第13話
しかし翌日の午前中。
ロックウェル卿ではなく、招かれざる客がやってきた。
わたしがメイドさん達に囲まれてジェシカの総指揮のもと、身支度中の時だった。
「なんか、エントランス騒がしくない? 伯爵様かな? やだあーもうーグレースお姉様ったら愛されてる~! なんていっても夜会でダンス立て続けに三曲だもんね~! わたし見てくるね!」
そう言って、階下が騒がしいと感じたジェシカが、階段からエントランスを覗き見てきたようで。再び慌ててわたしの元にやってきた。
「お姉様!」
「どうしたの?」
「アホ男が来てる!」
「え?」
「クロード・オートレッドが騒いでる!」
「は?」
間抜けな言葉だが、しかし本能的に咄嗟に出てしまう一言だ。
「なんで?」
「ジェシカ様、グレース様、いざとなったら隠れる場所を確保しましょう」
ラッセルズ家から派遣されてきたメイドが進言する。
その言葉を聞いてわたしは深いため息をついた。
支度はもういいよね。扇を手にしてわたしはドアへ向かう。
「こそこそ隠れる? 私達の家ですよ?」
わたしの一言にジェシカが目を見開く。
ジェシカ、パトリシアお姉様はこういったメイドさん達を派遣できる家の若奥様だけど、わたしがこの家の当主なんだよ。
「すでにパトリシア様が対応されています」
メイドさん達もわたしに付き従ってくれる。
「お姉様はラッセルズ家の若奥様でしょ。生家に降りかかる問題を引き受けるのは道理ではないのでは?」
わたしの言葉に、メイドさん達はわたしを見つめていて、その中から「やはり若奥様の妹様」と呟く声が聞えた。
とにかくエントランスに向かい階段の途中で、エントランスの前で、執事と庭師に押さえられた男が視界に入った。
間違いない。元婚約者クロード・オートレッドだった。
実はエイダから先日手紙をもらっていた。
伯爵様とのツーショット、三曲連続で踊るのを、エインズワーズ新聞に掲載しちゃったから、お詫びに何かしたいと言われてて、夜会に現れたあの元婚約者の魂胆が知りたいと伝えたのよ。
別にヤツに未練があるというわけではない。
彼にはすでに貴族位もなく、夜会に出てこれるはずがないのだ。
エイダもそれを知っているから、迅速かつ、精確な情報を返してくれたわ。
持つべきものは友達だね。
まあね、伯爵と三曲もあの規模の夜会で踊ったわたし――その婚約者の影があれば、きっと調査する人もなんかいい特ダネかなと思うかもだけど、そこはエイダが上手く言ってくれたようだ。
そしてその調査の内容は、以前、エイダに調べてもらったものと変わりはなかった。
クロード・オートレッドはわたしに婚約破棄を言い渡した後、一か月後に例の男爵令嬢とは別れていた。
彼女はあの後、さる子爵家の養女となった為に、付き合いはご破算になったらしい。子爵家への養女となると、彼女はもう少し上の爵位の男性との結婚を言い渡されたのだろう。
ラッセルズ商会とメイフィールド子爵家ににらまれたオートレッド家の当主は、クロードに勘当を言い渡し、クロードの弟を後継に据えると宣言したようだ。
オートレッド家の次期当主となるはずだった彼の未来は閉ざされた。
さすがに母親が気の毒に思ったのか母方の男爵家に彼の身柄を託した。もちろん男爵家の養子ではない。領地の牧場を一つ任せるということだった。
華やかで貴族の令息として苦労知らずの青年が、男爵家領地の牧場主。
そんな生活に嫌気がさして、この社交シーズンに王都に戻ってきたらしい。
――グレースは気を付けた方がいいわ。ああいう男って、元婚約者なら、今のオレをわかってくれるとか脳みそに花が咲いたようなことを言いそうよ。
エイダは大人しい顔をしているのに、辛辣なコメントを手紙(報告書)に残してくれた。
わたしに気が付いていないのか、クロードは対面しているパトリシアお姉様に怒鳴った。
「貴女はもう貴族位じゃないだろう! 先日の夜会には出席していないはずだ。だいたい、あの伯爵の言葉にうっかり惑わされて、彼女は舞い上がっているんだ!」
そういうアナタ自身が貴族位剥奪されているでしょ。
パトリシアお姉様は、若旦那と商会の会合で別の夜会に出ていたのよ。
何で夜会に入れた? ああ見た目はいいもんね。ちゃんと正装してれば。招待状なくても、潜り込むことぐらいはできそうよね。
「出席はしておりませんが、コトの次第は聞き及んでますわ。だいたい貴方が妹、グレースに何を言える立場だと? 契約には、もうウィルコックス家とはなんら関わりはないでしょう?」
「グレースはオレの婚約者だ!」
対応していたパトリシアお姉様がわたしに振り返って溜息をつく。
「精神科の医者を呼び寄せた方がいいわ。三年前に終わった婚約がまだ成立しているという口ぶりよ。自ら書面にサインもしたのに」
「うるさい! 平民のくせにでしゃばるな!」
パトリシアお姉様の言葉を遮ってそう怒鳴る。
おい。なにをほざいてるんだ。
平民じゃないよ、平民はお前で、お姉様は準貴族なの!
それも貴族叙爵間近の大商会の若奥様だよ!
「だいたいお前が平民の商人をこの家に連れてきていたからケチがついたんだ! お前は平民と結婚したんだから、この家とは関係ないだろう!」
「え? それ、あなたが言っちゃうの?」
わたしの後ろから顔を覗かせたジェシカがぼそっと呟く。
「ここはパトリシアお姉様の実家で、あなた、赤の他人じゃない」
「うるさい! お前もとっとと、この家から出ていけ! グレースがそんな冷たい女性になったのは、お前等姉妹のせいだろう!」
わたし達姉妹は顔を見合わせる。
一体この男の頭の中身はどうなっているのだろう……そう言葉にしなくても思いは一つだった。
三年前に「婚約破棄する!」と喚いたくせに、今になってしかもこの日に押しかけてきて、一体何がしたいのか。
「ねえ、この人の頭、大丈夫? 書面に意気揚々とサインしたのこの人だし。お姉様を下げて、知らない女の子を上げて、『婚約破棄する!』とか喚いたの忘れてるのかな?」
妹がズバンと言ってしまった。
「グレースには降るほど縁談が舞い込んできているので、オートレッド氏はお呼びではないのよ。お帰り下さいな」
パトリシアお姉様も容赦なく言う。
「オートレッド家に知らせた方がよくないですかー?」
ジェシカの言葉にわたしは首を横に振る。
「無理でしょ、この男、オートレッド子爵家から勘当されてるから」
わたしがそう言うと、クロードの後ろにある玄関の扉が開いた。
そのドアを開けた人物が告げる。
「憲兵をあたしの名前で呼んだから、すぐにくると思うよ?」
玄関のドアにたたずむのは黒づくめの衣裳をまとった、ウィルコックス家の二女アビゲイルお姉様の姿だった。
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