第23話
伯爵様が社交界の有名人だということは知っていたけれど、それ以外の情報がないのは大問題だ。
なんといっても、わたしの婚約者なのだから。
先日エイダにもらった資料に目を通しながら、伯爵様の経歴を見る。
南西辺境陸軍戦略部所属。
三年前の国境沿いの戦役に参加。国境沿いの防衛作戦に成功し、現在の階級は大佐。
16歳でロックウェル伯爵位を継承。
この伯爵位……謎なんだよね。
結構前の伯爵位とかいうんだよね。それを継承したって。
エイダの推測だと、ご実家に伯爵位があったと思われるとか。
なんだそれは。
子供が成人の際に爵位譲渡ってことは……あんまり聞かないよ。
つまり公爵家以上ってことか⁉
なんでそんな人が!
顔は及第点といえ、中身はこんな女を嫁に迎えるのか⁉
「俺の略歴、知りたければ直接聞いてくれてもよかったのに。なんでも話すよ。グレース自身、気が付かなかったとはいえ三年も陰から追いかけられて、相手を知らないなんて嫌だろう?」
まあそうなんですけれど、16歳で伯爵って、なんか聞かない方が精神の安寧の為にもいいような気がするのは、前世がやっぱり小市民だからよねえ。
現在デート中です。
初デートというやつです!
観劇に誘われて、その帰りにお食事というデートコースです。
今世に生まれて、わたし自身、やってみたかったデート。
貴族社会ではベタだけど。
え、もしかして伯爵様、エイダにそんな情報とか聞き出してないよね? ね?
だって、わたし、数か月前エイダにそれっぽい話をしていた。
――世に言う、普通のデートで行くならそれも思い出話の一つだけど。会合での会食ならせめて美味しいものが食べたかったわ。え? デート? 誘ってくれる勇者はいないでしょ。何も高望みしてない。ベタな感じだけど話題の観劇のあとにお食事の流れとか。仕事ではなく。普通にやってみたい。もう無理だけど――
とか言ったことあるけれどね⁉
その頃、特産品を抱えて、関連業者との会合で招かれたレストランが……リッチではあったけど、味がくどいメニューが多く、エイダに愚痴ってたわ……。
伯爵様が誘ってくれたのは、コメディタッチの喜劇で、最後は笑顔のハッピーエンド。
観終わった後に、なんか気分があがるな~って感じの内容だった。
恋愛悲劇モノではなく、こういうの選ぶあたり、伯爵様も上流階級では変わってるのかな?
それとも軍にいるから、そっち方面から、話題の観劇ならこっちと勧められたのかしら?
「楽しかった?」
「はい」
「絶対グレースはこっちの方がいいかなって。あと俺自身も得があるかと」
「得ですか?」
「グレースを笑わせたかった」
……観劇のセレクト、喜劇ハッピーエンドはそういう理由だった⁉
「グレースが家族に対して、素直になってる感じは、子爵家当主というよりも普通の令嬢って感じだから、そういう面とか見てみたいなと。グレースのそういう面を知ってるのが、家族だけっていうのが、特別感というか羨ましい」
「善処します……こ、婚約したのですから……」
わたしがそう言うと、伯爵様は嬉しそうに笑う。
わたしといえば、伯爵様の言動に動揺してしまう、自分自身が慣れない……。
この状態のわたしを会合でよく会う人達が見たら、「ウィルコックス子爵!? 何かおかしなものでも食べたのか⁉」とか言われそうだ。
そんな伯爵様と、そのまま食事に――の流れで連れて行ってもらったのが、上流貴族も御用達の貴族街の商業エリアで、今、話題のお店。
通りに面した正面の外観は普通のレストランなんだけど、庭をはさんで別棟があって、小規模の晩餐会や会合などで使用される部屋と、個室が数室あるんだよ。
庭は季節の花や灌木を植えて、この時代なのに、夜にライトアップとかしてるの。
店舗のライトアップは前世では当たり前だったけれど、今世では先進的でお洒落な部類になる。
伯爵様とわたしが連れだって入店したら、お客様として来店している若い令嬢達からの小さなざわめきが一瞬立った。
すぐに支配人クラスの店員が伯爵様を案内していくんだけど……別棟の個室だった!
