第20話
「前回、婚約の条件等の書類にも記載していたけれど、早々に、使用人を数名、そちらに派遣しようと思う」
エイダの家からウィルコックス家へのタウンハウスへと向かう馬車の中で、伯爵様からそう告げられてわたしは考え込んだ。
子爵家での使用人は確かに少ない方で、そろそろ人を雇い入れようとは思っていたところだ。
ジェシカも社交デビューを済ませたことだし、妹カップルが結婚したら新たなウィルコックス子爵夫妻としての夜会の招待も増える。
パーシバルの意見も聞いておきたいところだな。
「はずせないのはグレースの身の回りを世話をするメイドだな」
え? 侍女ってこと? ハウスメイドじゃなくて……それと今、呼び捨てされました!?
あ、はい、こ、婚約したから呼び捨てなんですよね。
伯爵様が何か言う度に、ドキドキもするし、発言に対して情報処理能力、下がってそうだわ。
でも、多分表情に動揺は現れていない……はず。
「君の姉上はラッセルズ商会の若奥様だ、爵位がないとはいえ、この王都、いや、この国で一二を争う豪商の奥方だからそういった侍女をつけているし、二番目の姉君のアビゲイル嬢も独自で爵位を得られたので、屋敷も使用人も独自で整えている。グレースにも必要だろう」
ウィルコックス家に追加する使用人と、わたし自身に侍女を――……ですか。
家を掃除したり、主人に料理を出したり、洗濯したりのハウスメイドではない方のメイドね。
これは先々の、ロックウェル伯爵の妻としての待遇なのか。
あんまりぴんとこないけど。
でも思い返すとパトリシアお姉様の時もそうだった。ただの商家や弱小貴族には無理だけど、ラッセルズ商会ならばそういう人材も用意できるんだと驚いたし、感動もしたけど。
まさか自分もそういう扱いをしてもらえるとは思わなかった。
「ありがとうございます。伯爵様」
「婚約したんだ。ヴィンセントと呼んでほしいね。それで侍女はどういった性格の者がいいかな?」
「恥ずかしながら。高位貴族の習慣には詳しくないので、そこに精通している方であれば」
「ほかは?」
「仲良くなれそうな方ならば……」
ロックウェル卿に憧れる令嬢は多いから、きっとメイドもそうだろう。
そこにわたしの存在ですよ。
ぽっと夜会に出てダンスを踊って婚約なんて、「くそ羨ましい、死んでしまえ」と内心思われても不思議じゃないし。
仲良くは無理でも、仕事をちゃんとしてくれる人を希望。
「むずかしいな」
ああ、まあそうですね。
わたし自身、冷たい感じの印象があるから嫌われる可能性は高いな。
それは覚悟しておこう。
ある程度は自分でできるし、必要な時につけてもらえれば……仕事は仕事としてやってもらえれば……うん、問題ない。
そう思っていたんだけど、伯爵様の次の発言で、かなりオタオタした。
「婚約者の俺より先に、仲良くなれそうな侍女を希望か。そういう人材を俺がグレースに紹介するのか」
そう言ってこっちに向けた視線が、柔らかくて優しくて……。
そんな流し目とか、ちょっと待て、待って――!
それと、伯爵様は一人称、私じゃなくて、俺なんですね⁉
本当はそっちが素なのか。
軍に在籍だから、男所帯でそんな感じする。
貴族だから、公の場では使い分けてるのね。
それって、わたしには素でいてくれてるってこと?
なんか……いろいろ経験値が違う。
わたしに、好きな人がいて……例えば、伯爵様みたいに、相手が素敵な人なら、ダメな自分よりも、カッコイイ自分を見せたいじゃないですか。
そういうところを素直に見せて、相手に幻滅されたりするの、怖いじゃない。
そういう計算とか何もなくただ素直に、素を出せるって勇気あるっていうか。
それも魅力の一つに見えるならいいけど、わたしの場合はマイナスにしかならない気がする。
こういうことを無意識にできて、嫌われず好感度があがるのって――……なかなか難しくない?
