第21話




「あ、あの、伯爵様……、わたしとの結婚は、拝領された領地を管理するというのは……嘘だったんですか?」


 優しくて甘くて、勘違いしそうになるから、今一度、確認しておこう。

 書類面では問題なくても、口頭で齟齬が生じたらいやだ。


「三年前わたしの社交デビューで見たと仰ってましたけど、人違いとかでは?」


 わたしの問いに、伯爵様は困った子だなと言いたげなんだけど、優しい感じの表情を浮かべる。


「やっぱり領地経営の人材が本音だと思ってるんだな。領地の件は、別にグレースでなくても、人を雇えばなんとかなる。グレースがやりたいならば止めないけれど、俺が見ている範囲でやってほしい。実際は三年前のグレースの社交デビューで一目惚れしたんだ。三年前に、キミを見て、結婚を申し込みたかった」


 うーん。これはその貴族的なアレですか? 一応婚約した相手にはちゃんと筋を通すと。

 いや、そういうの、いりませんから。

 わたしは表情筋死滅してるから、「何を考えてるかわからない」って評判は耳にしてるけれど、実際には、貴族的な腹の探り合いって、あまり得意じゃないのよ。

 パーシバルには「うそだろ」とか言われてるけど。


「グレースが社交デビューした時に、なんて綺麗な子なんだろうと思ったんだ」


 そしてすごいな今世のこの顔! 

 神様、この顔に産んでくれてありがとうというべき? 

 ああ、産んでくれたのは母だったか。

 いやでも、感謝! 圧倒的感謝!!


「綺麗だけじゃなくて、面倒見がいいんだよね。グレース自身もデビュタントなのに、一緒に社交デビューした令嬢が既婚の貴族に言い寄られていたのを助けていただろう?」


 わたしは伯爵様の発言から当時の記憶を引っ張り出す。

 うん、たしかに社交デビューの時はそんなこともあった。

 あれは偶然だったけれど。




 やっぱり、社交デビューしたばかりの貴族の令嬢なんて世間知らずなの。

 見た目が良くて爵位がある男が、ちょっと甘い言葉をかければ、ぽーっとなっちゃうのよね。

 わたしの場合は子爵当主就任前で、領地の裁量権を半分以上手にして、商会の会合にも出席していたから、普通の社交デビューの令嬢と比較すると、情報通で世間ズレしていたし、へんな男の誘いはまずなかったのよ。

 ただ……わたしと領地経営関連で知り合った貴族の男性達からは。


「ウィルコックス子爵令嬢は……今年が社交デビューだったのか……いや失礼」


 とか言われましたけどね。

 思い出してもマジ失礼。

 いやこの顔のせいでもあるんだろうけど。

 それはともかく。

 デビューしたての令嬢をテラスへと誘い出そうとしていた男に歩み寄って言ってやったのよね。


 ――あら、キンブル男爵ではございません? ご令嬢の社交デビューのエスコートですの? でも男爵のご令嬢のシンシア嬢はまだ13歳ではございませんでした? こちらのご令嬢は?


 その人、結構女にだらしがないというか、あちこち手をつけるので関連業界で有名だったから。ぜったいテラス席から庭にでてよからぬことをしでかしそうな雰囲気が感じられたんだもの。

 そのわたしの発言を聞いたご令嬢も真っ青になっていたわ。

 そりゃそうだ。

 一瞬ぽーとなった相手が実は既婚者だったなんて、その場で知っちゃったんだもの。


 ――あら、学園で隣のクラスだったサラじゃないの?


 なんて口から出まかせで令嬢にも声をかけたわ。


 ――懐かしいわ。向こうに、私たちの同窓生がいるのよ。学園を卒業すると大勢の同窓生とお話なんてこういう夜会でもなければ機会はないわよね、一緒にどうかしら?




 そのご令嬢のお名前はサラではなくてジュリアだったんだけど、いまでも時折文通していて、二年前に無事に結婚したわ。



「あの一幕はね、すごく印象強くて。グレースはデビュタントの中で、一番、堂々としていて、綺麗で、強くて、キラキラして、まるでダイヤモンドみたいだなって、それで声をかけようとしたんだが、婚約者がいるって聞いてね、当時はがっかりした」


 伯爵様ほめ過ぎ!

 でも、理由はわかりました。

 人の見方や異性の好みはそれぞれではありますが、当時のわたしのそれが伯爵様の好みとは……この方、好みがちょっと変わってるんだな。


「だから婚約解消と聞いて、すぐに名乗りをあげたかったけれど」


 まあ、貴族は貴族でも伯爵家と子爵家では身分が違いすぎますから無理じゃないかな。


「ちょっとやっかいな仕事をまかされたのと、家のゴタゴタもあって、すぐに申し込めなくて、ある程度の見通しがついたのが、今年に入ってだよ」


 お仕事でしたか……。


「だから神に祈る気持ちだった。今年の夜会でグレースに会えたら、絶対に結婚を申し込もうって」


「わたしがすでに結婚してたとは思わなかったのですか?」


 わたしの質問に伯爵はじっとわたしを見る。

 え? ナニ? なんですか?


「憲兵局に友人がいてね」


 溜息をこぼして、そう呟くように伯爵様は言う。

 憲兵局? ポリスメン? なんで?


「王都と領地をどうやら単身、馬を駆って行き来してる貴族がいる。しかも令嬢のようだと聞いてね」


 わあああああああああ!

 そ、そ、それ、わたしですよね?

 そんな奇特なのはわたしぐらいですよね? 

 荷物がないときは単身、馬で行きましたけど!


「仕事に邁進している様子はわかったけれど、こっちは心臓がつぶれるかと思ったよ。そんな無茶はもうしないでくれ」


 ダイエットの為に頑張りましたけど、やっぱりアレはダメだったんですね……。

 憲兵局にも通報されるとか……やっちまった感……。

 結婚できない理由、もしかしてこれだったか⁉



「そ、そんな噂がある人物に、よく、その結婚を申し込むとか……伯爵様のご両親や親戚の方々の、は、反対もあったのでは……」


「親とか親戚は問題ないよ。令嬢なのに単身で王都と領地を行き来してるって話自体で、グレースの周囲に余計な虫がつかなかったけど、うちの護衛も気を揉んでいたよ。それを聞いた俺も本当に驚いたけれど」


「護衛!?」


「うん。グレースが雇っていた護衛。あれはうちの人材だから。だって婚約が流れてプロポーズしたかったのに、こっちの都合でできなかったし。惚れた女の身辺は守っておきたいだろ?」


 困った子だよねという表情で伯爵様はわたしを見つめていた。









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