第16話



 この国の貴族において、結婚の申し込みをする場合、当主同士で結婚の意思を固めて式においての日程や条件をすり合わせ、当人同士の顔合わせや話し合いは後になるの。

 わたしの場合はわたし自身が子爵家当主。

 ロックウェル伯爵も伯爵家当主なので、最初から当人同士の話し合いの場になる。

 パトリシアお姉様も長女の権限でその場に居合わせたかったみたいだけど、嫁に行って準貴族という立場だし、妹のジェシカと一緒に別の部屋で会見の時間中は控えることにし、当主同士の会見にはアビゲイルお姉様が傍についていることになった。


 この狭小な子爵家のタウンハウスに訪れた伯爵様は、今回軍服に身を包んでいて、前回の夜会の衣裳とは異なるものの、華やかさは変わらなかった。

 数刻前に突如現れた元婚約者と比較してはっきりとした違いがある。

 育ちの良さなのか、高位貴族だからなのか、それと――本人の資質、性質によるところが大きいのか……。全部だな。うん。


「アビゲイル殿もいらしていたのか」

「あたしがいて不都合でも? 実家の当主の結婚に関してだもの」

「いいや。姉妹仲がよくて、羨ましい限りだ」


 執事のハンスが恭しく、ロックウェル伯爵にお茶を給仕する。


「そうでしょう? うちの当主はわたしにとって可愛い妹で、実家の全てを妹に任せてやりたい放題やった姉としては、心配もするわ。今回の様にね」


「伯爵様。今回の申し入れ、人選に間違いはないのですか? 当子爵家には未婚の娘は三人おりますが、先日の夜会で申し上げましたように、一人は婚約が決まっております。私でお間違いないのですか? 結婚の申し込みは――私の姉、アビゲイル・ウィルコックス魔導伯爵へのお申込みでは?」


 一応わたしが、子爵家当主だから確認しておかないとね。

 先日の夜会でも伯爵様はお姉様と知己だというし、さきほどお姉様本人からも聞いたからね。

 そんなわたしの発言にアビゲイルお姉様は肩をすくめる。


「……警戒心強く育ててしまったのはあたしの責任よ、ロックウェル卿、ごめんなさいね」


「なるほど。では改めて申し込もう。グレース・ウィルコックス子爵。私と結婚してほしい」


 ……めっちゃ火の玉ストレートのプロポーズ……まじか……。


 ちょろいと言われようが、構わない。ここで頷きたい。

 だって、前世は結婚なんてできなかった。

 淡い初恋すら片想い。

 好きだなーと思ったら、クラスメートに冷やかされて終わった記憶。

 今世は今世で婚約してたけど婚約破棄で相手はアレだ。


 でも、でもね。


 浮かれる前に落ち着こうか。

 うち子爵家だよ⁉ 同じ伯爵家だったらわかるけど! 一段下の爵位の女を嫁にとか、高位貴族としてどうなのか。

 わたしはアビゲイルお姉様を見る。


「何、何かへんなこと考えてないでしょうね、グレース」


 アビゲイルお姉様が動揺するぐらい凝視していると、ロックウェル伯爵様はアビゲイルお姉様に問いかける。


「魔導伯爵は一体、ご自身の妹に何を言ってくれたのかな?」


「姉は何も申してません。が、この結婚の申し込み、私の中で納得がいかないものがあります。結婚を決めた理由はわたしの外見とは思えないからです」


 前世でも今世でも愛され系とは程遠い。いや今世の顔はわたし自身は好きですけれど。


「結婚するなら好みの女性としたいのは男の性だと思うのだが?」


 え? 伯爵様、この悪役令嬢取り巻きその一みたいな、クールビューティー系がタイプなの? 

 何それ、わたしと趣味合うの?

 いやそうじゃないだろ、わたし。

 伯爵様の言葉は対外的なお世辞も含まれてるよ、多分。

 姉や妹もキレイキレイというが、しょせん身贔屓にすぎないと思ってる。

 正直言って、ワルツを踊った時に申し込まれたあの有名なセリフには、ドキドキしました。

 確かに心の奥ではときめいたけどね、多分あの時もそういった浮ついた表情は出さなかったと思ってる。



 前世の嫌な記憶が思い出される。


「○○君のこと好きなんでしょ~」と言われて、言われた相手から顔を背けられ「かわいそ~○○君、アンタなんかに好かれたら大迷惑~」とか揶揄された記憶。



 逸らすな視線、表情筋、死滅しておけ!

 そして声も動揺を表すな。


 わたしはあの頃のわたしではなく、今、ウィルコックス子爵!


「伯爵様は、もとより……お慕いする方がいらっしゃるのでは?」


 だってワルツ踊っていた時にそう言ってましたよね?

 彼はあの夜会の時に忘れられない女性がいると言っていた。

 多分、それは今も変わらないはずだ。

 なのに、何故ここで早急ともいえる結婚を申し込んできたのか?

 そんなわたしの問いに伯爵様はとんでもない返答をした。



「君だよ、グレース。わたしは三年前にデビュタントとして夜会に出た君に惹かれたんだ」





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