹のジェシカもあれこれと準備を手伝ってくれている。


「もーお姉様ったら! 夜会の準備中なのにお仕事なの!?」


 ヘアメイクをされながら、書類や手紙に目を通していたらジェシカに怒られた。


「今回は上流貴族の方々が多く出席する夜会なの、覚えておいた方がいい貴族家を頭に叩き込むのよ」



 そう言いながら、わたしはパーシバルに調べさせた書類に目を通している。

 パーシバルもね、次期ウィルコックス子爵として商会の会合なんかにも付き合わせて、顔を覚えてもらわないと困るから、コミュ力とか情報精査の為にやってみてとブロックルバング公爵が持つ辺境領地について調べてもらったのよね。

 やっぱり男の子だからなー、次期ウィルコックス家子爵当主の彼のことを、取引先や関連しているお家は歓迎してるのかなー。わたしと違って見た目がね、穏やかな好青年だから。

 男同士の仕事の話の他にもいろいろあるだろうけど、そこから拾ってこいとオーダーしたけどやってくれたわー。

 うちの婿殿、有能ね。

 ブロックルバング公爵が所有してる辺境領。

 そこで産出されるのってなんだと思う? 硝石なのよ。

 火薬の原材料じゃないの。

 うちの国が魔法と剣だけじゃなくて銃があるのって、こういう地盤もあったからか。

 はっはあ~。こりゃもしかして、軍とズブズブじゃないの?

 でも三年ぐらいは、産出量が減ってるのかー。

 んんーそうなると、伯爵様が拝領されたユーバシャールもこれ産出できるのか?

 ユーバシャールを伯爵様に任せたのって、軍に供給されるはずだけど減少した硝石を補う為じゃないの?

 伯爵様は軍のお仕事が忙しいから、領地経営とかはまだ手付かずとか仰っていたけど、これ、近いうちに、軍の上層部から硝石産出しろとかの通達がありそうでしょ?


「しかし書類や手紙を持ちながらヘアメイクをされるご令嬢はおりません」


 伯爵家から派遣されたシェリルに指摘される。

 うう。

 そうは言うけれど、わたしの取柄ってあんまりないし。少しでも予習復習大事なの。

 領地経営に関しては、嫌な思いをしてでも積極的に情報を集める為、関連する方や関係者に話し掛けてきたけれど、今回はどうなるかな……気が重い。

 前世の事なかれ主義日本人気質では、この家を守れなかったから頑張ったけどさ。

 結婚相手の伯爵様にとって、わたしは元子爵家当主であるという付加価値もつけておきたいから引き続き頑張るしかないんだけど。

 それにさ。

 こういう情報があると、ブロックルバング公爵と伯爵様の仲は今回の夜会でいいのか悪いのか見極められそうだし。

 でも相手、高位貴族だからなあ。

 最悪、遠くから見る程度で面識を得る機会は訪れないかもしれない。

 それにさ、王太子をめぐって現在キャットファイトを繰り広げてる令嬢の親父様ですよ。

 ていうかこれは王太子妃の座を巡っての家同士の確執が濃厚……。

 怖いよ。

 この際、ブロックルバング公爵には接触しないで、このままユーバシャールに向かう準備して、現地調査したほう精神的には気が楽だ。


「グレース様は高位貴族に対応する所作や礼儀などはすでに及第点でした。なのにまだおさらいをするのですか?」


 声はすれども、指の動きは変わらず、わたしのヘアメイクをしている。さすがだ。


「及第点を貰えて嬉しいわ。伯爵様の新領地に関してお話をお伺いしたい高位貴族の方がいるのよ、失礼がないようにしないとね」


 エイダも出席できるらしいと手紙がきていた。

 心強いことではあるんだけどさ……。


「グレース様、ロックウェル伯爵がお越しです」


 ドアをノックして執事のハンスの声がかかった。

 鏡越しにシェリルが頷く。準備完了ってことね。


「わかりました」


 わたしが立ち上がると、ジェシカがわくわくした顔でわたしを見ている。


「わ~、グレースお姉様、やっぱり素敵! ロックウェル伯爵様の紫の瞳に合わせたドレス! 髪飾りもネックレスもイヤリングも素敵!! メレアメジストも意匠が凝ってるし、地金のゴールドと合う~」


 相も変わらず、妹の身内びいきに苦笑した。

 褒めてくれて嬉しいけれど、内心、心臓はバクバクしている。

 高位貴族の夜会出席、エスコートが伯爵様。

 先日のデート……多分わたし失敗してないわよね?


