第15話
いやいや、なんで?
「だって、グレースが子爵家当主となって家を盛り立ててくれたから、わたしも魔導伯爵の肩書を手に入れることができたのよ」
え? どうゆうこと?
それは貴女の実力では?
わたしは首を傾げた。でも困惑した表情にはなってないはずだ。
「お前には辛い思いをさせてしまったから――。一番の花の盛りなのに、脇目も振らずに仕事にうちこませるようなことを言ったし」
ああ、ハニートラップに気を付けろとか、ちやほやされたからって、ちょろく靡くなとか諫言したことかな?
わたしも前世であんまりにも恋愛関係はご縁がなくて、今世では自分好みの顔になったし、貴族の令嬢として対応してくれる人にふわふわしてしまっていたから、言ってくれたことには感謝しかなかったんだけどな。
でもアビゲイルお姉様は……わたしが婚約解消して子爵位を継いで、その言葉を聞いてから脇目も振らずにガツガツ領地経営で家を盛り立てたから魔導伯爵位を賜ったっていうのよね。
やっぱり王立魔導アカデミーも実家の力が多少なりとも影響があるとか。
酷い例をあげると、平民出身の魔導師とかは、研究成果を貴族位の魔導師に取り上げられてパシリにされているらしい。
アビゲイルお姉様も若いし女性だから、そういう風潮にぶちあたるわよね。
でもそんな中で、アカデミーを上手く渡っていけたのは、うちとメイフィールド家の共同事業、ラッセルズ商会が貴族間に流行らせた魔羊毛の関連商品だ。
下位貴族子爵家の出ではあるが、実家はしっかりと事業をこなし、貴婦人の間では人気の商品に携わっている貴族家の出身。
アビゲイルお姉様も袖の下じゃないけれど、そういった上役の奥方様あてに、うちの関連商品を贈って味方につけて、なおかつ自身の身体を犠牲にして研究を進め、確固たる地位を築き、歴代最年少で魔導伯爵位を叙爵したのだと言う。
「だからグレース、お前のおかげだし、そのせいでお前の婚期を逃している現状だったじゃない? あたしの肩書を奮う時って、今しかないでしょ。それにロックウェル卿、綺麗な顔してるけれど、あれで軍閥系だから、あたし仕事上、かかわりもあったし以前から打診もらっていたのよねえ」
打診!?
あなたにではなくわたしに打診!?
だからワルツを連続で踊ったのはアビゲイルお姉様のお話を聞きたいからかなとも思ってたんだけど。
「アビゲイルお姉様は――いまどんなお仕事を?」
「欠損した身体の義体作成」
息を呑んだ。
なんだそれ、確かにすごいけど、でも、だからなの? 自らの眼球を研究に捧げた話は……。
アビゲイルお姉様は眼帯を外す。
「どうよ、以前と寸分違わない瞳でしょ?」
パトリシアお姉様もジェシカも息を呑んでアビゲイルお姉様の顔を見つめる。
そこには以前と変わらない、左右同じ瞳がそこにある。
「この義眼、すごいからね。遠視可能、魔力測定可能、状態異常発見可能、まだまだ追加したい機能はあるんだけどさ」
うは、ドヤ顔ですか。
そりゃ厨二全開機能搭載の義眼とかやばい。
生体スカウターか⁉
でもそれよりも義眼に見えないのがすごい。この人は天才か。天才だった。
さすがお姉様。さす姉。
「あたしは、この家を守ってくれたグレースには幸せになってもらいたいからね。今日こうしてやってきたのはちゃんと伯爵には釘を刺しておく為だから」
アビゲイルお姉様の「釘を刺しておく」の一言にパトリシアお姉様はほっとしたような安堵の表情を浮かべた。
心配しすぎでは? 心配もするか、なんといっても婚約破棄された女ですからね。
「つまりやっぱり伯爵様の申し出には何かあるんですか?」
わたしの問いにアビゲイルお姉様が眼帯を装着しなおして顎に指をあてて思案顔を浮かべるのを見た末っ子のジェシカがぷううと頬を膨らます。
「もう、そうやって疑ってかからないの! 何があっても大丈夫! 三人のお姉様達が結婚して幸せになるのが一番なんだけど、それでもやっぱりどうしてもダメーってなったなら、出戻りしてもいいのです! わたしとパーシーとお姉様達で力を合わせて、いままでみたいにやっていけばいいの!」
なんて頼りになるお言葉。さすが妹。さす妹。
パーシバル、あなたの嫁になるこのジェシカは、もしかしてウィルコックス家最強の娘かもしれないよ。
この発言を聞かせてやりたいわ。
執事のハンスも家政婦長のマーサも伯爵様が到着するまで、久々にそろった四姉妹の再会でつもる話ができるように、サロンへと促しお茶の用意を始めたのだった。
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