第10話




「どうしてこうなったのかしら」


 ウィルコックス家のタウンハウスの応接室のテーブルの上に、封筒の束が二山、社交欄がトップ記事の新聞、そして一通の封筒がその脇に置かれている。

 これらの手紙はすべてわたし宛だ。

 ……あのさ、ここは社交デビューをはたしたジェシカにお茶会や夜会の招待状がくるところでは?

 この手紙の山、全部わたし宛だよ。どういうことよ。

 うん、理由はわかる。伯爵様と三曲踊ったのが原因だ。

 三年ぶりにああいう規模の夜会に出て、独身の令嬢達が憧れる伯爵様といきなり三曲立て続けに踊った女の顔を見てやろうじゃないの。ていうか、面貸せオラァ!

 ……そういうことよね。怖っ!!

 そしてこの応接室のテーブルを囲んでいるのは、わたしとジェシカとパーシバル。そしてパトリシアお姉様だ。


 しかし――この怨嗟の招待状の山よりも、我々が注目しているのはたった一つの封書だった。


 ポストマンからの招待状の類ではない。

 傍に束ねられた一山二山の封筒よりも、明らかに上質な紙を使われ、直々の使いから届けられた封書――ご丁寧に、蝋封された家紋が目立つ。

 これが一番得体が知れず、封を切れないでいる。

 わたしは視線を外し、エインズワース新聞を手に取った。

 エイダ……あの後も手紙で、「まじごめん、やっぱ記事はとめられなかった」的なお詫びの謝罪をされた。

 新聞の記事を差し替えるようにとエイダは頼んでくれたらしいが、仕事と娘の進言とを比べれば仕事として金になる方を選択するのは必然。

 わたしは先日の夜会で、社交界でも大注目のヴィンセント・ロックウェル卿とワルツを三度踊った。同じパートナーと夜会で何度も踊るとなれば、二人は親密なのだと周囲に知らしめることになる。

 この規模の夜会に、片手の指で足りるほどしか出席していなかったわたしと、伯爵家当主のロックウェル卿とでは場数が違う。タイミングというものを熟知しており、夜会に精通しているからこそできた芸当だ。

 こうやって新聞の社交欄を賑わすことになるのは、彼自身わかっていたはずだ。

 時間が経つにつれて、やはり何かあの行動には意味があるのではないだろうかと私自身も改めて考えを巡らしていた。

 そこへ、この家紋の蝋封をされた封書の登場である。 


「失礼なことはしなかったと記憶しております」


 わたしが呟くとパトリシアお姉様はため息をつく。


「そうじゃないでしょう。これはもう、それ前提で進む話と思っていいかもしれないわね」


 ジェシカがひょいと封筒をつまみ、ペーパーナイフで開封しようとした。

 おい! 末っ子! いきなり開ける気なの⁉ いや睨んでいただけで中身がわかるもんじゃないけれど、何が書いてるか怖くないの⁉


「まって、ジェシカ、開けないで! これはこのまま伯爵家に返した方がいいのでは!?」


 わたしの言葉にジェシカが可愛らしく唇を尖らせた。


「お姉様ったら、普段はシャキッとかビシッとかしてるのに、ここにきて、この事態で何をポンコツなことを言ってるの?」

「ポンコツ!?」

「だってこれポストマンからの手紙ではないでしょ? 執事のハンスが言ってたけど、ロックウェル家から直々の使いが寄こした封書だもの。封を切らずに返送とかできるはずもないし、開けなきゃ何が書いてあるかわからないじゃない?」

「そ、そうだよグレース義姉上、きっとほら、次の夜会のエスコートの申し込みだと思うよ、ワルツも、義姉上がとても上手だったから、ついうっかり三度立て続けで踊ったとかでお詫びとか!?」


 ジェシカが「えーそれは違うと思うー」と言いかけるのを、パーシバルが慌てて掌で彼女の口を覆い言葉を最後まで言わせなかった。

 やっぱり、開封しないとダメですかね。

 わたしはパトリシアお姉様を見る。


「ジェシカとパーシバルの言うことも一理あるわね。返送はできないし、開封しなさい」


 パトリシアお姉様の一声で、ジェシカはペーパーナイフで開封し、封筒を隣に座るパーシバルに渡した。

 ここで次期ウィルコックス家当主を立てるあたりが、ジェシカだな。

 彼は便せんにつづられている文字とわたしの顔を交互に見つめる。お姉様は無言で便せんを寄こすようにと、実に貴族的で優雅な仕草で手を差し出した。

 パーシバルは恭しく……恐る恐るお姉様に渡した。


「お姉様! 次の夜会のエスコートの申し入れか、お茶会か何かのご招待ですか?」


 ジェシカがわくわくといった表情でそう尋ねる。

 ……が、ちょっと待て。

 わたし宛に届いた封書なのに、なぜ本人以外の人間が内容を先に読むのだろう……。

 いや内容怖くて知りたくないけれど。


「いろいろと手順を飛ばしてきたわね。伯爵」


 どんな無理難題だ。領地業務に何か横槍なの?


「申し込みよ」

「申し込み……?」


 わたしは尋ねた。

 ジェシカもワクワクした様子でパーシバルを見つめ「夜会なの? お茶会なの?」と尋ねる。


「結婚の」


 姉の言葉は「けっこん」ではなく「けっとう」の言い間違いではなかろうか。

 でも結婚って言った?

 悪ふざけではなく、裏の誰かに注目を浴びるように言われたからでもなく。社交界における、暗黙のお約束であるワルツを三回で後日に結婚の打診?

 末っ子のジェシカの方がキラキラした瞳で尋ね返す。


「結婚!?」


 そしてそのキラキラした瞳でわたしを見る。


「うっわー! グレースお姉様、夜会に出たら絶対モテモテになるとは思っていたけれど、すごいの釣り上げたわあ! 今をときめくヴィンセント・ロックウェル卿からの結婚申し込みなんて!」


 ぱちんと両手を合わせてとびあがらんばかりにはしゃぐ末っ子に、パーシバルが窘める。


「ジェシカ、釣り上げたとか言わない」


 パーシバルに窘められたジェシカは「捕獲した?」と小首をかしげて言い直すが、彼は首を横に振る。


「パトリシアお姉様にも見せたかったわ! みんなグレースお姉様に釘付けだったのよ! 一緒にデビュタントした令嬢とお話しても、『あの素敵なご令嬢とお知り合い?』って何人にも尋ねられて、お姉様ですって、誇らしく答えたわ。ね? パーシー」

「そこは否定しないし事実です。パトリシア義姉上」


 ラッセルズ商会ならば爵位はなくても今回の夜会の出席は可能だったろう。

 だが今回の目的はウィルコックス家四女の社交デビュー。

 パトリシアお姉様はそうでなくても商会関連の夜会へ若旦那と出席していたのだ。

 夜会への出席は少ないけれど、わたしならば、介添人として卒なくこなすだろうとお姉様も思っていたはず。

 なのに……この体たらく。すみません……お姉様。




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