 階段を降りてエントランスホールに出ると、伯爵様がいた。

 黒のフォーマルに黄色のポケットチーフは、シルクの光沢が金色にも見えて、わたしの瞳に合わせているのがわかる。

 ジェシカは、まるで小さな子供の様に小さく飛び跳ねそうな勢いだ。


 わたしの困ったような視線を感じて、ジェシカは慌てて淑女らしく大人しくなる。


「伯爵様、この子がわたしの妹、ジェシカ・ウィルコックスです」


 貴族の前に、無邪気すぎる態度に気づいて、ジェシカは慌ててカーテシーをする。

 妹のはしゃぎっぷりに、伯爵様は苦笑する。


「はじめまして、ジェシカ嬢」


 伯爵様の声かけに、ジェシカは多分……「本物だ! 人気の伯爵様がお姉様をエスコートにきた!」とでも思ってるんだろうな。


「初めまして、伯爵様……ふわぁ~パトリシアお姉様とトレバーお義兄様も素敵だけど、グレースお姉様と伯爵様が並ぶとまた違ったゴージャス感! 目の保養~!」


 ジェシカは小さく呟く。


「楽しんできてください! そのうちあたしも、パーシバルと一緒に同じ夜会に出席できるように、このウィルコックス家を盛り立てますから!」


 そんな妹の言葉を受けて、伯爵様のエスコートで馬車に乗り込んだ。




 夜会に出席した時に思ったのは、やはり高位貴族の夜会の規模は違う。

 その様相に、気後れしているのだが、表情には出ていないはず。

 エスコートをしてくれる伯爵様が「大丈夫、いざとなったら俺がダンスに誘うから逃げられるだろう」と言ってくれた。


「まさかあのセリフを仰るつもりですか?」


 伯爵様の噂のセリフと、先日の観劇を思い出して、ちょっと緊張がほぐれて自然と笑顔が浮かぶ。

 そんなわたしを見て、伯爵様は嬉しそうな笑顔を浮かべる。


「期待されたならば応えなければ」


 お茶目な人だ。


「今のグレースの笑顔、すごく可愛い」


 え⁉


「素で笑ってくれただろ?」


 確かに、素でした。

 この人のストレートな物言いは、あれだ、ジェシカに通ずるものがある。

 うっかり素になってしまう。


「ちょっと笑顔を浮かべただけなのに、周りの男がそわそわし始めるのだから、確かにこれはいつもの雰囲気でいてくれた方がいいのかも」


 伯爵様の呟きが小さくて聞き取れない。


「はい?」

「いや。なんでもない。気後れしそうになったら、伝えてくれ。グレースが言う三文芝居なセリフをたくさん言ってみせよう」

「はい」


 周囲の紳士達が下すわたしの評価は……愛想がない、酷薄そう、気が強そう。

 しかしそう言われても、堂々としてこれたのは、「美人だけど」という枕詞があったからだ。

 ブスでデブで、自己評価低くて、そんな前世と比べたら、今世の評価なんてむしろ誉め言葉。

 そう思って今世、20年生きてきたけど、今回ばかりは緊張するわ。

 だって、隣に立つのが伯爵様だもの!

 令嬢達からの視線がきつい。

 お前ごときが伯爵様にエスコートされるとは的な視線。

 しかし……しかしですよ、こっちも、子爵家当主の肩書は伊達じゃないのよ!

 わたしだけではなく、姉や妹の今後の立場を守る為にも、エスコートを申し出てくれた伯爵様の為にも怯まないわよ!

 大丈夫、やればできる子よ、わたし!


「噂のレディを連れてきたな。ヴィンセント」


 伯爵様を呼んで、声をかける方がいた……。


「大丈夫、安心できる御仁だ」


 緊張しているのがわかったかのように、伯爵様はわたしに声をかけてくれた。


「エルズバーグ侯爵、ごきげんよう」

「ご機嫌なのはお前だろう、美しい婚約者のお披露目で」

「否定しません」


 エルズバーグ侯爵様を皮切りに、声をかけられる高位貴族との挨拶回りが始まった。

 伯爵様にお声をかける方はいずれも軍閥系貴族で、どうやら上司や同僚みたいだ。

 次々と紹介されながら、わたしも見知った人物と顔を合わせることになる。


 パトリシアお姉様とラッセルズ商会の若旦那を引き合わせたフォースター侯爵夫人であった。

 侯爵夫人は貴族階級において、縁結びを生きがいとしていて――わたし達の母親とは親友で、母が亡き後、この女ばかりが残ったウィルコックス家の行く先を密かに案じていた人だった。








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