テーブルや椅子も、室内に飾られた花器や花も、上品で、華やか。
硝子張りの窓から見える庭の景観の良さが、別棟の売りなのがわかる。
伯爵様に椅子を引いてもらって座る。
伯爵様も支配人に椅子を引いてもらい、わたしの対面に座った。
ウルセディア領産のスパークリングワインをグラスに注がれてるんだけど……。
ハッキリ言って美味しい……!
すっきりでさわやかな淡い色合いのワインはグラスの中で小さな気泡を躍らせている。
この国、ラズライト王国はアーザンディア大陸の内陸に位置するんだけど、近年魔導具が進化を遂げて海産物が入ってきてる。
アミューズがスモークサーモンと彩り野菜のマリネ・コンソメゼリー寄せ……。スモークサーモンがバラの形になってる。彩りがまた綺麗だ。
「この爵位も別にいらなかったんだ。俺は庶子だし、本家はやいやい言われたくないから爵位と領地を譲渡してきたんだと思う。領地もらっても、グレースみたいに発展させられそうもないのにね。多分実家の本家とか、その周辺がうるさいんだろうな」
だから素で話すときの一人称が俺なのか。
「兄もいるよ。ほんとうは国から新たに拝領されたユーバシャール辺境領地も元の領地も実家に返還しようと思ってた。ただ、ユーバシャールは俺個人の責任でやれとか」
「なるほど、領地譲渡とか、そういった手続きなどもお手伝いできるかと」
伯爵様はぱあっと表情を明るくさせる。
……可愛い……。
わたしよりも、年上で爵位のある男性に対して使う形容詞ではないけれど。
綺麗だ。これで軍人なのか。
「今日は三年前の残念な気持ちを払拭してくれる日だったよ、グレース」
「大げさでは?」
「三年前に国防戦役に駆り出されたからね、ああ、俺もう死んだなとか思ってたし」
それを聞いて、納得した。
お仕事で王都にいなかったというのは、そういう理由でしたか。
「だから嬉しい」
素直か……。
あーダメ、こういうストレートに弱い。
なまじ商会で社交辞令とか表面的なやりとりと、腹のうちの計算とか探ること中心で生きてきて、こういう風に、飾らないで素直に言う人に弱い。
伯爵様はわたしよりも5歳年上なんだけど、こんな風に言われれば絆されますわ。
綺麗で可愛いなんて最強かっ。最強だな。
「あと、グレースは人気者だよね。夜会の時にも思ったし、今日だって劇場のホールで囲まれていたじゃないか」
「あれは、伯爵様の人気では?」
「みんなグレースに話し掛けてただろう?」
そう言われると、そうなんだけど。
先日ルイーゼ様にプチアラクネのレースを贈ったら、これまた素敵なドレスを発注したらしく、「ウィルコックス領のレースだもの」と宣伝してくれたそうな。
宣伝広報、ありがとうございます!
ご令嬢の皆様、ドレスのお仕立ては是非王都のラッセルズ商会で。
「あれは領地の特産品目当てのご令嬢やご婦人方です」
「グレースは商売人だな」
「貴族らしくないですよね……」
「でも、領民のことを考えてるんだろ?」
「まあ、そこは……大事ですから。それで、近々、伯爵様の辺境領地ユーバシャールに実際に行ってみたいのですが」
「魔導伯爵も言っていたが、何もない土地だぞ」
「調べてみませんと、建築資材になるか陶器になるか、ガラスになるか、掘削したら何がでるか。調査はされていませんよね?」
「拝領したけれど、手付かずではあるね」
「ですから調べませんか? 魔鉱石は確かに高価ですがそれだけでは領民だって不安かもしれません。金でも埋まってれば儲けものです」
自分で言ってて夢が膨らむわー。
金は無理だとしても、建築資材――もしかしてアスファルトとかコンクリぐらいはできそうじゃない?
「すごいな、グレースは……ラッセルズ夫人が言っていた錬金術師とはこのことか」
いえ、貧乏子爵家だったので、金儲けにはちょっとうるさいだけなんですよ。
「お姉様は大げさなだけです。ユーバシャールの近隣領地ってどんな感じなのでしょう。領主はどなたなのでしょうか?」
何が産出されてるのか――地続きだから、環境は似てるだろうし、どうやって領地を運営しているのか聞いてみたい。参考までに。
「一番近い近隣の領地はブロックルバング公爵がおさめているな」
んん? ブロックルバング公爵……?
キャサリン嬢の養父!?
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