第11話




「……何で、グレースお姉様は眉間に皺を寄せてるの?」


 ジェシカがきょとんとわたしとお姉様を見つめる。


「ここだけの話、裏が絶対にありそうだからよ」


 前世でも今世でも、旨い話には裏があるの。


「どうして? グレースお姉様が綺麗だったから、伯爵様も一目惚れしたんじゃないの?」


 ジェシカがきょとんとした顔で尋ね、同意を求めるようにパーシバルを見上げた。


「いいかい、ジェシカ。伯爵は夜会で例の殺し文句は言うけれど、実際、結婚を匂わせることはないんだ。軍閥系貴族で騎士爵の称号もお持ちだろうけど、公式には伯爵位だし、軍での階級はたしか大佐だ」

「えー! 何それ~!」


 昨日の夜会で仲良くなった令嬢達と「例のセリフは言われてみたい~」っと、その話題でかなり盛り上がったらしいジェシカは明らかにがっかりした様子を見せた。

 ジェシカは、おとぎ話好きだから……そういうロマンスとかにも憧れるんだろうけど、社交界の実態って往々にしてそういうところ、あるんだよ。


「アレは洒落なんだよ、ジョークなの。それを理解する人にしか言わない。だいたい、そんな喜劇俳優みたいなセリフを本気で言うわけがないじゃないか」


 ジェシカがわたしとお姉様に視線を向けると、お姉様もうんうんと首を縦に振っている。


「でも、あのセリフ、あの容姿で言われたら、若い女の子はうっとりしちゃうだろ?」

「うん。わたしもパーシーに言われてみたい」


 可愛らしい無邪気な婚約者に素直にそう言われて、パーシバルはあわあわする。

 言ってやれよ。ほら、言っちゃえよ。


「そ、そのうちに! それは置いて、伯爵がグレース義姉上にも例のセリフを言ったというのは、多分義姉上がその洒落をわかってくれる人だと見たから言ったんじゃないかと僕は思ったんだ。グレース義姉上もそう受けとったんじゃないかな?」

「なんなのよ~も~。てっきり、グレースお姉様なら世紀のロマンスをゲットしてもおかしくないと思ったのに~」


 ごめんね。多分、自分のお姉様が格上の伯爵様に見初められたと、年ごろの女の子らしいロマンチックな展開を期待していたんだろうな。

 まじごめん。でもほら、わたしだからね。


「グレース、伯爵との会話でそれらしいことは? 貴女は黙ったまま伯爵と三曲もワルツを踊ったの?」


 パトリシアお姉様のご下問に、わたしは答える。


「社交辞令を交え、私達姉妹の話と領地の話ぐらいしか……その後は伯爵から離れ、ジェシカと一緒に次期ウィルコックス子爵家当主予定のパーシバルを近隣領地の貴族に顔合わせを……」

「伯爵から何も言われなかったの!?」

「……気まぐれではないと言われました。その後に例のセリフですよ。完全に悪ふざけだと思うじゃないですか! それにチャンスだったんです。一気に注目が集まったから、この機会にパーシバルの顔合わせが完了できると思ったんですよ!」

「ポンコツね!」

「またポンコツとか……あんまりです……お姉様……」


 そんな貴族令嬢が持つような、婚活を速やかにそつなくこなすスキル……。

 わたしは習得していないんですよ。

 商談とかならいけるんですけれど。


「まだデビューしたばっかりのジェシカの方が、夜会で顔合わせした相手の雰囲気を察知するのには長けていそうだわ」


 あーそれはそうかも、そういうところはジェシカに劣るか。

 パトリシアお姉様に褒められて、ジェシカは得意満面の笑みをわたしと婚約者に向けた。

 愛嬌があって憎めない仕草に納得する。


「それとパーシバル、ジェシカ宛の手紙はどうしたの? 腹が立っても握りつぶしちゃダメよ?」


 お姉様はテーブルの上にある手紙の山を手に取って宛名を確認し終えると、パーシバルにそう言った。

 お姉様の言葉に、ジェシカはパーシバルに向き直り尋ねる。


「パーシー……手紙、握りつぶしたの?」

「狭量な男ですみませんね! パトリシア義姉上、できればそこは黙ってて欲しかった!」


 パーシバルの投げやりな発言にお姉様は苦笑する。


「握りつぶすとかは誇大表現かしら。封も切らずに手元に置いてあるだけでしょう。あとで返してあげなさい」

「……はい。ごめんジェシカ……」

「うん。いいよ」


 ウィルコックス家の末っ子はあっさりと彼を許す。


「パーシーはわたしと一緒にその手紙を読んで、その手紙よりも熱烈なラブレターをわたしにくれるのよね?」

「ジェシカ……」

「ね?」


 ……確かにわたしにはできない芸当だ。

 一体何を見せられているのだろうと思わずにはいられないが、婚約者をうまく操縦する末っ子の手腕はわたしには持ちえないものだ。

 しかし問題はそこではない。

 書面には近々、伯爵がこのタウンハウスを訪れるとある。


「パトリシアお姉様、メイドの派遣をお願いしても?」


 ウィルコックス子爵家に仕える使用人は最低限だ。このタウンハウスには執事と家政婦長、庭師兼御者の三人しかいない。この館での交渉が行われる場合は、ラッセルズ家から人材を派遣してもらっている。ことによっては領地のカントリーハウスから人材を呼び戻すこともあるけれど、今回時間がない。


「そのつもりよ。でも、伯爵は多分この家の内情を調べているでしょうね」


 ワルツを踊った時にそれなりに話はしたが……多分、彼の立場上、こうした手紙を送るのなら、それはされているに違いない。


「ですよね……何か深い事情がおありなのかもしれません」


 わたしの言葉に末っ子のジェシカが「やっぱりポンコツ……」と呟く。

 そんな末っ子を見ると末っ子はむーと頬を膨らませる。

 いや、可愛いけどさ、社交デビューをはたした淑女の仕草ではないよ。可愛いから許しちゃうけどさ。


「どうして素直に喜ばないかな!? お金持ちでハンサムで、もう社交界の独身女性からは垂涎の物件から求婚されたんだから、ここは胸を張って得意満面で誇ってもいいのに! お姉様のあまのじゃく!」


 そうは言うけど、この顔面、前世よりはるかに美人になったけど、系統が系統じゃないの。

 子爵家当主としてはありよりのありだけど、結婚に関しては男受けするタイプではないような気がするのよね。

 元婚約者だって言ってたじゃないの。


 ――多少、顔の造りがいいのを鼻にかけて可愛げがない、可愛げどころか血も涙もないのではないか。


 うーん、わたし自身はこの顔好きなんだけど、愛され系とはほど遠い感じだからなあ。




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