それを無意識でやってのけるのが、今世の妹ジェシカなんだけど。
伯爵様もそれ系だわ。
「グレース?」
わたしが沈黙したのを心配して声をかけてくれた伯爵様……。
心配してくれたのは嬉しい。
でも、今、伯爵様の顔を見て気が付いたよ。
わたしは男性と二人で馬車に乗ったとか、今世では初めてでは?
え、動く密室に男性と二人なんて、前世と今世を合わせてもなかったことだ。(前世のタクシーの乗車はノーカウントとさせてほしい)
やだ、緊張してきた。
何か、会話、会話―!
先日の結婚の申し込みの際は、私とアビゲイルお姉様とでの対応だったし、商談みたいなものと開き直ってみたけど、こう二人っきりだと、目の前にいる伯爵様の甘さが、甘さが!!
人生これまで、こんな風に扱われたことないわ。
動揺した顔とかしてないよね? 表情筋は何時もどおり活動停止よね?
わたしが、頭の中でぐるぐると思考を巡らせていると、伯爵様は微笑む。
「とりあえず、近々、公爵家主催の夜会に出席をすることになっている。パートナーとして同伴して欲しい。婚約者だと紹介も兼ねたい。ラッセルズ商会に、ドレスやその他を作るように依頼をかけてある。少し寄り道してもいいだろうか?」
伯爵様の言葉を聞いて、ウィルコックス家にもちゃんとした侍女を一人ぐらいは雇用しておいたほうがいいだろなと思った。
言葉を聞いて、落ち着くと、思考はそっちに走ってく。
侍女の雇用。
財政面でも一人ぐらいは雇えそうだ。
これについては、前回夜会に出席した時、家政婦長のマーサだけでは、ちょっと手が回らない感じで、パトリシアお姉様が派遣してくれたメイドさん達がいてくれてよかったなって思ったのよね。
ウィルコックス家の使用人は、少数精鋭でタウンハウスを回していたけど、そろそろ、独自に雇用を増やしてみてもいいかと。
これからジェシカも結婚して、子爵夫人として社交を開始するし、夜会、お茶会とかの出席も必須だろうし……むしろ出席させないと。
病気がちだった子供の頃は、遊び相手がいなくて、その反動もあってか、学園に入ってから、めちゃくちゃ交友関係幅広くさせた子だもの、支度してくれるメイドをいちいち派遣するよりはもういっそ雇用したほうがいいな。
「グレースは面白いな。やっぱり」
「はい?」
「動揺していたくせに、すぐに、別のことを考え始めてる。無表情の女子爵とか言われているけれど」
え? わたし、表情筋動いてたかしら?
かも? 両手で顔を覆って俯く。
「大丈夫。表情はいつもどおりだよ。そんなグレースのことをわかるのはキミの姉妹と俺ぐらいじゃないかな?」
え? 表情崩れてない? そろーっと両手を顔から離してみた。
でも顔はあげられないわ。
なんでわかるのかな。
「本当は、普通の子なんだろうけどね、子爵家当主の肩書のせいかもしれないが、並の貴族令嬢よりも表情がわかりにくいだろうけど、俺にはわかるよ」
そう言われても……。
「泣いたり笑ったり、表情豊かな方が、男性は惹かれるものかと」
わたしはうつむいたままそう言った。
わたしは少しだけ顔を上げて、馬車の窓に映る自分の顔を見る。
前世よりも、美人になった顔は、すごく嬉しいし大好きだ。
でも表情が乏しくて、それがまた高慢に見えて、冷たいと感じる人がいるのも知っている。
「わたしはどうやら可愛気というものがないようですから」
「可愛気がない?……グレースは可愛いけれどね」
――リップサービスなのかな。
何せ「この身は騎士でありますが、貴女の王子になりたいのです」なんて言える方だから。
「婚約破棄を言い渡された時に、相手から『可愛げない』と」
わたしがそう言うと、伯爵様は目を見開く。
「なるほどね。タイミングも言った相手が婚約者だったことも――まるで、ここぞというところでかけられた呪いの言葉のようだね」
呪いの言葉か……。
「惚れた女の笑顔は値千金だから、俺は頑張らないとね」
「はい?」
「お姫様の呪いを解かないとね」
窓枠に肘をついて、わたしを見て微笑んだ。
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