第22話
馬車の中の情報量で、わたしのライフはがりがりとけずられましたが、到着したのはラッセルズ商会の建物です。
伯爵様もラッセルズ商会を贔屓にされてるのか……それとも、今回のご利用は一応婚約者が懇意にしている商会だからなのか。
多分前者だろうけど。
なんといっても豪商で政商だし、軍支給品とかも取り扱ってそう……「銃弾からハンカチまで取り揃えてございます」とか、若旦那言ってたもんね。
「グレースの一番上の姉君にもご挨拶しておきたいからね」
……後者だったよ……。
いいのか、こんな出来物がわたしの婚約者で。
人生ここで終わるのかしら。
ラッセルズ商会の服飾部門の方へと案内されると、来店の先触れを受けていたお姉様がわたしと伯爵様を迎えてくれた。
「はじめてお目にかかります。パトリシア・ラッセルズでございます」
伯爵様にそう挨拶するパトリシアお姉様は、まさに大商会の奥方様。
「堅苦しい挨拶はいいよ。ラッセルズ夫人。先日はきちんとご挨拶もできなかったからね」
「とんでもございません。ロックウェル伯爵様」
「子爵家当主としてグレースを育てたのが貴女だと言っても過言ではないと、聞き及んでる。今日はグレースにドレスを贈りたくてね」
「グレースのサイズはこちらで押さえてますので、ご一緒にデザイン画などをご覧になって検討されてはいかがでしょうか」
ああ、前回の夜会からそんなに時間たってないもんね。サイズは測り直す必要はないか。
「グレースには、子爵家当主としてウィルコックス家の全てを背負わせてしまい、婚期を逃すかと気を揉んでおりましたので、一安心です」
「私としても、グレース嬢にもっと早く結婚の申し込みをしたかったのだが、婚約を解消されてすぐに申し込みがあれば、グレース嬢にあらぬ噂がたつだろうし、時期を待っていたんだが、こちらも少し立て込んでしまってね」
「まあ、そんな以前から妹を?」
「実を言えば、グレース嬢が社交デビューをした際から注目をしていた」
伯爵様がわたしを見つめる。
アメジストみたいな綺麗な瞳と視線が合う。
「すでに婚約済みと知って、がっかりしたものだが、待てば人生いい目も出てくるということだね」
パトリシアお姉様が嬉しそうに笑顔を浮かべる。
「夜会用にドレスを何点か注文と、あと、グレース嬢に侍女をつけさせたいのだが、実姉のラッセルズ夫人にも話を通しておきたくてね。結婚していても、子爵家の奥向きのことはラッセルズ夫人にご相談されている話を聞いているから」
「グレースには領地経営や、子爵家当主としての仕事を任せてしまったので、心苦しく、さしでがましいと承知しておりますが、確かに、相談を受けております。伯爵様から今回のお話を受けた時に、うちの商会からウィルコックス家へのメイドの派遣を考えておりました」
そうだったの?
でも、そう言われると、パトリシアお姉様が考えてないはずはないのよね。
「それに、グレースの侍女の雇用があるのならば是非にという者がおりまして」
「あら」
おもわずわたしが声を出してしまった。
そんな奇特な子がいたのか。
ジェシカにつくならわかるけど、わたしの侍女を希望するとか、大丈夫かな。
何度かうちに来て仕事をしてくれている子ならいいんだけど。
わたしは伯爵様を見ると、伯爵様はうんと頷いている。
「いいよ、忠義があるメイドは今後グレースには必要だろうし、こちらからも一人はつけるから。姉君が用意してくれた人材がグレースのつけてくれた条件と少しはずれるかもしれないし」
パトリシアお姉様がどういうこと? と目線で私に尋ねる。
「今後、高位貴族の夜会に出席するようであれば、そちらに精通してる人材を希望したのです」
わたしが言うと、パトリシアお姉様は納得したように頷く。
「確かにね。私の方からはむしろグレースが携わってる事業に関して興味のある子だから、被らないかもしれないわね」
「ロックウェル卿の拝領された領地は、ウィルコックス家の領地とは異なりますがよろしいのかしら?」
「領地がどこだろうと、まるで錬金術師のごとく栄えさせるグレースに心酔してるようだから大丈夫よ」
それは褒めすぎ!
ハードルあげないで!
「私の妹は、見た目だけではありませんのよ、伯爵様」
パトリシアお姉様が、どや顔……。
嬉しいけど……。
「知ってる」
パトリシアお姉様の言葉にその返事とかっ! 伯爵様ぁあああああ!
表情は固まっているわよね、動揺してないよね。
褒められるのは嬉しいけど、こそばゆいな。ほんとうに。
身の置き所がないというか。
どちらかと言えば、わたしがお姉様やジェシカを褒め殺したいよ。
「じゃあ、あとは夜会のドレスだな」
「グレース、こちらに任せてもらえるかしら、前回のデザイナーが貴女のドレスなら張り切って作るわ。デザイン画も何点か預かってるの」
「一着は急ぎでお願いしたいね」
「ええ、もちろん。色も伯爵様の瞳の色でご用意させて頂きますわ」
「嬉しいね」
あーうーん。
相手の瞳の色に合わせるのが高位貴族なのか。
婚約者の瞳が黒やブラウンだったらどうするんだ。
さし色に使うの? 琥珀とか黒曜石とかオニキスのアクセサリー?
そっちかな。そっちだろうな。
ドレスの生地や色を決めると、候補のデザイン画を渡されて、好みのデザインを伝えるだけでいい状態って、普通ないよね?
これは、ラッセルズ商会の若奥様だからできること。
パトリシアお姉様がすごく嬉しそう。
「グレースはジェシカと違って、可愛いより綺麗系だから、わたしの好みを入れやすいのよ」
「ジェシカは可愛いですよ、甘々なコンセプトでまとめやすい」
わたしがそう言うと、パトリシアお姉様は微笑む。
「グレースは人の事をよく見ているのに、自分のことに手をかけないから、わたしが手をかけたいの。ジェシカは自分でやるもの」
それは否定しない。
わたしは伯爵様に視線を移すと、伯爵様は笑顔でわたしを見ていた。
「本当に仲がいい姉妹なんだな」
伯爵様自身がその若さで伯爵位を持っているということは……。軍閥系の貴族だし、もしかして、いらっしゃらないか……な?
あとでエイダから貰った資料に目を通そう。
本当は帰りの馬車で目を通すはずだったのに、伯爵様自らお迎えだったから、できなかったんだ。
わたし達姉妹の仲の良さは――家をとにかく守ろうで一致団結していただけなんだけどね。
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