第19話
「そうよ、夜会よ。今回の件は! そっちを詳しく!」
「はい?」
「ロックウェル卿との婚約の件! 三年ぶりに夜会に現れた美女に、あのロックウェル卿が三度もダンスをして結婚の申し込みとか! 王都の少女達がわくわくするロマンスじゃないの!」
エイダはもう、いろんなことに興味津々というか……。
「ロマンス……夢を壊すようで、申し訳ないけれど――領地経営の実績を買われたのが真相だと思う」
「え?」
「ロックウェル卿が新たに拝領した領地の経営について携わることになりそうなの。辺境のユーバシャール地方。国境沿いのリスト山脈を有する土地なんだけれど、エイダは知ってる?」
「魔鉱石が産出されるってお話で、誰に下賜されるだろうって言われていたけれど、ロックウェル卿だったのね」
「ロックウェル卿は、すでに拝領されてる領地を信頼している方にお任せしてるようだけど、新領地は国境近くだし、ご自身も携わりたいご様子なの。そこで領地経営に明るい者を探していたのではないかしら……とはいってもわたしも鉱山経営とかはやったことないの。ウィルコックスの領地は牧草や農耕地だったから……」
「え、まって、何それ。それが婚約の真相なの? うそでしょ!?」
「だからいろいろ調べたくて、今日のお茶会にきたわけ。エイダ、鉱山系とか辺境領地の詳細資料とか扱ってない? あと高位貴族名鑑もあれば嬉しい」
ごめん、なんか華やかな貴族令嬢らしいお話ではなくて。
「なにその仕事の虫は……三年も子爵家当主をしてればそうなっちゃうの? 普通そこは、『あたくしの美しさをもってすれば、当然の事よ』とか、ならないの? グレースのことを知らない人は、冷酷尊大傲慢とか囁くけど、単純に貴女はワーカーホリックな気がするわ」
エイダの芝居がかった『あたくしの美しさ~』の件(くだり)でちょっと笑う。
こういうユニークさもエイダは持ってるからわたしは好きだ。
「どこの姫君のお話よ。貧乏子爵家から、普通の子爵家まで盛り返したわたしの領地経営の実績が、お眼鏡にかなった――この理由の方が個人的に納得ができるわ。周囲も同様でしょう。可愛げがないのは自他ともに認めるところですから」
「いいえ。絶対にロックウェル卿は、グレースを見て恋に落ちたからこその、ダンス三回だとわたしの勘がそう言っている」
そんなこと言われたら、「三年待った!」とわたしを子供の様に抱き上げた伯爵様を思い出して、ちょっと顔が赤くなりそう。
いやいや、そんなことよりも大事なのは……。
「ロックウェル卿について、詳細な情報も欲しいな。多分婚約ってことで相手方はこちらを調べているけれど、こちらは、全然何も知らないので」
「まあ、婚約ですものね、ちょっと待ってて、先にご希望の参考資料を見繕わせるわ」
とりあえず領地経営に参考になる書籍をエイダは勧めてくれた。
あと高位貴族名鑑も。
図書館並に資料が揃うエインズワース家……素晴らしい。
わたしの希望を聞いて、後々にも追加で資料を送ってくれるそうだ。
エイダに感謝! もちろん、いろいろわたしからも返礼は用意するわよ!
「グレース様のお迎えがいらっしゃいました」
執事の言葉に、わたしはエイダから借りた資料を抱える。
王都内だから一応は馬車を使ってきたのだ。わたしは書籍を抱えて、エントランスに向かうと、そこにいたのは伯爵様だった。
「……伯爵様……どうして……」
「婚約者を迎えにきたんだが?」
エイダはほら見ろという視線をわたしに向ける。
「ご友人のところでお茶会と伺ったので。婚約者を迎えにくるのに理由が?」
若い令嬢ならば「うん、王子様だわ!」と声をそろえる笑顔で彼はそう言った。
「グレースったら……照れちゃって、可愛い~」
エイダがクスクスと笑う。
照れてるけど、表情にでてないはず。はずよ! そうエイダに目線で訴えるも、エイダはそれをスルーした。
「ロックウェル卿とのデートのお話、是非ききたかったわ。だって婚約中なんですもの、デートもそうだし、これから夜会もお二人で出席されることもあるのでしょう?」
あ、エイダ……夜会出席の言葉を乗せるあたり、キャサリン嬢のことを調べたい気持ちなのね。
さりげなく誘導するとは。
「デートはこれから誘うつもりだった。エインズワース家のご令嬢ともなれば、王都で女性に人気の店もご存じだろう。できればグレース嬢が好みそうな場所など伺いたいものだ」
「まあ! 主導権を主張する殿方が多い中、お付き合いするご令嬢の好みを優先するなんて、ロックウェル卿が若いご令嬢の憧れになっているのも頷けますわね」
「それは例の喜劇俳優真っ青の例のセリフで騒がれているだけですよ。グレース嬢お手を」
そう言って伯爵様はわたしに手を差し伸べた。
そういえば昔……クロードとの婚約が親同士の口約束で決まった時、彼は渋々ながら、わたしをエスコートしようと手を差し伸べたことがあった。
まあその時からクロードはわたしのことはそんなに好きではなかったんだろう。
もう、いやいやな感じが見て取れた。
貴族の令息としてその所作はどうよ、子供かって思ったぐらいだ。
だから「エスコートは不要です」と断ると「可愛げがない」と返された。
ちょっと思い出した。
それ以来、エスコートされることには忌避感があった。
まあね、無表情で拒否をすればたいていの男は引くよね。
いまでこそあの態度はほんとうに可愛げがないと自分でも思ったが、これは後に子爵家当主として取引先の男性とのエスコートを拒否するのにはこれが一番だと思ったことも多々ある。
下心満載の取引相手にエスコートの手を差し出されても、「結構です」と断ると、その態度に「可愛げがない」と去り際に言われるまでがお約束なのだ。
ジェシカとパーシバルにその旨を告げたらあの妹はこう言った。
「あの人は、グレースお姉様をエスコートしたかったの。でも撥ねつけられたからプライドが傷ついちゃったのよ」
「あの当時はいやいやながらエスコートするならそれは必要ないと思ったの」
「当時グレース義姉上もクロードさんも子供だったってことですよね。だけど、グレース義姉上が対応する商談の取引相手の中には本当にとんでもないヤツがいるからその対応でも別に……」
「そうは言っても、パトリシアお姉様やパーシバルの兄嫁様にあたるルイーゼ様なら、もっとうまくやり過ごせると思うと、わたしはなんというか洗練されてないというか」
「仕事は仕事なのに、グレースお姉様の手をいやらしく握る男にはそれで充分なの! パーシーだってあたしがそういう男性にエスコートされたらどう思う?」
「絶対ヤダ」
そんな会話をわたしが思い出していると、伯爵はわたしの抱えている書籍を持って手を差し伸べる。
一連の動作の流れがスマートだ。
「エイダ、今日は楽しかったわ」
「わたしもよ。また遊びに来て」
そう言って、ロックウェル卿のエスコートでエントランスを出て馬車に乗り込む二人を見送る。
表情の幅があまりないものの、多分、わたしは照れて戸惑っているし、ロックウェル卿はそんなわたしを見て微笑んでる。
それはエイダにとって見ていて心が浮き立つものだったらしい。
――ロックウェル卿、グレースに一目惚れだったのに、グレースは気が付いていないっていう感じよ。何コレ見ていて好き! ロマンスだと思う!
そう彼女が思っていたなんて、もちろんわたしは知らない。
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