第12話
結婚の申し込みというけれど、その実、何が目的かはわからない伯爵様の訪問を知ってから、パトリシアお姉様に頼んで、ラッセルズ商会からメイドとその他の人材を派遣してもらった。
子爵家という態を保っているんだけど、使用人はほぼ領地にいてもらって、領地経営に従事してもらっている。あとカントリーハウスの管理や、両親のお墓とかの管理もね。
時々人材を入れ替えたりして、今回も王都のタウンハウスに人材を呼び寄せているけれど、到着するまでにはちょっと時間がかかるので、それまではお姉様のお力をお借りしているのだ。
が、それにしても……。
「……お姉様、人数多すぎでは?」
屋敷の清掃に庭の手入れ、他家のタウンハウスと比べて狭小な我がタウンハウスですが、調度品が少ないから広く見える。
調度品が少ない理由は、父が母にかかりきりになった時に、わたしが粗方売り払ったから。
裁量権持ってない学生の時に、いろいろやるには資金必要だったのよ。
そのうちジェシカが結婚したら可愛く飾り付けてくれるだろうと思って、放置していたのだ。
前世が普通のワンルーム暮らしだったから、このタウンハウスでも、充分豪邸の部類に入るんだけど、今世、貴族の子爵家としては狭小なんだよね。
モノがないと広く見えるし一石二鳥だと、資金調達の為に処分した時は思っていたけど、やっぱり淋しいっちゃ淋しい感じ。
逆にインテリアがないと貧乏臭いまである。
わたしはいいんだけど。
しかし今回、お姉様が呼び寄せた家事メイドの仕事のよさよ。
カーテンもクッションカバーや茶器に至るまで新規に揃えてセンス良く配置。
家政婦長のマーサはもちろん、執事のハンスですらこの人数は何年ぶりだって感じで差配している。
庭師兼御者のジェフも造園系の業者と対応し、他家に比べて猫の額ですかという庭の芝も木々も綺麗に剪定されていった。
「えーだってー、こういう機会でもないと人海戦術使って大掃除とかできないもん」
「ジェシカの言う通りよ」
ジェシカの才能は衣裳選びだけではなく、こういうインテリア系にも発揮されている様子。さすが妹。さす妹。
「ご当主様、調度品が少ないのでお花を飾りませんか?」
「いいわね、そうしてちょうだい」
うん、お姉様が答えるのか。いやいいけど、問題ないけど。
ジェシカがうきうきとメイドさん達を引き連れて、わたしの前に立つ。
「みなさーん、次の段階お願いしまーす!」
ジェシカが声をかけるとメイドが数人、私の方へやってくる。
何? なんなの?
「本人磨かないでどーするのって話で、やっちゃってください! まずは湯浴みから!」
「は!? 何!? どこいくの!?」
メイドさん達は嬉しそうに答える。
「浴場です」
「お風呂なら一人で入れます!」
え? 入浴の介助!? いいよ、それはいいから!!
「その意見却下でーす! 今日のわたしは、『グレースお姉様を磨き隊』隊長だから! やっちゃってください!」
なんだそれは!
わたしの内心を知らずにジェシカは腰に手を当てて、ふんすと鼻息をもらす。
「こういうことも馴れないと~、だってグレースお姉様は、ゆくゆくは伯爵夫人だもーん。そういう立場になるんだもんね? そうよね? パトリシアお姉様?」
「そうなるように、協力して頂戴」
ジェシカだけではなく、パトリシア姉様のダメ押し……メイド達は一斉に「「「かしこまりました!」」」と答える。
メイド達もジェシカに負けず劣らずいい笑顔だ。
ラッセルズ家のメイドではあるが、年頃の令嬢を飾り付けられるのが楽しいらしい。(年頃というには今世ではちょっとギリギリ範囲ですが)
この数のメイドを派遣できて、采配を振るえるパトリシアお姉様。
嫁ぎ先であるラッセルズ家に爵位はないが、富と権勢が窺い知れる。
「ジェシカ様、明日のグレース様のドレスのお色のご相談を」
「えっとね、明日はお姉様の金色の瞳に合う濃紺!」
そしてお洒落大好きな末っ子もわくわくしている。
等身大の着せ替え人形再びだ。
「パトリシアお姉様のドレスも見立てたい~」
「コートがいいわね。グレースが手掛けたホーンラビットの毛皮の。できれば黒で」
「黒のホーンラビット! 捕獲できるか難しいってパーシーが言ってた! でも黒はうちのお姉様達に似合うわ~!! わたしは無理だけど。アビゲイルお姉様にもカッコイイの作りたいし、それにホーンラビットの黒は希少だからコートにしたら絶対高値になるわよね? わたし、いっぱいデザイン起こす!」
ここ数年このタウンハウスにはなかった華やいだ空気だ。
ジェシカの婚約式以来かもしれない。
ていうかジェシカちゃん、そのデザインお姉ちゃんにも見せて、湯浴みよりもそっちが気になるから!
それとジェシカには白のホーンラビットファー似合うと思うよ。
「たしかに、ロックウェル伯爵の申し入れは、懐疑的になってしまうけれど、伯爵が真実、グレースとの結婚を望むなら、三年前の婚約破棄騒動などは本当に過去のことになります。私の妹グレース――ウィルコックス子爵家当主が、そこらに埋没しそうな子爵家、男爵家に嫁入りなんて、ありえなくてよ」
尊大に言い放つパトリシアお姉様の声は、メイドさん達に背中を押されるわたしには聞こえていなかった。
入浴の後にボディエステとマッサージ(これがまた上手い、意識飛んだわ)その後にフェイシャルエステ。そうやって日が暮れて、伯爵様が来訪する日を迎えたのだ。
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