第18話


「ロックウェル卿と結婚!?」


 伯爵様の申し込みから数日後。

 わたしはエイダにお茶会に招かれた。

 なんのことはない、仲良しのわたしと、お茶をしたいだけだったらしい。

 エイダが「そろそろ結婚とか親がうるさくて……」と愚痴をこぼしたので、その流れで先日の話をふったら貴族の令嬢らしくない声をあげてわたしを見つめた。


「申し込みを受けたのは本当だけど、結婚するかどうかはわからないわね」

「申し込みを受けたなら、結婚でしょ?」

「婚約をしても真実の愛に目覚めて破棄もありえるでしょ?」


 わたしがそういうとエイダは首を横に振って言う。


「グレースの例のそれは瑕疵にもならない話でしょうに」


 そしてふと思い出したように、声を潜めた。


「婚約破棄と言えば、今は、高位貴族の間で戦々恐々というか……第一王子の婚約者を差し置いて、第一王子と懇意にしているとの噂があるキャサリン・ブロックルバング令嬢の話題が旬なのよねえ」


 なるほど、こういうゴシップ系の話題は時間が経てば風化していくものかとわたしは納得したけど……なんだろう、聞き覚えがあるような名前ね。

 高位貴族に知り合いはいない。

 でも「キャサリン」って、どこかできいたような。

 わりとある名前なんだけど……。


「キャサリン……」


 どこで訊いたっけ? うーん……、婚約……キャサリン……。


 あー!!


 あの婚約破棄を言い渡された時に、元婚約者が連れてきた令嬢の名前と同じじゃない⁉


「キャサリン・ブロックルバング令嬢。なんでもブロックルバング公爵が養女として迎え入れた縁戚の令嬢らしいけれど、スタンフィルド公爵令嬢のアンドレア様を差し置いて、王子がとにかくご執心らしいわ」


 エイダ自身も下位貴族ながら、その手の夜会、時々だけど出席しているとか。

 領地はないけれど情報を手にする家業の特権というべきか。

 これには、年頃のエイダにいい縁談を持ちたい彼女の祖父や父親の思惑もあるのだろうなあ……。

 しかし……キャサリン……気になるな。


「その……王太子がご執心とか言われているキャサリン様って、ストロベリーブロンドで薄いグリーンの瞳じゃない?」

「なあに、知ってるの?」


 え、そうなの? 

 ストロベリーブロンドに薄いグリーンの瞳。

 キャサリンという名前、婚約者がいる男性に親しく寄り添う令嬢。

 まさか同一人物とかはないよね?

 名前が同じだからって、髪色や瞳の色が似ているからって、そんなことはあるはずがない。

 あの日、わたしに婚約破棄を突き付けたクロードは見事に落ちぶれたものだが、その傍にいた令嬢は、落ちぶれるどころか、養女とはいえ高位貴族の一員になっていて、今や第一王子の婚約者を退けようとしているなんてありえないでしょ。

 顔立ちは綺麗な子だったけど。

 でも……あれ、三年前の話よ? あの時のあのご令嬢、未成年だったってこと?


「どうしたのよ、グレース」

「あのね……昔の話なんだけど、わたし婚約破棄されたでしょ?」

「だから――それは――……」


「あの時、クロードが真実の愛に気づいて婚約するって相手の令嬢を連れてきたのよ。その傍にいた令嬢って……名前がキャサリンで、ストロベリーブロンドに、薄いグリーンの瞳だったの」


 エイダはあわててカップを置いて、わたしをじっと見つめる。


「それ本当?」


「ええ、覚えているから、間違いないわ。でも、キャサリンなんて名前はありふれているし、ストロベリーブロンドも、薄いグリーンの瞳も偶然かもしれないけれど……」



「何それ、気になるわ……だって、王太子と同年代で学園でも婚約者のアンドレア様を差し置いて、お傍にいたらしい噂よ? だとしたら、貴女の妹と同い年じゃない! あのちょっとアレなグレースの元婚約者が、成人前のご令嬢と恋に落ちたってこと? 一体どこでよ? 社交デビューしてないのに? どこで知り合ったのよ」



 エイダの言う通りなのよ。

 一体いつ知り合ったのか。

 クロードは愛らしいとしか言ってなかったし、こっちもいきなり婚約破棄する宣言で、相手の令嬢に関してはあまり興味はなかったというか。

 だから他人だとは思うんだけど。


「できるだけ調べてみたいわね」


 え、でもなんか大丈夫なの? 相手公爵家だよ?

 以前、エイダがやってくれた調査では、男爵家から子爵家へ養女に出されたって最後に締めくくられていたのよね。

 エイダは自分の侍女にファイルを持ってくるように伝えると、ほどなくしてファイルを抱えた侍女が戻ってきた。

 ぱらぱらと紙をめくり、指を止める。


「なんかありそうだけど、バックが公爵家だから、本当に気をつけないと。名前や外見的特徴が同じってだけの、他人かもしれないし」


 好奇心猫を殺すっていうよ?


「まあそうよね……写真の一枚もあればよかったんだけど、それもないから……」


 エイダが考え込んでいたけれど、わたしを見てぱんと手を打つ。


「グレースはロックウェル卿と婚約したのよね?」

「い、一応?」

「この社交シーズンの高位貴族主催の夜会で、キャサリン嬢を見ることができるんじゃないの?」


 ……なるほど……。


「高位貴族の夜会か……」


 確かに。夜会の出席とかもパートナーとして随伴と言う話もあったわ。

 伯爵様との婚約ということだけが衝撃ですっかり忘れていたけど、夜会に出てユーバシャールの隣の領主にお話を聞けたらと思っていたじゃないの。

 あ~もしかしたらユーバシャール辺境領地の近隣領主が高位貴族かも……怖いなー。大丈夫かな。


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